閑話
第28話 ※親フラには気をつけましょう。
友戯との再会を果たし、交流も深まってきたある日のこと。
『今日行っても大丈夫?』
トオルのマインに、友戯からのメッセージが飛んできた。
その内容自体は、別におかしなことでも何も無かったが、
──今日か……。
そこに一つ、今までと違う条件が合わさっていたことで悩まざるを得なくなる。
というのも、
「トオル〜、ちょっとお願いしてもいい〜?」
「はーい」
今現在、こうして部屋の外から呼ぶ声の通り、日並家には母が在宅していた。
そう、本日は土曜日──すなわち休日であるためだ。
決してやましい気持ちはなかったが、家に女子である友戯を呼ぼうものなら根掘り葉掘り詮索されることは避けられないだろう。
──どうしたものか。
頼まれたトイレ掃除に励みつつ、友戯への返信をどうすべきか悩むトオル。
「あ、そうだ。お母さんこれから友達のとこ行って来るから、晩ごはんは自分で温めて食べてね」
「っ! わ、分かった!」
が、そんなトオルにとっては朗報という他ない情報が耳に入ってくる。
なぜなら、我が家の母は外出したらしばらく帰ってこないことで有名である。
父も母もかなりの自由人なため、トオルが小さい頃ならいざ知らず、高校生になった今では二人とも奔放に生きることに余念はないのだ。
──これならいけるっ!
急いでトイレを磨き上げたトオルは、意気揚々とスマホを取りに戻り、
『一時からならいける』
さっそく返答を伝えることにする。
『了解ッ! 了解ッ! 了解ッ!!』
すると、ゾンチラ軍団が無線で連携を取っているようなスタンプが送られてきた。
さっそく買ったスタンプを使いこなしているところに友戯のはしゃぎっぷりを感じ、トオルはつい笑ってしまう。
「それじゃあ行ってくるからね〜」
「いってらっしゃーい」
時刻は正午を回る少し前、母がおそらくランチから始まるのだろうママ友の会に出かけていく。
こうなれば、もはや後顧の憂いは無い。
部屋の掃除をささっと終わらせ、友戯が来るのを座して待つのみだ。
『ついた』
そうして、小一時間適当に漫画を読みながら過ごしたトオルのもとに、ようやく友戯のメッセージが飛んでくる。
すると、少しして窓の外から人の足音が聞こえてきたので、トオルはいち早く玄関まで向かい、
「わっ」
「よ、上がって上がって」
友戯より先に扉を開けてやった。
まさか、呼び鈴を鳴らすより早く出てくるとは思わなかったのか、驚いた様子の友戯に気分を良くしつつ中へと促す。
「おじゃましまーす……あれ、今日もいないの?」
「いや、ママ友の会合に向かってるよ」
「そうなんだ」
「それにほら、うちの母親ってあれだし、いない方が都合良いかなって」
「ああ……」
そのまま玄関で靴を脱ぐ友戯だったが、休日なのに挨拶が返ってこないことに違和感を覚えたらしい。
仕方なくトオルが事情を説明すると、友戯は納得したような声を漏らす。
「日並のお母さん、元気な人だもんね」
トオルの配慮を理解したのだろう。
友戯はそれ以上何かを聴いてくることもなく、トオルに続いて部屋へと上がってきた。
「それじゃ、始めますかっ」
これで準備は万端である。
GS4も起動済みで、ジュースやお菓子も完備されたこの部屋は正しく人をダメにするぐうたら空間と化しているのだ。
「あれ、そっちでいいの?」
が、予想外なことに、定位置に置いてある座椅子に座った友戯は、自身の鞄からゲーム機を取り出していた。
てっきり、最新作のWW《ダブルワールド》をやりにでも来たのかと思ったが違うらしい。
そんなトオルの疑問に、
「今日は何か、二人でやりたい気分というか……」
素直に言うのは恥ずかしかったのか、友戯は視線を逸らしながら答えてくれた。
「お、おう……」
聴いたこっちまで恥ずかしくなる発言にトオルも微妙な反応をしてしまうが、いつまでも気まずくなっているわけには行かない。
「じゃあ、今度こそ始めますかっ──」
トオルは余計な思考を振り払いながらそう宣言するのだった。
それからしばらく、二人してゾンハンを楽しんだ後は、流れで漫画鑑賞タイムに入ろうとしていた。
「あ、そう言えばこの間借りたやつ読み終わったから返すね」
「ういっすー」
ゲームでほどよく疲れたこのタイミングで、トオルも友戯もぐだーっと絨毯の上に寝転がり始める。
お互い、好きなようにだらける中、ちらと友戯を見てみれば、
──相変わらず無防備だな……。
自然と、その白い太ももに視線が吸い寄せられてしまった。
今日も今日とて、パーカーニーソ一式を着てきた友戯は、クッションに顔を埋めながら漫画を読み耽っているのだが、
──これは言うべきなのか?
同じ体勢でいると身体が痛くなるのだろう、何度も脚を組み替えるようにモゾモゾと動いているせいで、パーカーの裾が捲れたりしているのだ。
スカートを履いているわけではないので見えても大丈夫ではあるのだろうが、男子であるトオルからすれば肉感のある脚が動いているだけでも中々に刺激的なのである。
ここは友人の一人として注意すべきなのかもしれないと、トオルは思い悩むが、
ガチャッ……。
直後、それどころではない事態が発生してしまう。
──んなっ!?
気持ちが弛緩していたそんな時、聞こえてきたのは玄関が開く音だった。
この家に帰ってくるのは両親のどちらか──それも、タイミング的に言えば出張でしばらくいないはずの父で無いことは明白。
──まずいっ!!
脳が高速回転して導き出した恐ろしい結論に、
「え──」
トオルは急いで友戯を叩き起こし、
「──ただいま〜……ってあら、どうしたの?」
直後、無断で部屋の扉を開けてきた母親と目が合った。
「え、な、何が?」
「なんか、急いでるような感じがしたけど」
「き、気のせいじゃない?」
母の勘が良いのか、トオルの様子がそれほど変なのか、どちらかは分からないがまずい状況であることには変わらない。
「っ……」
何せ、一番見つかりたくない友戯は、扉一枚を隔てた裏側で今も息を潜めているのだから。
とはいえ、押入れに隠す時間すら無かった故の応急措置でしかないので仕方のないことだろう。
「ふーん?」
不幸中の幸いだったのは、念には念をと友戯の靴を事前に隠しておいたことか。
まだ、彼女の存在を気取られてはいないようである。
「それより、また漫画散らかして……ん?」
が、しかし、
「何か、甘い匂いがするような……」
「っ!」
突如匂いをかがれ始めたことで、またもやピンチに追いやられてしまう。
「母さんのじゃない? 友達のとこ行ってきたんでしょ?」
「んー、そうかなー……?」
トオルも負けじと、それらしい言い訳で対抗し、
「……ま、いっか!」
辛うじて撃退に成功する。
己が母の適当さに感謝しつつ、完全に奥のリビングの方へと去っていったのを確認してからトオルは扉を閉じた。
「ふぅ……」
ひとまずの安寧を得たことにトオルは一息をつき、
「びっくりした……」
友戯もまた、胸に手を当てながら安堵の表情を見せる。
「すまん、まさかこんなに早く帰ってくるとは」
「ううん、まあ、そういうこともあるよ」
予想外の事態に巻き込んでしまったことを謝るが、友戯は気にした様子もなく首を横に振ってくれた。
「それじゃあ、今日はここまでということで」
「うん──」
ただ、このまま続行することもできないので、友戯を玄関へと送り出そうとし、
「──っ!」
彼女は何故かピタリと止まっていた。
「? どうした?」
当然、その不審な挙動について尋ねるが、
「えっ、と……」
何やら、視線を逸らしながら言いあぐねている。
いったいなんだろうかと疑念を抱くトオルだったが、
──ま、まさか。
すぐにその答えに気がついてしまった。
逸らされた視線に、何かを堪えるように噛まれた唇。
そして、パーカーの裾を握りながら、内股に閉じた脚をモジモジと動かすその姿を見れば疑いようもない。
「嘘、だろ?」
「っ……」
愕然とするトオルに返ってくるのは、無言でふるふると首を振る姿だけ。
「友戯の家まで……いや、コンビニまで耐えられたり」
「むり、かも……」
一応の確認に聴いてみるも答えは芳しくない。
「なんでそうなるまで……」
当たり前の疑問が口をついて出るが、
「た、楽しくってつい……」
そんな子供みたいな理由で返されてしまえば、トオルも呆れるしかなかった。
確かに、楽し過ぎて多少の尿意を無視してしまうのはあるあるだが、流石にこんな限界まで我慢する者はそういないだろう。
せめて、ゲームが終わった段階で行くことはできなかったのかと言いたくはあったが、今文句をつけたところで詮無い話である。
──仕方ない。
女の子である友戯に恥をかかせるのも申し訳ないので、ここはもう腹をくくるしかない。
「よし、こっそり行くぞ」
「ん」
扉を開け廊下の安全を確認したトオルは、友戯がコクリと頷いたのを見てトイレへと先導していく。
「いいぞ」
とはいえ、その距離は二メートルあるかないか程度。
特に問題もなく、友戯をトイレの中へと促してミッション完了といったところだったが、
「あ、ねえトオル──」
突如リビングから近づいてきた気配に焦ったのか、
「──あら、トイレだったの」
「っ……」
トオルは友戯自身の手によって引きずり込まれていた。
「ばかっ……どうすんだよっ……!」
「だ、だって……」
おかげで、人が二人入ることを想定されてない小部屋の中でコソコソと言葉を交わしつつ、
「トオル、後でお使い頼んでもいい?」
「う、うん、いいよ!」
外にいる大敵の相手もしなくてはならない。
これでは出るに出れず、
「もう……だめっ……!」
「ばっ……!?」
案の定、限界に達したのだろう友戯は、あろうことかトオルのいるこの空間で履いていたホットパンツに手をかけ始めてしまった。
咄嗟に目を閉じて視線を逸らそうとするトオルだが、ギリギリ扉に張り付けているだけのこの状況では背を向けることもできない。
精々、トオルにできたのは気持ち天井の方を向いて見ていないという意思表示をすることだけだろう。
──流石にまずいって!
ほぼゼロ距離にいる女の子が今、用を足そうとしているこの状況に興奮するような癖は無いが、背徳的なシチュエーションであることも間違いではない。
「いいのか、友戯っ……?」
故に、最終確認を行うトオルだったが、
「うん──」
間髪入れずに返ってきた肯定と、
「──日並のこと、信じてるから」
心からの信頼を受けたことで、全ての雑念が吹き飛ぶのを感じていた。
──やってやるさ……!
期待に答えてこその漢である。
瞼を閉じたままなのはもちろんのこと、トオルは即座に耳たぶを畳み、その上から手のひらを被せることで完全なる無音の世界へと転じ、
「──っ、日並っ……」
それからどれだけ経ったのか。
やがて自身のスネを小突かれる感覚で意識を現実に戻したトオルは、恐る恐る耳を開いていく。
「もう、大丈夫だから」
「……そうか」
友戯の落ち着いた声を聞いた瞬間、戦いの終わりを悟り安堵の声をこぼしていた。
「もしかしてお腹痛いの? もうっ、仕方ないからお母さんが自分で行ってきます!」
そこに幸運が重なり、脱出の準備まで勝手に整ってくれる。
「とりあえず出よっか」
「う、うん……」
母親が玄関を出ていく音を確かに聞いたトオルは友戯にそう促し、今回の騒動は幕を閉じるのだった。
それから少しして、帰宅の準備を整えた友戯を玄関まで見送ることとなっていた。
「その、今日は色々とすまんかった……」
「ううん、私も油断しすぎたから……」
雰囲気はとても気まずく、粛々と互いの反省を聞くハメになる。
だが、
「ねえ、日並──」
一転して、微笑を浮かべた友戯が、
「──色々とありがと、日並が友達で良かったって、思ったっ……」
少し照れくさそうにそう言えば、モヤモヤとした気持ちなどどうでも良くなっていた。
「おう、そうだな!」
そそくさと玄関の扉を開ける友戯の背にそう返すと、
「……ん」
彼女は最後に小さく手を振って視界の外に消えていくのだった。
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