第37話 ※恋バナは青春の華です。
石徹白さんの再来があってから、最初の昼休みのこと。
あいも変わらず、お決まりのメンバーで食卓を囲う四人の姿があったが、
「い、いや〜今日も暑いね〜」
「そ、そうだねー」
いつになく、その雰囲気はどんよりとしたものになっていた。
その原因というのが、
「「はぁ……」」
堂々とため息をつく二人の存在である。
──石徹白さんであんな妄想をしてしまうなんて……。
その内の一人というのはもちろん自分自身──日並トオルだ。
というのも、あれから冷静になって考えてみた結果、清純で優しい石徹白さんのえっちな夢を見てしまったという事実に気がつき、罪悪感を抱いていたのである。
──最低だ……。
その感覚は、不可抗力で女子のスカートの下を見てしまった時のそれに似ており、相手があの石徹白さんということもあってダメージはさらに倍増していた。
──どうすりゃ良いのよ……。
かと言って、わざわざ本人に説明して謝るわけにもいかず、贖罪を行うことも叶わない。
「はぁ……」
そんなこんなで、暇があればため息をついていたわけだが、
「おい、日並っ、何があったんだ?」
横から声をかけられたので、流石に顔を上げる。
見れば、そこには見慣れた友──景井の顔があり、少し落ち着いた心地になった。
「ああいや、何でもないよ。時間が経つのを待つしかないタイプのあれだ」
「いや、よく分からんけども……まあ、手伝えることがあったら言えよ?」
ただ、下手に教えてしまうと勘違いを生みそうだったので、適当な言い訳ではぐらかすことにする。
「それより、友戯さんのあれとは関係あるのか?」
すると、景井の注目はもう一つの原因である人物の方へと向かってくれた。
促されるまま視線を向ければ、そこにはいつものように友戯の姿があったが、
──確かに、なんか落ち込んでるな。
机に肘をつきながらそっぽを向いているその姿は、正しく心ここにあらずといった様子であった。
「ねぇ〜どうしたの遊愛ちゃ〜ん? そんなにぼうっとしてたらキスしちゃうぞ?」
「うん……」
実際、隣に座る大好さんのウザ絡みにも、適当に頷きを返すことしかできていない。
「俺のとは関係無いと思うけど、重症だな」
「じゃあ、謎は謎のままかー」
友戯についてはそれなりに詳しいと思っていたトオルだが、今回のようなパターンは見た記憶がなかった。
また、今朝は珍しく一人での登校であり、ここ数日に会う機会も無かったので、その理由についてはさっぱりである。
「それより男子二人! 何か私達に言うことはないの!?」
その後も何度か挑戦していた大好さんだが、何を思ったのか急にこちらへと話を振ってきた。
一瞬、何のことだろうかと悩むが、
「えっとー……ああ、夏服!」
「そ、そうそれだ! 可愛いと思いますよ、ええ!」
「正解!!」
先に気がついた景井に便乗して褒め称える。
大好さんはビシッとこちらを指差しながら、友戯の方をチラッと見て、
「はぁ……」
ガクッと肩を落とした。
どうやら、答えは夏服への感想ではなかったようだ。
「……仕方ない、こうなったら──」
大好さんは両肘を机につきながら手を顔の前で組み、
「──恋バナ、しよう!!」
ニヤリと笑いながらそんなことを口にした。
おそらく、友戯を説得することは諦めたのだろう。
自分の話したいことを話す作戦に切り替えたようだったが、
カタッ……。
その時、どこかで小さな物音がなる。
三人は自然と音の鳴った方へと視線を向け、ピタリと友戯に照準を合わせていた。
「……な、なに?」
すると、先ほどまで話しかけてもまるで反応していなかったはずの友戯が、何故か視線を気にしているご様子。
「あれ、もしかして──」
大好さんは何かに気がついたかのように目を見開くと、
「──恋愛のことで悩んでいる?」
核心を突くように問いかけるが、
「? 違うけど」
「……ふーん」
残念ながら外れだったらしい。
しかし、
「ねえ、日並くんって好きな人とかっているの〜?」
それでもめげていない様子の大好さんは、いきなりトオルに質問を飛ばしてきた。
──なんだろうか。
その答えは決まりきっていたので、トオルにとっては別に恥ずかしがるようなものでもなかったが、
「っ……」
代わりに一人、あからさまな反応を見せるものが見つかる。
大好さんはそれを確かに知ると、口元をニヤつかせ、
「え〜? なになに遊愛〜、そういうことだったの〜?」
面白いおもちゃを見つけたかのように友戯へとにじり寄っていた。
「な、なに? そういうことって……」
「とぼけちゃって〜」
その雰囲気に気圧されたのか、未だよく理解できていなさそうな友戯に、
「ごにょごにょ……」
「っ!?」
大好さんは耳元で何かをささやき始めた。
すると、途端に友戯は顔を赤くし、
「ち、違うッ!!」
珍しくも、声を張りながら何かを否定する。
「え〜だって今の反応は明らかにそうでしょ?」
「そうじゃなくって、その……!」
大好さんは確信を得ているのかニヤニヤと友戯を見ており、友戯はその視線に怒っている様子ながらも、歯切れの悪い言葉しか出てこない。
──どういうことだ……?
いまいち流れの掴めないトオルは置いていかれたような気分になるが、
「ほら、好きな人が気になる相手ってのはもう、アレしかないだろ?」
「え──」
それを景井に補足されたことで、
「──えぇ!?」
驚愕の事実に気が付かされてしまう。
確かに、『好きな人を知りたい相手』といえば、イコールそれは自分が好き、もしくは気になっているような人と言っているようなものである。
そして、今回の場合は大好さんの『トオルに好きな人はいるのか』という質問に友戯が反応した形になるので、つまるところ……
「っ! ち、違うからっ、日並っ!!」
と、そこまで考えが及んだところで、こちらの変化に気がついた友戯が慌てて否定しにかかってきた。
「だ、だよな」
「うん、そうっ」
そのあまりの必死さに、トオルも思わず安牌な方へと逃げる。
実際のところ、本気で友戯が自分のことをそういう目で見ているかというと怪しい部分もあり、九割がたは誤解だろうと考えていた。
──でも、無くはないんだよな……。
ただ、逆に言えば一割はその可能性もある。
たかが数週間とはいえ、年頃の男女が同じ時を共にして、しかも小学生の頃の友達というおまけまでついているのだ。
うっかり恋に落ちてしまっていても何ら不思議ではないだろう。
「日並と私はただの友達。それ以上いじったら怒るから」
とりあえず、今回はトオルの賛同を得たことでこの場は落ち着きそうだったが、
「ごめん、私が間違ってたよ遊愛……」
「分かってくれたならいいよ」
大好さんは過剰なくらいにシュンと落ち込んでみせると、
「自覚してないタイプのやつってことね!!」
「だ、だからっ……レンッ!!」
ここに来て命知らずの挑発を行い、微笑ましくも激しい喧嘩が幕を開けるのだった。
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