第39話 ※戯れはほどほどにしましょう。
楽しくゲームを遊んでいたあの時間はどこへ行ったのか。
そう思ってしまうのも無理はないだろうほどに、狭い部屋の中には緊迫した空気が流れていた。
──な、なに今の質問……?
つい数分前まで、いつもと変わらぬ雰囲気でゲームをしていたにも関わらず、友戯から飛び出してきた言葉はといえば、
『──つ、付き合ってる人、いる、の……?』
そんな、先ほどまでとは全く関係のない、まさかすぎる内容だった。
──いや、これもう告白みたいなものでは?
それもそのはず、質問の意味はもちろん、上気した頬や潤む瞳、さらにはその真剣な表情を見てしまえば、これが深い意味を持たないと思う方がおかしいだろう。
「えっとそれって」
「し、質問に答えてくれるだけでいいからっ」
「は、はい……」
突然の事態に混乱したトオルは少しでも回答を考える時間を稼ごうとするが、にべもなくキャンセルさせられてしまう。
どうしたものかと焦りそうになるが、よく考えてみれば答えは一つしかない。
「……いません」
もちろん、それはノーという真実である。
何せ、トオルは小さな頃からゲームをやり続けただけの凡人なのだ。
多少ゲームが上手いというだけで異性にモテるわけもなく、そもそも女子との接点すらほぼ皆無と言っていい。
「ふーん……」
故に、ハッキリと友戯の目を見て答えたのだが、当の彼女は視線を逸らしながら抑揚のない声をこぼすばかり。
──その『ふーん……』はどっちのやつっ!?
普通この場合、『彼女いなくて嬉しいけど、正直に表に出すのは恥ずかしい』パターンであることが想定されるだろう。
しかしその無感情っぷりは、捉えようによっては何かを疑っているように思えるほどに、喜びの感情が読み取れなくもあった。
「えっと……?」
加えて、その質問のあとに何かあるのかと思って待ってみても、ジーッと視線を向けられるのみ。
いったい、友戯は何を考えているのかと不安になってくるが、
「……日並、何か隠し事してない?」
絶妙な間でさらなる質問が飛んできた。
──隠し事?
しかし、トオルにはその質問の意図が掴み取れない。
たいてい、この質問をされるのはやましいことがある場合だが、あいにく思い当たる節はないのだ。
「いや、ないけど……?」
「ふーん……そう……」
なので当然、素直に否定するが、何故か友戯の反応は芳しくなかった。
ますます、トオルは彼女の考えていることが分からなくなってくる。
「でもどうしたんだ、急にそんな質問して?」
「別に」
そこで、そもそもの理由を聴いてみようとするが、ぷいっとそっぽを向く向かれてしまう。
恥ずかしくて顔が見られないのか、それとも単に機嫌が悪いだけなのか。
「い、いやでもさ、なんにも無いことはないだろ?」
「だから、何でもないって」
とにかく、友戯の対応は素っ気ないものであることに間違いはなく、
──こ、こいつ……!!
段々とトオルもムカッとしてくる。
一方的に謎の質問で雰囲気を気まずくしてきた挙げ句、理由も説明せずにそっぽを向かれているのだ。
いくら相手が友戯とはいえ、ここは友人として怒ってもいい場面であるはず。
「…………やっぱ、友戯って俺のこと……」
反抗心の芽生えたトオルは、ボソリと意味深なことをつぶやき、
「っ! 今、なにか言った……?」
見事、引っかけることに成功する。
「いや、別に……」
「ごまかさなくていいっ……言っておくけど、そういうのじゃないからっ……」
意趣返しにそう返せば、友戯は焦った様子で何かを否定してくるので、
「ん? 何のこと?」
あえてとぼけてやることにした。
「だ、だから……私が日並のことを……みたいなのっ」
案の定、友戯は恥ずかしそうにごにょごにょと、説明になっていない説明をし始める。
「ああ、大丈夫大丈夫、分かってるって!」
それを聞いてもなお、トオルはまだまだ収まりがつかなかったので、まるで理解したようでしていない風の素振りでからかってやり、
「っ、日並っ!!」
「ちょっ!?」
しかし、これにはついに友戯も我慢ならなかったのか、顔を真っ赤にしながら掴みかかってくる。
「ば、あははっ、やめろこらっ……!」
「日並が勘違いするのやめたら、やめてあげるっ」
そして、勢いのままこちらの体勢を崩すと、脇腹を中心にくすぐり攻撃を始めてきた。
「だ、ははっ……くそっ……くくっ、やめろって……!」
トオルは抵抗を試みるが、半ばマウントを取られた状態なうえ、くすぐりによって力も抜けるせいでやりたい放題にされ、
「わ、分かった……ま、参ったっ……!!」
やがて、両手を上げて降参の意を示すこととなる。
「本当に分かった?」
「あ、ああ、友戯と俺はちゃんと友達だ!」
が、上から確認してくる友戯に弁解を試み、
「……ん、よろしい──」
お許しをいただいたその瞬間、
「今だっ!!」
「──っわ……!?」
一転して、トオルは攻勢に出た。
陰キャに属するとはいえ、トオルも男なのだ。
隙さえ突ければ友戯程度の体重、ひっくり返すことも不可能ではない。
「さあ、覚悟しておけよ?」
「ま、ちょっとっ……!」
腹の上に乗られ、逆にマウントを取られた友戯は、今から何をされるのかを理解してバタバタと暴れ始める。
だがすぐに、この状況でトオルから逃げることは難しいと判断したのか。
「ず、ずるいっ……」
口で罵ってくる方針に切り替えてきたが、
「何とでも言うがいい!」
「ひあっ……!?」
トオルは問答無用で手を伸ばし、
「んんっ……! ま、これ、だめっ……!」
自身がやられたように、脇腹をくすぐり返してやる。
「はぁっ……はぁっ……まっ、て……! もう、むりっ──ひぅっ!?」
友戯は呼吸を荒くしながら懇願してくるが、あいにく今のトオルはここでやめるほど優しくはない。
「ひ、日並の変態っ!」
そんな意思の強さに気がついたのか、友戯は中々にグサリとくる反論をしてきたが、
「俺はお前がやってきたことをやり返してるだけだ!」
「そ、そうだけどっ……く、ぅ……!」
こちらには大義名分があった。
それがある限り、今のトオルを止めることはできないだろう。
「ひゅ……ひゅぅっ……」
結果、ものの一分で、細い息を吐き出すことしかできない死にかけの友戯が完成することとなった。
──なんで挑んできたんだこいつ……。
前回の突っつき合いでこういうのに弱いことは判明していたが、まさかここまでとは。
せめて経験から学べば良かったものの、こうして反撃をもらっているあたり、やはり抜けているところがあるのだろう。
「どうだ、参ったか?」
とりあえず、これ以上やるのは可愛そうだと思い、そう尋ねるが、
「……もう、いい」
返ってきたのは、意外なほどに冷たい声で、
「え、あの」
「どいて、もう帰る」
目線も合わせずにそう告げられてしまう。
これには、トオルも上からどかざるを得ず、
「その、すまん、やりすぎたよな……?」
慌てて謝罪モードに入るも、
「わぷっ!?」
残念ながら、顔面に投げつけられたクッションが答えのようだ。
「日並のばかっ……」
呆然とするトオルに対し、友戯は最後にそうとたげ吐き捨てて部屋を出ていく。
ガチャリと、玄関扉が閉まる音が響いてくるのを耳にしたトオルは、
──や、やっちまった……?
遅れてやってきた後悔に崩れ落ちるのだった。
ぽつぽつと雨が振り始めた、曇天の中。
小さな窓から光が差し込むだけの薄暗い非常階段に一人、静かに座り込む者がいた。
『──はぁっ……はぁっ……まっ、て……! もう、むりっ──ひぅっ!?』
手に謎の機械を持ち、イヤホンを耳にはめたその少女は流れてくる悲痛な声に、憎々しげに歯を噛みしめる。
「残念だよ、日並くん……」
瞳からは光が失われ、握られた機械からはミシミシと今にも壊れそうな音が立てられていた。
少女はすっくと立ち上がると、まるで精密な機械のように一段一段を下っていく。
そして、
「次に会う時は──」
そう、意味深けな言葉を残して、その場から掻き消えるように去っていくのだった。
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