第26話 ※いつもと違う帰り道です。

 昼休みが終われば、後はいつものように午後の授業をさっくりと消化し、帰りの支度が始まる。



「帰ろうぜー」

「おう」



 そして、そこに景井がやって来て、それにトオルが応えるというのもまた、中学の頃から変わらぬ習慣である。



「あ、そうだ」



 ただ、今日に限っては変わったことも起きた。



「友戯さん帰り道同じなんだし、試しに誘ってみるー?」

「え? ああ……」



 意外な景井の一言に、トオルは一瞬考え込む。


 確かに、一緒に昼食を取った仲ではあるうえ、すでに共に下校した経験もある。



 ──でもなぁ……。



 一方で、懸念も無くはなかった。


 今日は試しにと昼休みに出会うことを実施したが、目立つのを避けたい気持ち自体が無くなったわけではないのだ。



 ──まあ、でももう今更か。



 ただ、そうは言ってもやましい気持ちがあるわけでもない。


 友戯も、最初こそ変な噂が立てられるのを忌避している様子があったが、今朝や昼の様子を見る限りでは堂々とするスタンスに鞍替えしたように見える。



「そうしてみるか──」



 結論を出したトオルが景井を引き連れ前列側の席に赴けば、



「──ん、いいよ」



 実際、友戯も快く承諾してくれた。



「いいな〜……なんで私だけ逆方向なの〜!」



 唯一残念だったのは、隣でブー垂れる大好さんだけは帰り道が違うことである。


 彼女がいればもっと賑やかだったに違いないと思いつつも、



「大丈夫、レンのことは忘れないから……」

「これからいなくなる人みたいに言わないで!?」



 友戯のからかいには思わず笑ってしまう。



「ふんだ! 可愛そうな恋花ちゃんは一人寂しく帰りますよーだ!!」



 そんな反応が気に障ったのか、大好さんはそっぽを向きながら頬を膨らませてしまう。


 これにはトオルもちょっと可哀想に思ってしまうが、



「気にしなくていいよ、この子いつも他の友達と帰ってるから」

「ネタバラシが早いっ!?」



 即座に演技であることが分かったのでほっと一安心する。



「というか、今日もテニス部いかないの?」

「……えへっ、ちょっとお腹が痛くて、ね?」



 しかも、部活サボりの常習犯らしく、どちらにせよ本来であれば下校時間は合わないようだった。



「な、なんだいそのダメな人間を見る目は! そういう君たちこそ部活ちゃんとやってるの!?」



 だが、サボりそのものに関しては責められる立場でもなく、



「一応入ってるけど、あんま行ってないね……」

「右に同じくー」

「やってないけど──」



 全員が全員、だらしないというありさま。



「──帰宅部だし」



 友戯にいたっては清々しいほどにやる気が無さそうな始末である。


 部活が始まってからまだ一ヶ月程度しか経っていないはずだが、こうも逸材が一箇所に集まるとは、ある意味では凄いことかもしれない。



「日並たちは大丈夫なの?」



 一人、高みの見物を決め込む友戯が確認してくるが、



「まあ、うちらの部って生徒どころか顧問すらほぼ来てないし……」

「それよく潰れないね〜」



 トオル達の所属する部はそのものが幽霊のようなものなので、あまり問題になることは無かった。



「何部なの?」

「文芸部。まあ割とゆるいから、時たま読む専で行ってるよー」



 大好さんの追加の質問に対し、景井が捕捉するように説明してくれる。


 文芸部というとそれなりにしっかりしていそうなイメージがあるが、この学校のそれは小説同好会くらいの軽い部なので、こうして毎日お気楽に過ごせているというわけである。



「と、言うわけで帰りますかー」



 そうして、一通り中身のない部活紹介をし合ったところで、景井がそう宣言する。



 ──こいつ、早く帰ってゲームやりたくなったな。



 付き合いの長いトオルには、その心理が手にとるように分かった。


 昼には彼女が欲しいだの何だの言っていたが、この様子だと景井の恋人はゲームになること間違いなしだろう。



「うい」

「ん」



 そんなことをぼんやり考えながらトオルが短く返せば、友戯も似たような感じで応える。



「じゃあね、レン」

「あ〜い、また明日〜」



 最後は大好さんに別れを告げ、そのまま三人で連なるように教室を後にするのだった。









 少しして、校門をくぐるあたりまでやって来たトオルは、



 ──意外と視線は感じないもんだな。



 何だかんだで気になっていたことが杞憂であったことを悟り始めていた。


 トオルとしては友戯ほどの美少女一人と、クラスでも地味な男子の二人が連れ立ってあるいていたらさぞ注目を集めるものかと思っていたが、特にそんなことも無かったのだ。


 あったとしてもチラッと目線を向けてくる程度で、ほとんどの生徒は興味を持った様子もなく、ただ通り過ぎていくだけである。



「──へー、何で友戯さんが日並と友達だったのか分からなかったけど、昔はゲームやってたんだー」

「うん、これでも前は日並より上手かったよ」



 一方、そんな変わった組み合わせの三人が話すことと言えば、自然と出会った理由に関するものとなっていた。


 昼休みには話していなかったが、確かに知らない人からすれば友戯と日並には接点が無いように見えてもおかしくはないので、この流れになるのは何らおかしくないだろう。



「あーそう言えば、この間そんなこと聞いた気もする」



 友戯の言葉に、景井は先日トオルから聞いた話を思い出したようだ。



「でも今はやってないんだよね」

「うん」

「何でなのー?」

「えーっと……女の子と遊ぶことが多くなったから、かな。中学は日並とも別れちゃったし」

「……へー?」



 その後も景井からの質問タイムは続いていくが、



 ──なんだ……?



 トオルはちょっとした違和感を覚えてもいた。


 一見、珍しい組み合わせにただ興味があるだけのように見えるが、景井と付き合いの長いトオルは、彼の声に若干の険が含まれているようにも感じられたのだ。



 ──でも、うーん……。



 とはいえ、景井も感情を表に出しにくいタイプであるため、確証を得られるほどにはっきりとしたものでもない。


 思い返せば、昼休みが始まった直後にも何か聴こうとしていたなと頭に浮かんでくるが、その時はまだ友戯とは関係がなかったはずなのでこれも関係は無いだろう。



 ──まあ、気のせいか。



 最終的に、そもそも友戯に対して何かを思うほど関わりがあるわけでもないはずなので、おそらく勘違いだろうと結論づけることにする。



「あれ、じゃあこの間は二人して何やってたのー?」



 そんな風に一人、会話の外で考えている時だった。


 言われてみれば確かに気になるだろうなという景井の質問に、



「えっと、日並の──あっ」



 友戯は流れで答えようとしつつ、ハッとしたように口を押さえた。


 多分、先に続く言葉が言いにくいことだったのだろう。



 ──まあ、流石に俺の家に行ったとは言いづらいか。



 実際に何をしていたかと言われれば、再会初日にして女子である友戯が男子であるトオルの部屋に遊びに来たという、勘違いを免れられない事実が待っていた。


 いくら友達であることを紹介したとはいえ、友戯も全てを知られたいわけでもないのだろう。



「ああ、友戯に3DM貸して一緒にやったんだよ」



 明らかに困った様子で視線を向けてくる彼女に救いの手を差し向けるため、トオルはこういう事もあろうかと考えていた言い訳を口にする。



「へー、何やったんだ?」

「ゾンハンだよ。ほら、俺が布教用とかに持ってたやつあるだろ?」

「ああ、そう言えばあったなーそんなの」



 一応、嘘は言っていないこともあって真実味はあるらしく、これには景井も納得がいったように頷いていた。



「それで友戯がドハマリしてさ、半日で四割くらい進めたりしてた」

「あっ、日並っ……!」



 ついでに、のめり込みすぎてることをバラしてみれば、自身でもやり過ぎていることを自覚していた友戯が焦った様子で止めようとしてくる。


 友戯的には引かれるかもしれないと思っているのか、トオルと景井を交互に見るが、



「え、マジ? それは凄いなー! 今度は俺も混ぜてくれよー」



 当然、景井は引くどころか、むしろゲーマーとしての血が騒いだのか肯定的な姿勢であった。



「え、いいの……?」



 予想外の反応だったのだろう友戯は、ゲームをやり過ぎたことに対してと、一緒にゲームをやりたいということに対しての両方の意味がこもっていそうな言葉を呟いている。



「いいんじゃないか? 少なくとも、景井も俺も人のこと言えないくらいやってるし、一緒にゲームをやるのにも理由なんかいらないだろうし」

「そうなんだ……」



 それに答えるように説明してやれば、友戯も一応の理解を示してくれた。



「あ、じゃあせっかくだし、ゾンハンの話しようぜー──」



 そして、その時にはもう景井に覚えていた違和感はどこかへと消え失せており、三人で好きなゲームの話を語りながら通学路を歩いていくのだった。










「…………」



 そう──楽しげに話す自分たちのその後ろに、怪しい影が迫っているのにも気づかずに──

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