第18話 ※脇腹はやめてください。
自宅でくつろぎながら、離れた友達とゲームができる。
そんな時代の進化に畏敬の念を覚えながら、友人とのゲームを満喫する少年──
相手の親への気遣いも、帰宅時間でさえも気にすることの無いいつもの日常において、今日に限っては気なることが一つだけできていた。
「なあ、日並」
『……ん? な、なんだ……?』
それは、静雄にとっても親友とも呼べる存在──日並トオルの様子が、明らかにおかしいことである。
「なんか、大丈夫か?」
『はは……っ、な、なに言って……んだよっ? 大丈夫に決まってっ……だろっ?』
ただいつも通りゲームをしてるだけのはずなのに、やたらと息が荒いうえ、声もどこか震えていたり、上擦ったりしているのだ。
どう考えても、何か起きているとしか思えないが、それとなく聴いてみてもはぐらかされるばかり。
『〜〜ッ……!?』
時には、もはや言葉にすらなっていない声まで上げ始める。
「なぁ、もしかして──」
誰かいるのか、とは聴けなかった。
『? ど、どうしたっ?』
「──いや、何でもない」
わざわざ隠している以上、話したくないことであるのは間違いない。
──まあ、いいか。
もやもやとした感情は残るが、友を疑いたくもない。
今はただ、一緒にゲームを遊ぶこの時間を楽しもうと気持ちを切り替える。
そう、この時、画面の向こうでは大事な親友があんな目に遭っているとは露ほども知らずに……
それは、景井と一緒にプレイしているゲームの試合が佳境へと差し掛かった頃に訪れた。
友戯の話題を切り上げたトオルは、そこから試合に集中している体を取ったおかげか、順調に生存し、順位を上げていたのだが、
「ねぇ、これって──」
その最中、先ほどまで沈黙を守っていた友戯が声をかけてきたのだ。
『これ、次はもう戦闘避けられなさそうだなー』
一瞬、景井に聞かれたかもしれないと焦るが、どうやらそうでも無さそうだとほっと息をつく。
「しーっ……!!」
トオルは友戯に注意しようと、人差し指を口に当てて見せるが、
「っ……」
これが悲劇の発端であった。
『よし、仕掛けるぞー!』
「オッケー! 横から射線通す──」
場面は変わり、ゲーム内ではついに別チームとの戦闘が始まろうという、その直前、
「──っ〜〜!!??」
突如、脇腹を襲ったこそばゆい感覚に、全身が震える。
一体何事だと原因を探れば、
「…………!」
そこには、ポーカーフェイスも何もなく、ムスッとした顔で脇腹に人差し指を突きつける友戯の姿があった。
──か、可愛い……ハッ!?
貴重なワンショットに思わず見惚れてしまいながらも、テレビの向こうではすでに戦闘が巻き起こる寸前であったことを思い出し、気を取り直す。
「つっ……おぉ〜〜っ!?」
が、それを許してくれるほど、友戯は優しくないらしい。
こちらの両手が塞がっているのをいいことに、ツンツンと脇腹を集中攻撃してくる。
『? どうした、日並?』
「い、いや、なんでもっ、ないっ」
このままでは景井に気取られると、何とかゲームプレイを続行させていくが、
「〜〜ッ……!?」
それが余計に癪に障ったのか、今度は耳に冷たい息を吹きかけられてしまう。
──だめっ……声、出ちゃうっ……!
特別耳が弱いということもないはずだが、身体は無意識に反応してしまうものだ。
『なぁ、もしかして──』
「? ど、どうしたっ?」
これにはもう、流石に気づかれたかと絶望するが、
『──いや、何でもない』
景井は気を遣ってくれたのかなんなのか、詮索しない方向で考えてくれたようである。
その心遣いにトオルは感謝しつつ、
「っ! 悪い景井っ、ちょっと席外すっ!!」
『え、あ、おい──』
自分がゲーム内で死亡したのを機に、スマホの通話を切断する。
「ふぅ……」
女の子に脇腹を突かれてゲームを邪魔される。
それは決して嫌というほどのものではなく、むしろ喜ぶべきことのようにも思えるが、やはりこれだけしつこければ溜まるものは溜まるのである。
所詮はちょっとしたいたずらだが、やられっぱなしなのも性ではない。
くすぐりによって溜まった熱を放出するように息を吐くと、トオルはコントーローラーを投げ出して友戯の方へと居直った。
「えっ」
まさか、自分が攻撃されるとは思わなかったのか、友戯は慌てて立ち上がり、距離を取ろうとしてくる。
「ま、待ってっ」
「どの口が言うかっ!」
だが、逃がす気はもちろんない。
トオルは手を広げて逃げ道を減らすように構えると、ジリジリと友戯を追い詰めていく。
「あっ……」
その後、しばらくドタバタとチェイスが続くも、この狭い部屋では逃げられるはずもない。
部屋の角に追い詰められた友戯は、動揺した表情のまま防御のために両腕を前に差し出すが、
「ひゃっ!?」
無情にも、トオルの人差し指は横をすり抜け、友戯の脇腹へと到達する。
「さっきの仕返しだコラッ」
「ちょっとっ……んっ……!」
サソリのような構えで左右交互に突いてやれば、その度に身体をくの字に曲げてビクつく友戯。
「あ、やっ……っ……だめっ…………」
予想以上に脇腹が弱いのか、言葉を発することもままならず、トオルの手首を捕まえようと抵抗してくる細い腕にもまるで力が入っていない。
──あぁ……楽しい……。
いつもクールな友戯が感情を押し殺せずに悶えているその様は非常に嗜虐心をそそられ、トオルは無意識に何度でも突きたくなる衝動に駆られる。
パーカーの上からでも伝わってくる柔肌の感触は、本来であればトオルの理性を崩壊させるような代物ではあったが、今は別の方向にテンションがおかしくなっているので止まることはなかった。
「まって……も、ほんとに……ぃっ……!?」
やがて、とうとう足にも力が入らなくなった友戯はズルズルと崩れ落ちていくが、無慈悲な追撃はなおも続いていき……
「──はぁっ……はぁっ…………! 待って、てばぁっ……!!」
そんなこんなで、友戯をいじめ抜くこと数分。
呼吸を激しくしながら、叫ぶように懇願する友戯の声を聞いて、ようやくトオルの手が止まる。
ふと、友戯の姿を改めて見れば、顔にはたまの汗を浮かべ、空気を求める肺によって胸が大きく上下している。
また、激しく運動させられたからか、乱れた前髪は額に張り付き、頬は紅潮、瞳はうるおい過ぎなくらいに涙目になっていた。
さらには、壁にしなだれかかるほど脱力した体勢はかなり無防備である。
何とか膝で視線を遮ってはいるものの、ただでさえ短いスカートは所々が捲れてしまっているため、絶対領域の白い面積が大増量セールをしている始末。
──これは……。
角度を変えれば見えてはいけない所まで見えてしまうほどのギリギリ感を目の当たりにしたトオルは、どうしようもなく複雑な感情を抱かされる。
まあつまり、何が言いたいかというと、
──うん、やりすぎたっ!!
いったい自分は何をしていたのだろうかと、反省と後悔の念は尽きない。
一方、友戯とじゃれ合っていた時の光景は昔に戻ったようで楽しくもあり、一概には否定もできない。
そして今は、目の前の艶めかしい姿の友戯にイケない感情を抱いてしまうのを、理性で必死に押さえつけているという三段コンボである。
「ま、参ったかっ!?」
結果、あくまで遊びでしたという体で誤魔化すためにそう尋ねると、
「っ……んっ、はぁ……参った、から…………もう、許してっ……」
抵抗することを諦めたのだろう友戯は、息を切らしながら降参の意を示した。
その喋り方がまた何とも色っぽかったので、思わず視線を背けてしまうが、
「その、立てるか?」
「ん……」
あの体勢のまま放置するのも目のやり場に困るので、トオルはへたり込んだままの友戯に手を差し伸べる。
──あったか……。
すると、友戯も特に拒むことなく手を取ってくれた。
トオルはその手の温度の高さに思わず心中でそう呟き、
「…………」
「…………」
それからしばらく、騒がしかったはずの部屋に静寂が訪れるが、
「っ、くくっ……あははっ……!」
突然、友戯が震えだすと、堪えられないように吹き出していた。
「ど、どうした!?」
「だ、だって……さっきまであんなにうるさかったのに、急にこんな……っ……」
どうやら、何かがツボに入ったらしい。
「だめ、またお腹がっ……」
それからまた、僅かな間お腹を痛そうに抱えていた友戯が、
「──はぁっ……おかしいっ……」
そんな風に嬉しそうな表情を浮かべたので、
「っ、ははっ、そんなに言うなら、もう一度やるかっ?」
トオルもまた、ネガティブな感情をすっぽり忘れ、手をワキワキとさせながらおどけてみせた。
「次やったら、怒るから」
対し、こちらを睨めつけるような仕草をする彼女の声色は、やはり楽しそうに聞こえるのだった。
あれからしばらくして、充分に満足したのか友戯はあっさりと帰っていった。
後に残るのは、床に放り捨てられたままのスマホと、ゲームのコントローラー。
それから、
──いや、あれはもう恋人同士がやるやつぢゃんっ!?
遅れてやってきたド正論のツッコミであった。
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