第13話 ※朝は頭が回りません。②

 友戯と歩き始めてからすぐのこと。



「ふわぁ……」



 不意に、空気を求めて出たのだろう声が聞こえてきた。


 横を見れば、友戯が口もとに手を当てながらあくびをしてるのが視界に映る。



「寝不足か?」

「ん……昨日、変な時間に寝ちゃって……」



 確認してみれば、やはりその通りそうらしい。



「あーあれか。早く寝すぎて深夜とかに起きちゃうやつ」

「そ、だから今すごく眠い……ふぁ……」



 どうやら、二度目のあくびをこぼす程度にはおねむの模様である。



「でもあれちょっと、ワクワクするんだよな」

「ワクワク?」



 なので、少しでも眠気覚ましになればいいなと積極的に話題を振っていくことにした。



「ほら、こっそり冷蔵庫からアイス出して食べたり、それをつまみにゲームやったりするとさ、何かこう、いけないことしてるっていうか、スリルあって楽しくない?」

「ああ、うん。確かに分かるかも」



 大して面白くはない、無難な世間話。



「でも、ちょっと羨ましいな」

「え、何がだ?」

「私、日並と遊ばなくなってからゲームとかほとんどやらなくなったから。そんな風にやってみたいなーって」



 でも、久々の友戯との会話だからか、その程度でもトオルの心を満足させていた。



「そうなのか……じゃあ今度、携帯ゲーム機のやつ貸すよ」

「え、それは……いいの?」

「二台あるんだよ。ゾンハンでいいなら同じの一枚余ってるから、ソフトも付けられるし」



 友戯にもっと喜んでほしくなってきたトオルは、出血大サービスでゲーム一台とソフトを貸し出すことを決める。


 一人で通信プレイができると色々と便利なので、小遣いをはたいて買っておいたが、まさかこんなところで役に立つとは。


 密かに、トオルは過去の自分へと感謝を送った。


 なお、一応貸すとは言っているが、返さなくても全然構わないので、実質プレゼントのようなものではあるが。



「うーん……それなら、お言葉に甘えようかな」



 友戯も少し遠慮していたようだが、そこはトオルの親友だ。


 余計な気遣いは逆効果だと分かったのか、快く頷いてくれた。



「じゃあ今日の夜さ、一緒にやろうよ」

「今日の……夜?」

「そ、ほら今のやつって、ネット使えば離れててもできるんでしょ?」

「まあ、そうだな」



 しかも、ついでとばかりに、遊ぶ約束まで取り付けてくる行動力の高さである。



 ──友戯と夜に、オンラインでゲームか……。



 つい最近まで、まるで関わりのなかった友戯と当たり前のように遊べる、その事実に自然と高揚するのが分かった。


 スマホで通話しながら、友戯と一緒にゲームをする──そんな光景を想像しただけで、楽しみでしかたなくなる。


 また、昨日と違って顔が見えない分、変に意識することもないだろう。



「よし、じゃあやるか!」

「ん、やろっ」



 そうとなれば、返事はもちろん決まっていた。


 提案した友戯の声もどこか跳ねているようで、表情からは伝わりづらいが確かにテンションが上がっているのだろうことがトオルには分かった。



「それで、そのゾンビがさ──」

「ええっ、そんなに──」



 約束も無事に結ばれ、トオルの調子は更に上がっていく。


 それは友戯も同じなのか、その後も、今日やるゾンハンについての話題で盛り上がっていき、



 ──てか、今更だけどこれって。



 ふと、トオルは気がつき始める。



 ──ほぼ登校デートじゃないか……?



 同じ学校の制服を着た男女が、楽しそうに喋りながら並んで歩く、その光景。


 それは周りから見れば、カップルのやるそれと何ら変わり無いのではないだろうかと、今更ながら戦々恐々となる。


 周囲を見渡せば、辺りの人通りが増え始めており、中には同じ学校の生徒たちも混ざっているのが分かった。



 ──な、なんかソワソワするな。



 ほとんどの人間は他人に興味がないとは思いつつも、一度考えるとどうしても視線が気になってきてしまう。



「あ、じゃああの武器ってどうなったの──」



 一方、友戯はと言えば、そんなトオルの気も知らずに、相変わらず楽しそうにこちらへと話しかけてきている。



「ああ、それは──」



 周りの視線を考えればすぐにでもこの場を離れたいところではあったが、当の友戯が気にしていないのであれば、それこそ無駄な配慮だろう。



 ──はは……流石は友戯だな。



 毎回毎回、気をつけてるつもりでも意識してしまう自分と違い、その堂々たる姿にはもはや尊敬の念さえ抱いてしまう。


 これには、トオルも諦めて友として振る舞おうとするが、



「なああれ、5組の友戯じゃね?」



 直後にとうとう、恐るべきことが起きてしまった。



 そう、背後から三人の悪魔たちがやってきたのだ。



「隣にいるの誰だろ」

「え、彼氏とかじゃないよな……?」

「いや、あの距離はもう、そういうことだろ……」



 声と会話の内容からして、同学年他クラスの男子生徒であることは間違いない。


 問題は、聞こえないとでも思っているのか充分に大きすぎる声で喋っていることと、その内容が危惧していたそれそのものだったことである。



 ──や、やっぱりそうなるよなー……。



 しかし、それはそうだろうと、トオルは納得せざるを得なかった。


 何せ、隣りにいる友戯の声はとても楽しそうなうえ、グイグイ来る彼女との距離は肩がほぼ触れている程に近いのだ。


 これを見て、付き合っていないと思うほうが少数派であろう。



 ──まあ、いいんだけどね? いいんだけどもっ……!



 別に、友戯とカップルだと勘違いされたところで失うものは無いはずではある。



 ──こんなのドギマギしちゃうだろッ!!



 無いはずではあるのだが、この悶々とさせられる感情だけはどうしようもないようだった。



 ──はぁ……まったく、友戯が羨ましいよ……。



 そう思い、澄ました顔をしてるはずの親友を見ようと振り向いたトオルは、



 ──ん?



 強烈な違和感に襲われ、思考が固まった。



 ──あの、友戯さん?



 そこには、確かに親友である友戯がいた。


 いたのだが、



 ──何か距離、離れてない?



 想像していた距離の数倍遠い位置にいたのである。


 それこそ、人が二人は通れるほどの微妙な距離感に、だ。


 ここが欧米ならこの距離感でもそんなに違和感ないのかも知れないが、歩道の狭い日本ではもう普通に端と端であった。



「あれ、何か遠くない?」

「そう? この距離でも話せると思うけど」

「ああ、うん」 



 流石におかしいと思ったトオルが尋ねるも、にべもない回答が返ってくるだけ。



「その、今日楽しみだな」

「…………ん」



 試しに会話を続けてみるものの、こちらも素っ気ない反応をされてしまう。



 ──先ほどまでの楽しげな雰囲気と会話……どこ行った?



 まるで、昨日より前にタイムスリップでもしたのかと勘違いしてしまうほどの塩対応に、トオルは焦った。



 ──まさか、本当に意識して……?



 この状況、正しく『気まずい』を体現しているわけだが、この『気まずい』が起きるのは最低でもどちらかが意識しているのが条件である。


 そしてトオルは覚悟を決めた以上、『気まずい』の要因としては弱いはず。


 ならば、残るは友戯となるのだが、



 ──いや流石にない、よな……?



 相手はあの、押し倒しにも動じなかった女である。


 今さら、外野の『ヒューヒューお熱いね〜』攻撃くらいではびくともしないだろう。



 ──でも、もしもだ。



 もしも、本当に友戯が意識していたとしたら、辻褄の合うこともある。


 体育館での荒い息遣いに下校中の突然の帰宅、ゲームでのミスの増加やジュースを吹き出したこと──それらはどれも、動揺ゆえに起きていることなのだとしたら納得の行くことなのだ。


 そもそも、こうして友戯と登校することになってるのも、約束もしていないのに彼女が家の前で待っていたからである。


 故に、



『──早く気づいてよ、ばか……』



 本当はこんな感じで、ぼそりと呟いていたとしても何らおかしくない。


 もしこの推測があたっているのだとしたら、



 ──好きになっちゃうッ!!



 と叫んでしまいそうなほどに萌え萌えである。


 押し倒された時のドキドキも、そのポーカーフェイスの下に隠しているのだと考えれば違和感はないうえ、そうだとしたらもはや可愛いが過ぎるだろう。



 ──い、いくべきなのか……?



 そう思うと、今こうしている間もトオルの動きを期待しているのではないかと思えてくる。


 表情から伺える限りでは全く察せられないが、この答えの如何によっては男を見せる時が来るかもしれない。



 ──いや、落ち着け、確証は無いんだ。



 もし予想が当たっているのならば、隣に行って手を握るくらいの男前行動が大正解なのだろうが、あいにくトオルにはそこまでできるほどの度胸も無ければ、そもそも好かれている可能性に賭けられるほど自分に自信など無いのだ。



 ──じゃあ一体、なぜ。



 答えにたどり着けぬまま、学校の門が見え始めた、そんな時、



 ──『発想を逆転させるのよ、ヒナミくん』。



 突如、心の中のゲームキャラクターが語りかけてきた。



 ──そうだ。



 重要なのは、『友戯が意識しているのかしていないのか』ではない。


 『何故、急に距離を取り出したり、ぎこちなくなったりしたのか』を考えるんだ。



 ──っ! そうか!!



 すると、天啓が舞い降りてきたかのように、一気に謎が紐解けていった。


 勘違いをする後ろの三人組に、友戯の知名度や人気度に比してのトオルの陰キャ感、そして、それによってこの先に起こる出来事──それらの情報に導かれれば、自ずと一つの結論にたどり着くのだ。



 ──誤解が被害を生むこともあるっ!!



 そう、友戯のこの渋い対応は、余計な揉め事を回避するための気づかいだったのである。


 分不相応な恋をするオタク君に待ち受けるのは、嫉妬した男たちによる私刑であると、古事記にもそう書かれている。


 故にきっと、



 『ヨォ……お前オタクのくせに、友戯のやつと付き合ってるらしいナァ?』



 といった感じで不良グループに絡まれたうえ、下手をすれば、



 『言うことを聞けば、日並には手を出さないの……?』



 的な流れで、友戯まで被害を受けていた可能性も否定はできない。



 ──危ないとこだった……。



 どうやら、危うく薄い本の導入にでもなりかねない展開だったが、友戯の機転によって無事救われたというわけのようだ。



「……ごめん、職員室に用事あるから、先に行くね」

「ああ、おうっ!」



 と、そんな思考に時間を割いていたからか、気がつけば校門がすぐ目の前まで迫っていた。


 周りには生徒が大勢おり、一緒に門をくぐるのはまずいと判断したのだろう友戯は、足早に走り去っていく。



「ふぅ……」



 その背を快く見送ったトオルは額に浮かんだ汗を拭うと、少し遅れて自身も足を進めるのだった。

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