第24話 ※彼女は意外と大胆です。

 四人が一同に会してから三十分ほどが過ぎた頃。



「──ふぇ〜、あえいうんはゆうあうあらの(へー、景井くんは中学からの)……んっ、友達なんだ〜」

「うん、だからまさか友戯さんと日並が知り合いだとは思ってなかったよ」



 長話にかまけていたせいで少し遅れて食事を始めた四人は、ようやく落ち着きを手に入れ始めていた。



「あ、友戯それは……」

「……なに?」



 が、その代償として、トオルの弁当に入っていたおかずは不機嫌な友戯によって根こそぎ奪われるはめとなっている。



「ほ、ほら昔のことなんだしさ。そんな気にしないで」

「気にしてない」

「あぅ……」



 先ほどから友戯を宥めようと頑張ってはいたトオルだが、何を言ってもピシャリと遮られ、あえなく撃沈するばかり。


 だが、それも仕方のないことだろう。



「いや〜でも、まさか遊愛が泣き虫だったなんてね〜。今じゃこんな血も涙もない冷血乙女になってしまったというのに……」

「…………」

「痛い痛いっ!!」



 何せトオルの話したエピソードのせいで、一番いじられたくないであろう相手に隙を与えてしまったのだ。


 多少の恨みを受けてしまっても甘んじて受け入れるしかない。


 そう思い、トオルは仕方なく貧弱な残りカスと共に白米をつつくが、



「ほい、これやるよー」



 横から救いの手が差し伸べられた。



「か、景井ぃ……」

「言うて俺も共犯みたいなもんだからなー」



 やはり持つべきものは友ということか。


 ニヤリと笑いながらタコさんウインナーをおすそ分けしてくれる景井には感謝してもしきれない。



「あ、なら私も〜!」



 さらに、便乗するかのように大好おおよしさんも参戦してくれる。


 そうすることが自然のように箸を移動させてくると、トオルの弁当箱の中にタコさんウインナーが追加された。



「ありがとう、大好さん……!」



 これが友情ということなのだろう。


 元はと言えば彼女らの願いが原因の気もするが、まあ細かいことは気にしないことにしよう。



「いただきま──」



 とにかく二人の気持ちに感謝しつつ、トオルは口もとまでタコさんウィンナーを運び、



「──あむっ……!」



 死神は身構えていない時に来るということを如実に思い知らされることになった。


 何と、目の前まで来ていたはずのタコさんは、突如として虚空へと消えてしまったのだ。


 その原因とは、



「と、友戯……」

「んっ……私はまだ許してないし……」



 隠すまでもなくら何故か先程よりも機嫌が悪化している拗ね顔の美少女である。


 熱い友情すら無惨に食い散らかすその所業は、ブーイングが飛び交うこと間違い無しのヒールプレイに他ならなかったが、



「「「…………」」」



 友戯を除く三人は言葉も発することなく、彼女の顔を呆然と見つめていた。



「な、なに……?」



 その視線の意味が理解できないのか、流石の友戯も動揺を見せていた。


 彼女のために言うと、それはもちろんあまりの非道さに失望しているため、



「友戯、お前……」

「い、いや〜……この大胆さにはさしもの恋花れんかちゃんも驚かざるを得ないよ〜……」

「……君らって友達なんだよね?」



 ではなく、トオルの箸ごとタコさんウインナーにかぶり付いたという行動にこそあったのだ。


 これにはトオルも思わず頭を抱え、大好さんは頬を赤くして目を泳がせ、景井は訝しむように冷や汗をかいていた。



「っ!!」



 尋常でない様子に友戯は少し考え込むと、ようやっと自身も答えにたどり着いたらしい。



「あ、ああ、そういうこと……」



 納得するように一つ頷くと、



「別に、友達ならこれくらい大したことないでしょ……」



 何でもないことかのようにそう言いのけてきた。



「え、うーん……そうなの日並くん?」

「あーうん、昔はそういうこともあったかも……しれない、うん……」

「そ、そっか……」



 明らかに、友戯の行動は非常識ではあったのだが、これ以上追求するのも可愛そうだったので、そういうことにしておくことにする。



「……ごめん、ちょっと席外すね」

「あ、うん」



 再び静寂が訪れる中、友戯は席を立って教室を出ていってしまった。


 残されるのは、妙な気まずさに包まれる三人。



「とりあえず、おかず奪ってやったら?」

「そうだね……」



 いたたまれない雰囲気に耐えかねたトオルは、大好さんに促されるまま友戯の弁当箱へと箸を逆持ちにして伸ばす。


 残っているのはもちろん、タコさんウインナーである。



 ──君は流行ってるの? 嫌われてるの?



 人気なのか、残されるくらい嫌われているのかよく分からないそれをトオルは箸でつまむと、



 ──俺も、明日はタコさんウィンナー入れてもらおうかな……。



 現実逃避するかのように、適当なことを考えるのだった。












 


 教室に三人を残し、すたすたと早足で洗面所へと向かった友戯は蛇口を捻って水を出す。



「ふぅ……」



 そして、一息をついた後に、その冷たい水を両手ですくって思いっきり自身の顔に叩きつけると、



 ──ンンッ……!!



 心の内で、声にならない悲鳴を上げた。


 急激に熱せられていく顔は流水を浴びせても冷めやらないほどに紅潮し、ともすれば水蒸気が発生してもおかしくないほどに加熱している。



 ──や、やらかしたっ……。



 クールさの欠片も無くなってしまった友戯だが、現状を鑑みればそれも仕方のないことのはずだ。


 何せ、友人であるレンどころか、まだそんなに仲良くもない景井静雄かげいしずおの真ん前で日並の箸にかぶりついたのだから。


 この間のグラスで起きたものとは違い、間接キスの中でも割と濃厚なやつをがっつりやってしまっていると考えれば、むしろ動揺しないほうがおかしいだろう。



 ──か、間接キス自体はまあ、気にしてないけどっ……。



 もちろん、その行為自体が恥ずかしいというわけではなく、あくまでも勘違いされそうなことを人前でやってしまったことが遊愛にとっての問題点であった。



 ──なんであんなことしたのっ……。



 故に、まるで他人事のように尋ねるも、その答えを知っているのは己のみ。



 ──確か、日並が二人からおかずをもらって、私が敵みたいになって……。



 仕方なく、その原因を探り当てようと記憶を掘り返すと、



 ──うん、日並が悪い。



 即座にその結論に至った。


 そもそも、日並は自分の味方をすべき立ち位置であったはずなのだ。


 それを、勝手に昔の話を暴露するわ、そのくせ他の人と結託して悪者扱いしてくるわだったので、思わず嫌な気持ちになってあんなことをしてしまうのも致し方ないだろう。



 ──だから、別に箸を口に入れるくらい……。



 あれはただの仕返しに過ぎない。


 そう自分を納得させた遊愛は、まだ口の中に日並の箸の感触が残っているような錯覚がして唇に触れる。


 ふと鏡を見れば、ほんのりと頬が赤くなっているような気がして、



 ──……そろそろ戻ろう。



 すぐに首を振って邪念を払った。


 友達である日並に変な感情を抱くべきではない。


 そう意識を改めた遊愛は、待たせている友人たちのもとへと急ぐのだった。

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