第40話 ※後悔しかありません。
楽しい時間ほど、すぐに過ぎるとはよく言うものだ。
そして、その時間が終わったあとほど、後悔するというのもよくあることだろう。
「──ぐ、あぁ……ッ!!??」
敷布団の上でゴロゴロと転がるトオルは、苦悶の声を漏らしていた。
というのも、つい数刻前にてはしゃぎすぎたため、
『日並のばかっ……』
友戯から顔面にクッションを投げつけられた挙げ句、そんな罵声と睨みまで浴びせかけられていたのだ。
──や、やっちまったぁ……!!
当然、トオルは後悔していた。
最近は友達としての感覚が強かったせいかあんな平気で触りまくっていたが、よくよく考えなくとも友戯は女の子である。
脇腹ならセーフだろうと好き放題していたものの、後から振り返ると間違いなく盛大な反省案件だった。
また、例えそれが友戯に許されたとしても、気絶寸前までくすぐり倒した点に関してはもはや弁解の余地もない。
──み、未読無視……。
そして、そんな謝罪の気持ちを込めてマインでメッセージを送ってみてはいるものの、もちろん既読すら付くことはなかった。
これはかなりの怒りっぷりだと、トオルは頭を抱える。
「トオル〜、起きなさ〜い!」
だが、打開策が思いつくこともなく、部屋の外から聞き慣れた母の声が聞こえてきた。
──寝れてねえ……。
気がつけば、時刻はすでに朝。
見ての通り、トオルはあまりの罪悪感に一睡することすら叶わず、今の今まで悶え苦しんでいたというわけである。
「は〜い……」
しかし、いつまでも布団に包まれているわけにも行かない。
諦めるように身体を起こしたトオルは、呼ばれるがままに部屋を出るのだった。
それから、落ち込んだ気分のまま支度を整えたトオルはマンションを出るが、
──まあ、いないよな。
予想通り、そこに友戯の姿は無かった。
あんなことがあった後に平然と待たれている方がよほど恐ろしかったので、むしろこれで良かったのかも知れないとポジティブに捉えることにする。
──あぁ〜どうしよ〜……。
が、やはり一人での登校は味気ないもので、思考は自然と友戯のことを考えてしまう。
やはり、直接謝るのがベストだとは思うが、結局どうやってその機会を作るかという点が悩みものだ。
──ある程度は機嫌が直るのを待つべきだと思うけど、うーん……。
そうこう悩みながら歩いていれば、トオルの足はあっという間に校門をくぐり抜け、玄関までたどり着く。
「はぁ……──」
何の解決策も浮かばぬことにトオルはため息をつきながら下駄箱を開け、
「──ん?」
ふと違和感に気がつき、
「え」
恐る恐る奥へと手を伸ばしてみれば、
──えぇぇっ!!??
あまりの驚愕に心の中で叫び声を上げさせられた。
震える手をゆっくり引いていくとそこにあったのは、
──ら、ラブレター……!?
都市伝説でしかないと思っていた、そんな恐ろしくも嬉しい代物なのだった。
時間は飛んで昼休みの始まり頃。
鞄の中に隠してある手紙の方をちらと見るトオルは、非常に複雑な心境を抱えていた。
──いや、処理が追いつかんよ。
それもそのはず、トオルはすでに友戯との仲直りという大きなミッションがあるというのに、畳み掛けるようにラブレターを送られても困るのだ。
もちろん嬉しくないことはないが、寝ていないこともあって頭が働かない現状、さらなるタスクを増やされても対処などできるはずがない。
『旧校舎四階の階段で待っています』
そうとだけ書かれていたシンプルな手紙に、
──いったい、誰なんだ?
トオルの胸中には様々な疑心が生まれる。
まず、そもそもとしてトオルにこんな手紙を送ってくる相手が思いつかないのだ。
何なら、誰かのイタズラなのではないかという思いの方が強いくらいである。
もし、そうでないのだとしたら一目惚れされたという奇跡に賭けるか、
──あるいは。
この手紙の差出人が友戯であるという可能性くらいか。
その場合、面と面を合わせる機会を作るためにこのような手段を取ったということになるが、正直に言えば友戯がそんなことをするかというとそれも疑わしい。
──うーむ……。
そうして新たな問題に悩まされるトオルだったが、
「よーっ」
横から声をかけられ意識を現実へと戻した。
「おう」
「って、うわっ、大丈夫かお前?」
振り向けばそこには景井の姿があったが、向こうは何やらトオルの顔を見て驚いている様子。
「いや、実は昨日寝てなくて……」
「お、なんだ、はしゃぎすぎたか?」
「まあ、そんなとこ」
流石に友戯のことまでは話さないが、これだけ話せば景井への説明としては充分だろう。
「ところであの二人は……あ、ダメそー」
適当に会話がおわったところで、景井が前方の席の様子を伺いながらそんなことを言う。
トオルも釣られて見てみれば、大好さんが両手でバツ印を作って首を振っていて、
──う、うわー怒ってるー……。
ついでに横の友戯を見ると、一瞬ちらっとだけこちらを向いた後、ぷいっと前を向いてしまった。
「なにあったんだろうなー」
「さ、さあ」
興味深そうにつぶやく景井にトオルは知らんぷりを決め込む。
──これはしばらくそっとしておいた方がいいな……。
改めて自分のやらかしたことの重さについて自覚させられつつ、久しぶりに景井との食事に興じるのだった。
そんなこんなで悩み続けているうちに、学校での一日にも終わりがやってくる。
それはつまるところ、
──つ、ついにこの時が来てしまった。
来てほしいようです来てほしくない、その瞬間が間近に迫っていることを意味していた。
──後はもう、待ち合わせ場所に向かうだけだ。
景井にはすでに用事があるということを伝えており、先に帰ってもらっている。
また、当然のごとく友戯とは接触する余裕もないので、できることはもう心の準備くらいなものだろう。
「……よし」
深呼吸を繰り返した後、覚悟を決めたトオルはおもむろに席を立つ。
その足で向かうは、もちろん旧校舎四階の階段──すなわち屋上前の踊り場。
元々、人気の少ない旧校舎の中でも最も端っこに位置し、秘密の逢瀬を果たすのであればこれ以上にないスポットである。
──さあ、何が来るか。
ただ、トオルとて信じ切っているわけではない。
この先に待つのが運命のヒロインなのか、たちの悪いイタズラなのか、それとも全く別の何かなのか。
そんなことは疑ってしまえばいくらでも可能性が湧いてくる。
──ドンと来いっ!
それでもだ。
あのラブレターが本物である場合のことを考えれば、イタズラを恐れて日和るよりも、女の子が恥をかく可能性が潰れる方を選ぶべきだろう。
──この先だ……。
そんなことを考えながら三階廊下を通ったトオルの前に、階段の踊り場が現れる。
後はこのまま上れば、そこには誰かがいる──そう意識したトオルはゴクリとつばを飲み込み、
──いざ、ご対面……!
一段、また一段と足を進めると……
「──あ、日並くんっ」
そこで、屋上から差し込む夕陽に照らされる、白髪の天使の姿を見るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます