第25話 ※楽しい時間はすぐに過ぎます。
衝撃の展開からしばらくして、
「ごめん、お待たせ」
タコさんウインナーを生贄に弁当をつついていると、友戯が何食わぬ顔で帰ってきた。
──相変わらず鈍感というか、マイペースというか……。
その表情には一切の憂いが見て取れず、
「はぁ……全く、相変わらずだな……」
トオルは呆れてため息をこぼしつつ、こっそり笑みをこぼす。
「なに……? みんな気にしすぎじゃない?」
「まあ、遊愛なら普通にやりそうではあるか〜」
平然とした態度の友戯に、大好さんもどうやら心の中で整理がついたのか、友戯はそういうものだと納得している様子だ。
「まあ、二人が気にしてないならいいんじゃないかなー」
唯一、友戯のことをよく知らない景井も、個人間の問題だろうと片付けることにしたらしい。
「あれ……?」
そんな、渦中の人である友戯はと言えば、自身の弁当箱を覗いて固まっていた。
「あ、さっき日並くんが盗ってたよ〜」
「ちょ!?」
もちろん、その原因はトオルにあるのだが、あろうことか教唆した元凶にあっさりとトカゲの尻尾切りをされてしまう。
「ふーん?」
「いやいやっ、これは大好さんの謀略だっ!」
「……そうなの?」
「ま、まさか〜! 親友である遊愛にそんなことしないって〜」
だが、ここで大人しく捨て駒にされる気はないと、トオルも抵抗を試みる。
被害者である友戯は、それぞれ説得を試みようとする二人を見た後、
「……どっちなの、景井くん?」
あっという間に最適解を導き出していた。
──分かるよな、景井?
こうなったら貰ったものである。
トオルは友情に賭けて景井を見つめ、
「どっちもだねー」
その希望はあえなく砕け散った。
「はぁ……まあ、いいよ。私も日並のやつ食べたし」
絶望に固まる自分と大好さんだったが、友戯はため息を一つつくと、寛大にも慈悲を与える選択をしてくれたようだ。
「すまん友戯」
「ありがたや〜」
辛うじて命拾いしたトオルは素直に謝り、最初からふざけていただけなのだろう大好さんは軽い感じで友戯を拝む。
「………………」
こうして一段落したところで、今度は急に静かになり、
「っ、ぷっ……」
やがて、誰ともなく笑い声をこぼしていた。
「あははっ、日並くんも景井くんも結構ノリいいんだね〜!」
「いや、大好さんが凄すぎるだけだと思うよ?」
「うんうん、コミュ力が高すぎるねー」
まるで十年来の友人同士かのような気兼ねのないかけ合いに、四人の雰囲気はどんどんと和み始めてくる。
それもこれも、大好さんという明るさの塊のような存在がいたからだと思うと、彼女を呼んできた友戯の判断は正解といって間違いないだろう。
「えへっ、そう〜?」
その大好さんは頭をかく仕草で分かりやすく照れを表現しつつ、
「一歩間違えたらドン引きされるけどね」
「え〜それは言わない約束だよ〜」
調子に乗りすぎないよう、しっかりと友戯に釘を刺されていた。
「というか、ドン引きされるって話ならさっきの遊愛の方が──痛ぁっ!!??」
そんなこんなで、話を蒸し返そうとした大好さんが見事に反撃を貰ったり、
「じ、事実じゃん!」
「だとしても、うざいから妥当」
喧嘩する二人を眺める景井が、
「尊いなー」
さりげなく自身の性癖をつぶやいたりしながら、穏やかな時間が過ぎていき、
キーンコーンカーンコーンッ……。
やがて、いつものように五分前のチャイムが鳴り響いた。
「あ〜残念、今日はここまでだね〜」
大吉さんはこの時間がよほど楽しかったのか、名残惜しそうな様子である。
──面白い人だったな。
そんな彼女を見て、トオルは確かな好感を持っていた。
最初こそ驚きはしたが、女子とほとんど話したことのない自分でも気楽に話せるほどに気さくで、友人として上手く付き合っていけそうだと素直に思える。
「ん、それじゃ」
「じゃね〜」
ぱたぱたと手を振りながら去っていく大吉さんに、こちらも景井と一緒に手を振り返して見送った。
「──いやー凄かったな」
「おう……」
彼女たちがいなくなり、騒がしく華やかだった雰囲気は一気に霧散。
残されるのはもちろん、いつもの如く静かな男二人である。
「人がなぜ恋人を作りたがるのかがよーく分かったよ……」
「ああ……」
恍惚とした声色で語る景井に、頷いて同意をする。
やっていたことと言えば食卓を囲んでくだらない話をするくらいだったが、その充実感は言葉にするよりも遥かに半端ないのだ。
例えば高音の可愛らしい声とか、女子特有の細かい仕草や反応とか、何なら近くで女子が反応して動いてくれているという視覚情報だけでも充分に満足できていたに違いない。
それはやはり、理屈でどうこうという話ではなく、自分たちにとって異性だからというのが一番大きいのだろう。
「今まで思ったこと無いけど、彼女欲しくなってきたわー」
「うん……えっ、まじか」
景井に至っては、のほほんとして分かりづらかったがかなり響いていたようだ。
流石にトオルはそこまでは思わなかったが、おそらく事前に友戯と邂逅できていたこともあって、若干の耐性ができていたのかもしれない。
「ちなみに、どっちか狙ってたりする?」
一応、そういうこともあるかもと聴いてみるが、
「いや? 何となくいたら楽しいだろうなーと思っただけ。たぶん明日になったら忘れてるー」
「あー……まあ、確かに景井はゲームに回帰しそう感あるわ」
どうやら、衝動的な願望でしかなかったらしく、そこまで本気という感じでもなかったみたいだ。
「ああでも、強いて言うなら大好さんかなー」
「ほう、その心は?」
「ゲームやってたら、後ろから構って攻撃してきそうで可愛くない?」
「なるほど……」
ただ、想像程度は試していたらしい。
それを聞いたトオルは、シチュエーションの完璧度に思わず納得してうんうんと頷いてしまう。
──構って攻撃か……。
まったく景井の発想力に驚かされたものだと、トオルは何となく自分もシミュレーションしてみようとするが、
「ン゛ッ!!」
「おおっ!?」
想像が形となったところであえなく断念させられた。
というのも、
──いや、完全に昨日の友戯じゃんッ!!
構って攻撃というワードから真っ先に浮かんできたのが友戯史上最かわの拗ね顔だったのである。
もはや妄想とかそういうレベルではなくすでに体験していたイベントなうえ、改めてあれが異性の友達としては異常なのだと再認識させられたせいで、反動でダメージを受けてしまったのだ。
「だ、大丈夫かー?」
「おう、ちょっと俺には刺激的すぎたみたいだ……」
「ええ? 日並はうぶだなー」
案の定、机に勢いよく突っ伏したトオルは景井に心配されるが、上手くはぐらかすことに成功する。
──それにしても、景井は大好さんか……。
とりあえず、昨日のことは考えないようにしようと思考を切り替えたトオルは少し前の話に戻ることにした。
つまり、景井が二択で選んだのは友戯ではなく大好さんであったという件のことである。
──まあ、本気のあれではないけど。
それは思いつき程度の軽い選択ではあったが、一つの指標とはなるだろう。
──ちょっと嬉しい自分がいる……。
その事実を理解したトオルはどこか安心したような心地になる。
友戯には申し訳ないが、自身が寂しい思いをする可能性から少し遠のいたのだ。
──って、授業の用意しないと!
そんなトオルは、これくらいは許してほしいと心の中でつぶやきつつ、急いで教科書とノートを準備するのだった。
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