第27話 ※日常が戻りつつあるようです……?
三人でゾンハンの話をし始めてから数分後、
「──あーここまでかー」
昨日と同じく、景井と別れる場所まで到達したことで、楽しい時間は一旦の終わりを告げることとなった。
「もっと話したいことあったけどなー──そうだ、マインのグループ作ろうぜ?」
「ああ、いいかもな」
昔であればこれで次会うときまではお預けになるところだったが、そこは科学の発展した現代である。
スマホ一つあれば、遠く離れていようと交流を重ねることなど造作もない。
「あ、友戯さんの連絡先知らないや」
「俺が招待するよ……って、勝手に話進めちゃってるけど、いいよな?」
「ん、全然大丈夫だよ」
そこからはもう、流れるように友戯もマインのグループ仲間になることが決まっていた。
ちなみに、このグループ機能は同じ部屋の中で複数人が同時にコミュニケーションを取ることができるといったものである。
「──よし、これで大丈夫だな」
トオルが友戯を招待することで無事に三人専用のグループが完成し、
「お、さっそくメッセージ」
ついでにと、挨拶用にスタンプ──絵文字のようなもの──を打っておく。
「わっ、このスタンプ可愛い……」
すると、それを見た友戯が可愛らしく口元を緩めた。
「へー日並、ゾンハンのスタンプとか買ってたんだな」
が、それもそのはず、トオルが送ったのは友戯が好きなゾンハンのマスコットキャラ──ゾンチラがキュートにお辞儀をしているイラストだったのだ。
このゾンチラというのは、ゲーム内でプレイヤーをサポートしてくれる相棒兼ペット的な存在で、現実のチンチラというげっ歯類がモチーフになったモコモコなゾンビである。
友戯が昔からこのキャラが好きだったことを覚えていたトオルはサプライズで送ってみたのだが、予想通り良い反応を見せてくれたのでもはや悔いはなかった。
「私も買おっかな……」
「結構いろいろ売ってるからとりあえず見てみたら?」
「うんっ──」
さらに、ぼそりと呟く友戯にセールスをかけてみれば、
「──え、なにこれっ……かわいっ……」
キラキラした目でスタンプの数々に魅了され始める。
──お前じゃいっ!!
思わず、本人の前でそう叫びそうになるが、確実に気まずいことになるので何とか堪えた。
『あくまで友達なのでは?』と疑問に思う者もいるかもしれないが、そう思ってしまうことくらいは許してほしい。
何せ、いつもはクールでボーイッシュな雰囲気さえ感じられる友戯が、可愛いスタンプにはしゃいでしまっているその姿は、ギャップ萌えを感じずにいろという方が無理難題な光景なのだから。
「…………」
「ん? どうした?」
そんな心持ちで友戯を観察していたら、ふと景井の視線に気がつく。
まさか、ニヤニヤが漏れ出てしまっていたのか不安になるが、
「……なぁ、お前たちって本当に付き合ってないんだよな?」
近づいてきた景井が耳元で囁いてきたのは、的はずれな質問だった。
「おう、何でだ?」
もちろん、そんな関係性ではないので、内心がバレてなかったことに安堵しつつハッキリと答える。
「そうか……いや、俺の目が慣れてないだけかもしれないけど、男女二人で同じスマホ見てはしゃいでるのはカップルのそれにしか見えなくってさー……」
「ああ……」
理由を聴いてみれば、確かに正論であった。
自分が景井の立場であれば同じことを思ったに違いない理論にトオルは頷きつつ、
「まあでも、意識してやめるほうが不自然だし、な?」
「ほー、確かに一理ある」
自分には自分の理屈があるのだと、景井に理解を求める。
景井も本気で疑っているという程ではなかったのか、そこで納得してくれたようだが、
ペポン!
そのタイミングで互いのスマホから通知音が流れてきた。
トオルと景井は反射的にそれを見て、
「なぁ、本当に……」
「付き合っとらんぞ」
先ほどと同じ問答を繰り返すことになる。
それもそのはず、二人の目に映ったのは、
『何の話ッ!?』
怒った様子のゾンチラが叫ぶスタンプと、
「…………」
それを送ってきた主の、ジトッとした視線だったのだから。
景井と別れ、友戯と二人で歩き始めてすぐのこと。
「──そんな怒ることか? コソコソ話くらいで」
「別に怒ってないけど……?」
案の定、トオルは少し機嫌の悪くなった友戯に構うハメになっていた。
本人いわく怒ってないとのことらしいが、どう見ても先程より素っ気無く感じられる程度にはテンションが下がっている。
「あの顔でか?」
「え、何が?」
まさか自覚が無いのかもしれないと指摘してみると、本当に無かったのかキョトンとした顔の友戯。
「めちゃくちゃムスッとしてたぞ」
「……嘘でしょ?」
「ほんと」
これは面白い反応をしそうだと、からかい半分で現実を突きつけてみるも、
「っ……へ、へぇ……」
視線を逸らされて表情を隠されてしまった。
残念ながら、顔を赤くして恥ずかしがったりはしてくれなかったが、動揺しているのは明らかだったので、それで満足しておくことにする。
──あ、そういえば……。
そんな時、ふと昔のことを思い出し、
「友戯ってさ」
「なに?」
「小学生の頃、結構さみしがりだったよなーって」
なぜこの思いは共有せねばと思ったのかは分からないが、気がつけば本人の前でそう言ってしまっていた。
「なっ……」
「ほら、俺が他の子と話し終わって後ろ見たら、実は友戯がずっと待ってたってことあっただろ?」
「あれは……た、ただ話したいことがあったってだけじゃない?」
「いや、他にもあるぞ? 例えば──」
とりあえず、小学生の頃の友戯が結構なさみしがりだったことを証明しようとするが、
「し、小学生の時の話はもういいって」
友戯が焦った様子で止めにかかってくる。
「でも、さっきの友戯ってまんま──」
「違うからっ!」
トオルはなおも追求しようとするも、友戯が発言を許さないかのように割り込んで否定してくるので、
「……構ってちゃん」
「っ!?」
ぼそりと独り言のように呟いてやった。
が、もちろん友戯に聞こえる程度の声量ではあったので、
「だから違うって……!」
「うっ!?」
怒った友戯に脇腹をつつかれてしまう。
「いやでも……つぁっ!?」
「うるさい、黙ってっ」
この流れはまずいと思いつつも、友戯の反応が面白くてついからかいたくなってしまい、
「数秒放ったらかした……っ、だけであれは──あひんっ!」
その度に脇腹を攻撃され無理やり止められてしまった。
「ち、ちょっとストップッ……!」
「…………」
しかも相当にお冠なのか、友戯の攻勢が止む気配はない。
だが、いい加減止まってもらわないと色々とまずいことも起きていた。
「周り見て、友戯っ」
「……へ?」
流石に、町中で昨日のようにつっつき返すのは厳しいので、現状を知らしめるために周りへ視線を促してやる。
そこには、まばらではあるものの人がいて、こちらを見て各々の反応を示していた。
「っ!」
トオルには──否、友戯でもそうだろうが、彼らの考えていることは何となく想像できるだろう。
「……い、言っておくけど、日並のそういうとこは昔から嫌いだからっ」
これには友戯もほんのりと顔を赤くして攻撃を止めると、恨み節だけを残して先へと歩いていってしまう。
「分かった分かった……もうやらないって……!」
トオルは何とか追いすがりながら許しを請い、
「……じゃあ、ゾンハンやらせてくれたら許してあげる」
「も、もちろん!」
さりげなく、三日連続で友戯を部屋に上げることを許諾させられる。
──ああ、なんか。
一見、友戯を怒らせ、必死に謝らされているかのような状況にも関わらず、
──いいな、こういうの。
トオルはひっそりと場違いな感想を抱いた。
学校で普通に話し、下校中にゲームの話をしたり、お互いをからかい合ったりしながら、部屋で一緒にゲームをする。
──昔、みたいだ。
そんな、小学生の頃に戻ったかのようなやり取りに温かさを感じたトオルは、これからもっと、あの頃のような楽しい日常が返ってくるのだと胸を弾ませずにはいられないのだった。
仲睦まじく戯れる二人の少年少女。
見ていた者のほとんどがそう捉えているだろうそれをただ一人、呆然と眺める者がいた。
「ま、綺麗な子……」
道の真ん中に立ち尽くすその少女は、言ってしまえば先ほどの少年少女たちよりもよほど目立つ存在だった。
が、しかし、彼女は自身を見てくる好奇の目をまるで意に介さないかのごとく、少年少女が入っていったマンションの入り口だけを、ただひたすらに睨みつけているばかり。
「ね、ねえ君、何か困ったことでも──」
それを見た通りすがりの男が、親切心からか下心からか、少女に声をかけるが、
「──ひぃっ!?」
その顔を見た瞬間、思わず悲鳴を上げてしまっていた。
「……何か?」
「い、いえ何でもないですぅっ…!!」
男が見たのは一見、天使のように朗らかな笑顔。
しかしそこには、人を恐れさせるだけの確かな怒気が滲み出ており、大の大人である男でさえ恐怖を覚えるほどの迫力があったのだ。
バキャッ!
次の瞬間、何かが金属がひしゃげるような音を聞き、男は固まる。
見れば、少女の左手には潰れた空き缶が握られていた。
「すみません、このあたりにゴミ箱が無くて……代わりに捨てておいてくれませんか?」
「は、はいぃっ!!」
男に断るという選択は残されていない。
生物としての本能が、逆らうことを許さなかったのだ。
「ありがとうございます、それでは……」
そうして、男が両手を使って恭しく空き缶を受け取ったのを見届けると、少女は一言そう告げて去ってしまった。
もちろん、男には分からない。
──日並トオルッ……!
その少女の内側にある炎が、いったいどこに向いているのかなど。
ただ一つ、分かったことといえば、
「す、スチール缶……」
あの少女は可憐な見た目に全くそぐわない、恐ろしい人物であるということだけだった。
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