第31話 ※日常の終わりは突然にやって来るものです。
4限目の終わり。
「諸君! 私は昼休みが好きだ〜!!」
「レン、うるさい」
友戯の女子友達、
が、これは別に珍しいことでも何でもなく、ここ最近はかなりの頻度で四人での会食が開かれていた。
それこそ、友戯と大好さんが女子友達に誘われた時以外は基本的にこの面子で食事を取っていると言っても過言ではないほどにである。
「あ~それにしても蒸し暑いね〜」
そんな騒がしさから始まる会話は、やはり大好さんが主導となることが多い。
「夏服まだ〜?」
流石は大好さんというべきか、やはりその内容も全員が共有できる話題を選んでくれるらしく、今回は衣替えについて話したいらしかった。
「確か、来週からとかだったようなー」
「やったっ!!」
彼女の疑問に真っ先に答えたのは景井少年。
大好さんは来たるべき時が間近に迫っていることを喜ぶが、
「ああそっか。じゃあしばらくこれ着れないのか……」
一方の友戯は、自身のパーカーをつまみながら少し落ち込んでいる様子である。
──そう言えば、いつも着てるもんな。
私服の時も、色々なパーカーを着ているくらいなので、随分と気に入っているのだろう。
トオル的にも、友戯のイメージにパーカーが付随する程度には染み付いている。
「遊愛って中学の時からそれ好きだよね〜……ってか暑くないの?」
「正直、ちょっと暑い」
お洒落は我慢を体現しているらしい友戯は、よく見れば確かに額から汗が滴り落ちていた。
「なんでそこまでして着てるのー?」
「え、うーん確か──」
当然、疑問に思ったのだろう景井が理由を聴くと、
「──昔、日並に着せて貰ったことがあって、それからかな……?」
友戯は少し考え込んだ後に、もしかしたらといった口調で語り始める。
──そんなことあったっけ……?
それを聞いたトオルは反射的に記憶を遡るも、すぐには思い当たるフシがなく、
「え、なになに!? それ詳しくっ!!」
その隙に大好さんが興奮した様子で友戯に詰め寄っていた。
一瞬何事かと思うトオルだったが、すぐに合点が行く。
──ああ、そういうことか。
大好さんにとって恋バナが大好物であることは、短い付き合いながらも把握済みである。
おそらく、過去のエピソードに面白い秘密でもあるのではないかと期待しているに違いない。
「詳しくって、別にそのまんまだけど」
「そのまんま?」
「うん、私が寒がってたのを、日並がパーカー貸してくれたってだけで──」
そんな大好さんの期待に友戯はあっけらかんとした様子で答え、
「──それぇッ!!」
「!?」
即座にツッコミが入る。
「絶対なんかあるじゃん! フラグ的な何かが!!」
どうやら、大好さん的には重大な案件らしく、声を高らかに上げながら机を叩いていた。
「な、無いって」
「ほんと? ほんとに無いの??」
「本当だって」
しかし、大好さんの迫力に気圧されながらも、やはり友戯には心当たりが無いようである。
「って言ってるけど、そうなのー?」
「え、俺?」
そんな感じで二人が揉めていた時、景井がトオルへと話を振ってきた。
──そう言えば、確かにあったかもしれない。
そして、先ほどまでの友戯の話から、トオルはふと該当する記憶にたどり着く。
「あれだよな、友戯と二人で迷子になった時の」
「二人で迷子ぉ!?」
その記憶とは、親からお使いを頼まれたついでに少し遠出をしようとした結果に起きた、好奇心ゆえの失敗談である。
何やら琴線に引っかかったのだろう大好さんが興奮するが、
「あれ、そうだっけ?」
当の友戯はいまいち曖昧なようだった。
「そうだったはずだぞ。だって、パーカーを着せたのって、友戯が──」
なので、代わりに鮮明になっていく記憶を語ろうとするが、
「──あっ……!」
突如、柄にもなく声を張った友戯に遮られてしまう。
「びっくりした……なんだよ?」
「え、ええっと、もうこの話はいいんじゃないかなって」
それに驚いたトオルが訝しむと、友戯は明らかにこの話を終わらせにかかろうとしていることに気がつく。
──そういうことね。
最近になって知ったことだが友戯は意外と見栄っ張りであるらしく、過去の恥ずかしい話等は周りに知られたくないようなのである。
少なくとも、迷子の果てに泣きじゃくった話を知られれば、かなり格好のついているであろう学校での友戯像が崩れることは間違いなかった。
「ああ……うん、そうだな」
「ええっ!? ここまで来てそれは無いよ〜!!」
今更この場にいる二人に知られたところで大して変わりはないと思うが、親友である友戯たっての希望なのだ。
ここで口を閉ざすことには是非もない。
「教えてよ、ね? 日並くん?」
「ダメだからっ」
その後、ぶりっ子攻撃をしてくる大好さんと、念を押してくる友戯に挟まれながら、
「モテ期来たー?」
ついでに景井のいじりを受けているうち、昼休みの時間はあっという間に過ぎていくのだった。
それから午後の授業も終え、一人玄関口へと向かったトオルは、
「うわー……」
傘置き場を前にして絶望させられていた。
──傘が無ェ……。
というのも、確かに今朝置いたはずのその場所に、自身の傘が見当たらないのである。
記憶違いであることも考えて他の場所も探したが、それでもなお見つかることはなく、どしゃ降りとなった雨の前でただひたすらに立ち尽くすハメになっているのだ。
──よりによってこんな時に……。
しかも運が悪いことに、本日に限って久しぶりにお一人での帰宅となっている。
景井は生徒指導室に用事があるらしく、友戯は友戯で女子の友達に囲まれていたので話しかけることもできなかったのである。
どちらか片方でもいれば傘の恵みにあずかれたというものを、これではコンビニに行って傘を買うことすらできなかった。
──仕方ない、学校のを借りるか。
一応、友戯を待つという手もあるにはあるが、そうなると確実に部屋まで付いてくるので、たまには一人でゆっくりしたいという気持ちを優先した形である。
「はぁ……」
故に、ため息をつきながらその場で踵を返そうとし、
「あの──」
その直前、背後から聞こえてきた鈴の鳴るような声にピタリと動きを止めた。
疑いようもなく女性のものであるそれはしかし、抑揚の少ない友戯のものでも、快活な大好さんのものでもない。
優しく包み込むように柔らかく、それでいてどこか神秘的なまでに透き通る、まるで神に与えられたかのような奇跡の音色。
その声の主が卓越した存在であることを思わせる、そんな雰囲気に恐る恐る振り返ったトオルは、
「──もしかして傘、無いのかな?」
そこに白銀の天使──すなわち、この学校で一番と謳われる、かの美少女の姿を見るのだった。
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