第29話 ※寝込みを襲ってはいけません。
とある学校帰りのこと。
「今日は何する?」
今日も今日とて、トオルの部屋へとやって来た友戯嬢は我が家かのごもく、くつろぎにくつろいでいた。
「何するって、何かやりたくて来たんじゃないの?」
「たまにはほら、日並のオススメとかやってみても面白いかなって」
最近は──というより、今も昔ももっぱらゾンハンばかりやっていたのだが、どうやら他のゲームにも興味が出てきたらしい。
──友戯の好きそうなゲームか……。
パッと思いつくものだと、ゾンハンに近いアクションやハクスラ系のものだろうかと考えつつ、
「あ、なら二人でやれるヤツにするか」
ふと、どうせなら一緒にできるものがいいだろうと、テレビ画面に映ったカーソルを『地上防衛団5』に合わせる。
宇宙の侵略者から地上の世界を守る三人称視点のシューティングゲームだが、アクション性もありつつ派手な戦闘をカジュアルに楽しめることで人気を博したシリーズである。
「ディスク入れ替えなくてもできるんだ……」
そんな友戯の驚きに少し笑いつつゲームを起動させ、画面分割プレイモードを選択していく。
これがこのゲームを選んだ理由の一つと言っていい。
というのも、GS4のゲームは基本的にソロプレイ、もしくはオンラインでの協力プレイが基本だが、このGDFシリーズには昔からの慣習かローカルでの協力プレイが可能となっているのだ。
「うわ、何かデカい虫出てきたっ」
「そいつを撃って倒してく感じだよ」
なのでさっそく友戯と一緒に遊んでいくが、案の定敵のビジュアルに驚いたり、
「ち、ちょっと待って、敵多すぎない?」
「そういう時は……ロケランで吹っ飛ばせ!!」
あまりの物量の多さにたじたじになったりしていた。
こういったシューティングゲームの操作にも慣れていないため視点もガクガクとしており、戸惑ってしまうのも仕方がないだろう。
「──大量の敵……吹っ飛べっ!」
「ちょ、俺いる──ぐほぁっ!?」
しかし、流石は友戯というべきか。
操作に苦戦していたのは最初だけで、途中からはふざける余裕ができていたくらいには上達していた。
「このステージ難しいね……」
「序盤の難所だからなー」
その後も、ほどよい手応えの難易度を楽しみつつ、気づかぬ間に時間がどんどんと過ぎていき、
「──すぅ……すぅ……」
やがて、あまりに白熱した時を過ごしたからか、クッションに抱きついて横になった友戯は、いつの間にか健やかな寝息を立てていた。
──今日はここまでだな。
学校帰りにほぼ毎日遊びに来ているのだから、それも無理はないだろうと、トオルは無意識に温かい目を向ける。
トオルとしてはそこまでして来たいのだと嬉しくもなる一方、流石にそろそろ断るということも覚えたほうがいいのかもしれないとも思ってしまうが。
「うっ!?」
そんな風に一人悩んでいた時だった。
寝返りをうった友戯のスカートが、目の前でひらりと捲れる。
──ま、まずい。
何を隠そう、本日の彼女は制服を着ているのだ。
ボトムスにパンツを身につけた私服ならまだしも、短いスカートの下にあるのは紛うことなき下着なのである。
その状態で無防備に睡眠をとられるという行為が、いかに理性を試される所業なのか、トオルは今更になって理解させられた。
ごくっ……。
艶めかしく組み直される、両の脚。
柔らかくて白いその隙間からは、チラチラと肌色以外の何かが見えそうになる。
本来、見てはいけないはずのそれに、しかし男としての本能が視線を逸らさせてはくれない。
そしてまた、それを咎めるものが存在しないという状況が、やろうと思えば多少のイタズラでさえできてしまうのではと、徐々に邪念を湧かせてきて、
「友戯が悪いんだぞ──」
立ち上がったトオルは覚悟を決めた顔で、眠れる少女へと近づいていくのだった……。
暗闇に閉ざされた視界の中で、少しずつ意識が覚醒していくのを感じつつ、
「──あれ、私寝てた……?」
微睡みから這い出た
「お、おう、一時間くらいな」
「え、そんなに……?」
隣で一人、スマホを触る友人──日並から返ってきたのは、体感よりも多めの時間を寝過ごしていたという事実だった。
せっかくの彼と一緒に遊べる楽しい時間を無為に費やしたと思い、少しへこむ遊愛だったが、
「ちょっと、トイレ……」
「うい」
尿意には勝てず、寝ぼけ眼のままトイレへと向かう。
「んん……」
「はは、まだ眠いのか?」
しかし、用を足した後もなお眠気が取れぬまま、ポケーっと定位置に座り直すと、
──ん?
ボヤケる意識の中、ふと違和感を覚えた。
徐々に、それが腰のあたりにあると察し始めた友戯は、原因を探るかのように座椅子の上で何度も座り直し、
──っ!!??
やがて、その違和感が重大な事件であることに気が付いた瞬間、意識は急激に覚醒していく。
──な、なんでっ!?
確認のため、手を使ってスカートの上から入念に調べるも、やはりそこにはあるはずのものが無いと、焦りは加速していくばかり。
──まさか……!!
そう思い、パッと見たのは隣に平然と座る日並の姿。
当たり前だが、スカートの下に履いていたものが、勝手に消えるということはありえない。
つまり、何者かの手によって行われたと考えるのが妥当だが、この場にいるのは自分と日並の二人のみ。
そして、いくら寝相が悪くとも、その辺に下着を脱ぎ捨てるほど器用なことが起きるはずもないので、真っ先に自分は外れる。
と、なればだ。
「…………」
「な、なんだよ?」
犯人は自ずと目の前の男一人に絞られるというわけだ。
──でも、そんなわけ。
無論、その可能性を信じたくはない。
少なくとも、今まで日並がそういったことで手を出してきたことはなく、例え心の内にやましい感情を隠し持っていたとしても、それを抑えられるだけの理性はあると考えられる。
──だけど、もし。
ただ、今回は遊愛が完全に眠ってしまっていたという、イレギュラーな状況でもあった。
つまり、つい魔が差して、下着を盗もうと思ってしまってもおかしくないのではないかと疑えてしまうだけの余地はあるということだ。
──っ……!!
だが、もしそうだと仮定すると恐ろしいことが起きる。
何せ、暴走した男というものが、下着を盗るだけで満足するわけもない。
それこそ、あんなことやこんなことをされていない方が不自然というものだろう。
──うぅ……!?
そこまで想像が及んだとこで、遊愛の顔は自分でもわかるほどに熱くなっていた。
動揺、羞恥心、怒り──様々な感情がないまぜになった遊愛は自然と日並を睨みつけ、
「だ、大丈夫か……?」
「っ!?」
様子を変に思ったのか心配そうに近づいてきたトオルに対し、反射的に距離を取っていた。
──た、食べられるっ……!
恋愛に興味の薄い遊愛とて無垢な子どもではない。
このままでは既成事実を作られ、親公認のカップルになり、結婚後は二人の子供と一緒に家族みんなでゲームをする幸せな家庭を築かされることは想像に難くなかった。
──だめッ!!
一瞬、本当にほんの一瞬、そこまで悪くないのではと思ってしまった遊愛だがすぐに雑念を振り払う。
二人の関係はあくまで友達であり、自分はもちろん、日並にも恋愛的な感情はないはずなのだ。
ふと生まれた欲望から手を出してしまっただけであって、このまま流れで結ばれたところで幸せになれるとは限らないだろう。
「と、盗ったでしょっ!?」
「えっ!?」
故に、彼の目を覚ますため、遊愛は覚悟を決めて核心を突くことにした。
「な、なんのことだ?」
そして、遊愛の疑念は正しかったのか、日並は明らかな動揺を見せる。
──や、やっぱり……。
その反応を見た遊愛は若干へこんでしまうが、日並も男の子だったのだと納得し、代わりに自分の甘さを呪うことにした。
「早く出して」
「えーっと……」
「んっ!」
なおもとぼける日並に、有無を言わさぬ勢いで自身の右手を突き出す。
「わ、分かったよ……俺の負けだ……」
すると、流石の日並も誤魔化すのは厳しいと思ったのか、降参の意を示し、
「はい、これ……」
「ん──」
差し出されたものを受け取るが、
「──……ん?」
右手に載る重みに違和感を覚え、それをしっかりと目で確認することにする。
──日並のスマホ?
そこにあったのは、自身が着用していたショーツなどではなく、日並がいつも使っているスマホだった。
いったいどういうことだろうかと思考が追いつかない中、
「すみません、これです」
日並はそのままスマホを操作すると、写真フォルダを開き、そこから一枚の画像を選び出す。
それは、クッションに顔を埋めて幸せそうに眠る少女の顔──すなわち、遊愛本人の寝顔が写された写真であった。
「なに、これ?」
未だ理解の及ばない遊愛はボソリとつぶやき、
「ごめん、可愛かったから、つい……」
「かわっ……!?」
不意に告げられた感想に、ドキリと心臓を跳ねさせられる。
聴きたいのはそういうことではなかったのだが、おかげで少しずつ頭の中の状況が鮮明になってきていた。
──日並は、私の寝顔を撮っただけ?
要するに、日並が寝ている間にしたことは顔を盗撮したということで、その様子からしても、下着泥棒というわけでは無さそうである。
──あれ、じゃあ私の下着は……?
だが、そうすると一番の謎が生まれてしまう。
あるとすれば、最初から履いていなかったという説になるが、これは信じにくい。
時々抜けているところがあると家族に言われたことはあるが、流石に今日一日履き忘れていることに気づかないほどとは思いたくなかった。
「……ごめん、ちょっとトイレ行って来る。それ、嫌だったら消しといていいよ」
「え、あっ」
そんな風に悩んでいると、空気に耐えかねたのかトオルが席を立ってしまう。
寝顔を撮られたのは確かに恥ずかしいが、今更責める気になれるほどのことでもなかったので、少し申し訳ない気持ちになる。
「ほんと、なんで──」
一人きりになった部屋で、謎を解けないもやもやが声となって出るが、
「と、友戯っ!!」
そんな思いが届いたのか、直後に日並が慌てた様子で解答を引き連れてきた。
「え?」
彼が指差すのはトイレ。
それに惹かれるように、扉を開けた瞬間、
「っ!!??」
衝撃の結末を知った遊愛は、声にならない悲鳴を上げていた。
──そ、そんな。
そこにあったのは、雑に脱ぎ捨てられた水色のショーツ──見紛うことなき、自分の下着である。
瞬間、遊愛は記憶を思い返す。
起きた直後、トイレに向かった自分は、果たして下ろした下着をちゃんと上げ直しただろうか、と。
──さ、最悪だっ……。
そして、ついに真実にたどり着いた遊愛は、思わず頭を抱えるのだった。
「──で、寝ぼけてて履き忘れてた、と」
「ん……」
突然のパンティー出現バグに驚いたトオルだったが、本人から真相を聴いたことで、下着を見てしまった気恥ずかしさよりも、呆れる感情の方が強くなっている。
確かに昔から天然な部分はあったが、まさか今でもこれほどのボケをやらかすとは、さしものトオルであっても予想だにしなかった。
「あれ……もしかして、さっきの「トったでしょ」って──」
そして、一つの答えが分かると、連鎖するかのように別の疑問が解けていく。
トオルは寝顔を『撮った』だと思っており、何故バレたのか謎だったが、どうやら友戯的には下着を『盗った』だったらしい。
「──ぷっ……と、友戯っ……流石にそんなのっ、と、盗れるわけないだろっ……あははっ!」
そのすれ違いに気がついたトオルは、堪えることができずに吹き出してしまう。
普通に考えれば、いくら相手が寝ているとはいえそんな物を盗もうとは思わないだろう。
例え起こさずに盗れたとして、そのあと確実にバレてしまうのだから、疑問を挟む余地はなかった。
「う、うるさいっ……」
これには友戯も反論できないのか、ツボに入ったトオルに対して小さな声で抗議することしかできていない。
「も、もういいでしょ!」
「お、おう……っ、くくっ、だ、ダメだっ……!」
「っ……!!」
結局、トオルが爆笑する声は、友戯が拗ねて絶交を宣言するまで続くのだった。
……ちなみに、ゴタゴタに紛れてか、友戯の寝顔写真はちゃっかり残ることとなった模様。
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