第22話 ※人間そうは変われません。

 友戯との再会を果たしてから三日目の朝。



 ──またいる……。



 いつものように支度を終え、エレベーターを降りてきたトオルの視線の先には、昨日と同じように友戯の姿があった。



「んー……」



 違うことと言えば、ただでさえいつも眠たそうなまぶたが限界寸前まで落ちかけていて、頭もこくりこくりと船を漕いでしまっていることだろうか。



 ──あれはあの後もやってたな……。



 その様子から、すぐに原因を突き止めたトオルはこれ以上待たせるのも可愛そうだと声をかけに行くことにした。



「おはよう」

「んん…………?」



 すると、半分は夢の中に意識が飛んでいたのか、寝ぼけ眼のまま鈍い反応を示す。



「んあっ……!?」



 そして、しばらくジトーっとトオルの姿を睨めつけた後にハッと目を見開いた。



「い、いつからいたの……?」

「いや、今来たとこだけど」



 その顔はといえば、寝ぼけているとこをみられたのが恥ずかしかったのか、ほんのりと赤くなっている。



「それにしても、思ったよりハマってくれてるみたいで嬉しいよ」

「っ! やっぱり分かるんだ……」

「そりゃあ、まあ」



 会話を続けながらも、二人して自然と歩き出す。



 ──?



 が、トオルはふと違和感を覚え、



「どうしたの?」

「いや……」



 すぐに、それが互いの距離であることに気がついた。


 近すぎず遠すぎず、程よい距離感を友戯が歩いているのだ。


 昨日は近すぎたり離れ過ぎたりと安定しなかったが、どうやらひとまずこの距離に落ち着いたらしい。



「あ、そうだ」



 と、そんなことに気がついたところで、今思いついたように、声を上げる。



「今日の昼なんだけど、一緒に食べない?」

「!」



 その内容に、友戯が驚くのも無理はない。


 学校では接点のない二人がいきなり同じ食卓を囲うというのは、ハードルが高いのだから当然だろう。



「ごめん、ちょっと急だったかもだけど」

「あ、ううん、違う違う」



 そう思っていたトオルだが、友戯いわく何やら誤解がある様子で、



「私も同じこと言おうと思ってたから、偶然だなって」

「え、マジでか」



 何と、彼女も同じことを考えていたのだという。


 それは確かに驚くと、現にトオル自身がびっくりしたことで証明されていた。



「まあ、それなら良かったかな? 最悪、断られると思ってたし」

「友達でしょ? そのくらい余裕だって」



 トオル的には厳しいかとも思ったが、友戯的にはどうって事なかったらしい。


 何はともあれ、誘いが上手く行ったトオルは、一安心しつつ、


 

 ──よし、とりあえずこれでいいかな。



 心の中で、今朝から予定していたある目的を無事成し遂げられたことに達成感を得ていた。



 ──まあ、後は成り行きに任せるということで。



 というのも、友戯の景井に対する想いについて悩んでいたトオルは最終的に、接点だけ作って後は放任でいいだろうという結論へと、朝食を取っていた時にたどり着いていたのだ。


 そもそも友戯の想いとやらに確証があるわけでもないので、下手に突っ込んで失敗するよりかは本人たちに任せたほうがいいという判断である。



「まあ、それもそうか」

「ん、そうそう……あ、そう言えば昨日さ──」



 懸念も一つ取り除けた後は、学校へと向かいながら他愛もない会話が続いていく。



 ──んー……平穏だ……。



 隣にいるのは相変わらず美のつく少女のはずだが、特に緊張もすることなく話せるし、周りからちょくちょく視線を感じるもあまり気にならないのだ。


 それはもちろん慣れてきているというのもあるだろうが、



「──で、その素材が出るまでやってたらもう二時くらいになってて……」

「あはは、分かる! これ出たら止めるって時に限ってでないんだよな──」



 友戯が少なくとも自分のことは意識してないことが判明したのが大きいだろう。


 矛先が向くとしたらおそらく景井であるという予想に基づくものでしかないが、真実は別としてトオルは変に意識をしなくて済んでいるのでそれで充分だった。



「──あ、ちょっと待って」



 が、そんな風に余裕をぶっこいていた時。



「うお」



 突如立ち止まった友戯が立ちはだかるように迫ってくると、



「はい、取れた──」



 怯むことなく手を伸ばしてきた。


 どうやら髪にゴミがついていたらしいのだが、



 ──顔近いのよ。良いにおひするのよ。



 トオル側はいきなりの急接近にびっくりさせられていた。


 体感、拳一個分程度しか空いてなかったように感じられたので致し方ないだろう。



 ──ふん……まあ、この程度は大したことないさ。



 しかし、顔の近さという話であればすでに何度も経験済み。


 今更、衝撃を受けるほどの事でもないと受け流すが、



「あっ」



 そんなことを考えている間に、今度は片手でいじっていたスマホを友戯が落としてしまっていた。



「歩きスマホするからだぞ」

「……そんなジッとは見てなかったから」



 トオルは切り替えるように友戯の失態をからかい、



「っ!?」



 次の瞬間さっと視線を逸らした。


 もちろん、それには明確な理由があり、



 ──女子ってなんでこんなスカート短いんっ!!??



 スマホを拾おうと前屈みになったことでスカートの裾が捲れ上がり、友戯の太もも面積が急増したためである。



 ──せめてちゃんとしゃがんで取ってくれっ。



 自然の摂理とはいえ、それだけ防御力の低い装備をするなら作法というものがあるだろうと内心で文句を言いつつ、



 ──ま、まあ? 昨日に比べればこの程度の露出はな?



 当社比することでダメージを軽減する。



「!!」



 予定だったのだが、



「今、見てた……?」



 パッと上体を起こしてスカートの裾を押さえた友戯が、若干の恥じらいを見せながらそう言うものだから、卑怯千万もいいところである。



「イエ、ミテナイデス」

「ふーん……まあ、いいけど」



 動揺が心に現れないよう、抑揚の無い声で否認するトオルは、



 ──やっぱ、大事なのは恥じらいだよね!



 改めて、心臓に負担のかかる最たる原因を再確認しつつ、人間そう簡単には耐性はできないのだということを学ぶのであった。












 小鳥のさえずり始める朗らかな朝のこと。


 ここ、希台きだい高校の門前には、いつものように制服に身を包んだ若き少年少女達が集っていた。


 ある者は一人で黙々と、ある者は親しき友と他愛ない話に花を咲かせ、そのほとんどは自然な風景として馴染んでいたが、



「な、なあっ、あれっ!」

「っ、マジかよ……朝からついてるわ……」



 ある一点にだけ、多くの人々が関心を寄せる存在があった。



「わぁ……綺麗な髪……」

「ほんと……確か、一年の子だよね?」



 多くが黒髪や茶髪で統一された世界において、そこだけ世界が違うと言っていいほどに浮かび上がる、雪のように白い姿。



「お、俺話しかけてみよっかな」

「やめとけ、お前にゃ荷が重いっ」



 長いまつ毛に、人形のように整ったあどけなさの残る顔立ち。


 浮世離れしたふわふわの白髪と、海のように深い蒼の瞳は、彼女の存在を幻想的なまでの可憐さへと昇華させる。


 一方、背丈はやや小柄ながらも、それ故に出るとこはより強調されており、その手足や口もとを覆う純白とは対象的な黒い布はこれまた妖艶さを醸し出してもいた。



「はぁ……私もあのくらい可愛かったらなー」

「うんうん、分かる」



 少女としての可憐さに、どこか大人びたような雰囲気まで併せ持つそんな彼女は、やはり注目を集めない方が不自然というべきなのだろう。


 少女の横を通る者は、性別を問わずその美貌に見惚れてしまっていた。


 しかし、彼女自身からすれば慣れたものなのか、自然と流れの遅くなる人の波を悠然と通り抜けていき、



 ──あっ!



 その先に見知った人物を見つけ、その瞳に感情の色を宿す。


 先ほどまでの静謐で流麗な雰囲気とは裏腹に、一転して女神のような眩い雰囲気を放ち、



「おおっ……」



 あいも変わらず見惚れていた者たちの鼓動を高鳴らせた。


 しかし、そんな風にさらなる沼へと引きず込んでいることなど露とも知らずに少女は、



 ──え?



 突然、ピタリと止まった。


 動きだけではない。


 思考も感情も、何もかもが抜け落ちたように、静止したのだ。



「ど、どうしたんだ?」

「これはこれで……」



 周囲の人間が、本物の人形の如く無機質になった姿に新たな価値を見出す中、少女の思考回路はゆっくりと回転を始めると、



「──遊愛、ちゃん……?」



 視線の先にいる少女の隣に見知らぬ男が存在するのを改めて確認し、形となった疑念がぼそりとこぼれ落ちるのだった。

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