第2部 ※友達の友達が友達とは限りません……編
第30話 ※新たな日常の始まりです。
時は梅雨も間近となった六月上旬。
それを証明するかのように、窓の外ではポツポツと雨粒が落ちているのが目に映る。
「あー雨だるいなー」
今年で十六歳になる少年──
「そう? ほら、こう考えたらどう? もしかしたら好きな子と相合い傘できるかもって」
「状況が限定的すぎるよ……」
前に座る母が励ますようにくだらないことを言ってきた。
──好きな子ねぇ。
と言いつつ、退屈しのぎにトオルの頭の中ではその言葉が回る。
──友戯は……まあ、母さんの言っていることとは違うな。
真っ先に思い浮かぶのは最も仲のいい異性である友戯だが、あいにく恋愛的な感情は抱いていない。
女性としての魅力は充分にあるため近くで見ればドキドキすることはあるが、心情面での想いというものがあるかと言われれば圧倒的にノーである。
それはここ最近の付き合いでより顕著となっており、何だか放っておけない妹のような、そんな存在に近いように感じてきていた。
「てか、そもそもいないわ」
「え〜? 学生のうちに恋の一つや二つしとかないともったいないわよ?」
とりあえず母の期待するような相手がいないことを報告すると、お決まりの文句で返されてしまう。
まあ、恋愛こそ青春というような風潮があるのも、それがある程度正しいというのも間違いないだろうが、世の中には友達と適当にダラダラと楽しむのが青春の人間もいるのだ。
「でも恋愛って面倒くさいイメージあるし……」
「はい出たー! それは童貞の言い訳よ!!」
「よく息子のこと童貞言えるなっ」
が、現代人特有のその考えは、華やかな青春を謳歌してきたのだろう母には理解できないらしい。
「どうせ、学校一の美人に告白されたら付き合うくせに〜」
「極論だよそれ……てか、例えそうなったとしても、普通に付き合うより面倒くさくなりそうじゃない?」
「また屁理屈言って〜」
どうにか息子を納得させようとそれらしいことを言ってくるが、あいにくこちらは捻くれた年頃の少年である。
もし学校一の美人がいて、さらにその人と付き合えたとして、立場は相手の方が上になるだろうことは容易に想像できるし、周りからのやっかみ等も受けることになるだろう。
そんなのは極力目立ちたくないトオルのような人間からすれば御免被る展開であった。
「ねえ、パパはどう思う?」
そんなトオルの頑固な内心を見透かしたのか、母は自身の隣に座るパートナー──つまりトオルの父に助力を求める。
「ふーむ…………」
地味な黒縁の眼鏡をかけ、眉間にシワを寄せるその顔相は正に昭和の厳格な父親といった風貌である。
「俺なら速攻でいくな」
が、その口をついて出たのは、低く威厳のある声質とは裏腹な、めちゃくちゃに軽い発言だった。
「もう、パパったらぁっ!!」
「おぅフッ……!」
結果、母からの痛烈な平手を背中に受けるハメになっている始末。
母の顔は笑っていたが、その威力を見れば女の恐ろしさはすぐに分かろうというもの。
生まれてから十数年この光景を見続けてきたトオルは、変わらぬ二人の仲睦まじさは尊敬しつつも、同時に父のようにはなりたくないという反面教師性も見出していた。
「ごちそうさま、そろそろ行ってくるよ」
「あら、もう食べ終わったの?」
また、ここから先はどんどんノロケムーブになっていくということも既知の事実なので、食器を片付けて素早く撤収を開始する。
「行ってきまーす!」
「はい、いってらっしゃ~い!」
自室に鞄を取りに行き、玄関から出立の合図を送れば、いつものようにリビングの方から母の送り出しの声が響いてきた。
そのままトオルは玄関扉を開けると、雨の匂いがする朝の空気を吸い込みながら一階を目指し、
「おはよう」
「ん、おはよ」
最近はほぼ連日と言っていいほど登下校を共にしている少女──
首後ろでまとめた黒の長髪に、眠たげな片目だけが覗く整った顔立ち。
その相変わらずの美少女顔に朝から癒やされつつ、傘をさして歩き始め、
「結局あの後どうだったんだ?」
「何とか倒せたよ、むしろソロの方が楽だったかも」
「ああ、まあ昨日は
話すことと言えばもっぱらゲームの話である。
今では景井ともオンラインプレイで遊ぶようになり、以前より賑やかな日々を過ごすようになっていた。
流石に、友戯を自宅に連れ込んでいることはまだ言えていないが、いつかは三人でパーティーゲームをやってみたいものだ。
「ひゅーお熱いねーお二人さん」
と、そんな風に話題を出していたからか、ボサボサ髪の男に偶然にも遭遇してしまう。
「おいコラ」
「悪い、一度言ってみたかったんだよ」
何やらニヤつきながらからかってきたが、もはやこの程度で動揺することはない。
「景井くんって意外とお茶目だよね」
友戯も同じなのか、いたってクールに感想を述べるのみ。
「……やっぱ本当に付き合ってないんだなー」
「だからそう言ってるだろ?」
その様子を見て、景井は不思議なものを見たような声を出す。
まあ、トオルも赤の他人である男女が二人で登校していたら、条件反射でカップルだと思ってしまうので、それも致し方のないことだろう。
「でも、最近は結構噂になってきてるぞ」
「え、そうなの?」
「ああ……俺も一回、クラスの女子に聴かれたことあるよ」
実際、友戯との交流が再開してから二週間以上経過しているため、一緒にいるところを見られる機会はかなり多い。
恋バナが好きな年頃なのか、どこからか噂を聞きつけた女子に真相を尋ねられたのは記憶に新しかった。
「ふーん……まあいっか」
「いいんだー」
そのあたり友戯は鈍いのか未だに気づいていなかったようだが、気づいてもなおどうでもいいようである。
「だって、あくまで友達でしょ? やましいことしてるわけでもないし」
「うん、その通りだな」
はっきりとそう宣言する友戯に遺憾があるわけもなく、トオルも激しく同意を示した。
「まあそうだとして、再会したばかりでその距離感なのは普通に驚きだけどねー」
「え、そう? 昔もこんな感じだったけど──」
そうして、景井から正論をぶつけられつつ、それにまた友戯が疑問を抱くというループに囚われる。
──やっぱ、俺の勘違いだったみたいだな。
そんな二人の様子を眺めるトオルは以前に考えていた、友戯は景井に特別な感情を抱いているのではという自身の仮説が誤っていたことを改めて認識させられていた。
何せ、今現在の彼らのやり取りにはこれといって不審な点はなく、少なくとも意識し合っているということはないように思えたからだ。
また今になって考えれば、あの日のつっつき合いはおそらく、友戯の寂しがりな一面が発動しただけだろうという理由付けもできる。
──まあ、世の中そんなもんだよな。
最初こそドキマギさせられて勘違いすることも多かったものの、人の慣れとは恐ろしいもので、今ではこうして平穏な日常を過ごせていた。
──こんな日々がいつまでも続きますように……。
トオルは心の中でそんな普遍的なことを祈りつつ、二人の後ろを着いていくのだった。
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