第14話 ※とある昼休みの風景です。①

 学校に出席をしてからはや四時間ちょい。


 いつもは長くて退屈に感じる授業も、その先にご褒美が待っていると知っていれば大したことはない。



 キーンコーンカーンコーンッ……。



 今日何度目かのチャイムを耳にしたトオルは、ふっと軽く息を吐きながら、机の上を片付ける。



「うえーい、昼食おうぜー」

「うい」



 そこへ、いつものように友人の一人である景井静雄かげいしずおがやってきた。


 別に何を示し合わせたわけでもないが、学校での昼食は彼ととるのが常であったので特に意識することもなくそれに応える。


 トオルがカバンから弁当箱を取り出すと、景井もまた手に持った弁当箱を隣の机に起き、特に遠慮することもなくその席に腰掛けた。



「いやー、昨日は絶好調だったなー」

「お、どんな感じだったん?」



 そうしてそれぞれ弁当を食べ始めつつ、その合間に会話を交わす。



「それがさー、なんと三連続で勝利だぜー!」

「うわ、マジか」



 もちろん、その内容はといえばゲームの話である。



「俺のいない時に限って盛るなよな」

「はっはっ、俺という親友を放って他のやつと遊ぶからそうなるのだー」



 ちなみに、景井と話してるのは今流行りのFPS──いわゆる一人称のシューティングゲーム『ZPEXゼーペックス』だ。


 複数のチームが、最後まで生き残るために互いを攻撃し合うというバトルロワイヤル形式のゲームであり、当然最後まで生き残った者が勝利となる。


 その戦績ごとに手に入るポイントを集めてランクを上げていくというシステムなのだが、よりにもよってこの景井はトオルがいない時に勝ちまくった、というわけである。



「ふっ……」

「おお? 余裕そうじゃないか」



 だが、今のトオルにとってはゲームのポイント程度は大したことでもなかったため、思わず笑いをこぼしてしまう。



「そう言えば、例の小学生時代の友達とやらとはどうだったんだー?」



 そんなトオルの自信の源が、昨日話した友人にあると見抜いたのか、さっそくとばかりに話を振ってくる。



「まあ、思ってたよりは上手く行ったって感じだよ」

「ほーん」



 友戯との話を誰かにしたかったトオルは待ってましたと説明をするが、景井は興味があるのかないのかよく分からない相槌を打っていた。



「ゲームやるの久しぶりらしくてさ。今のゾンハンのクオリティに驚いてたけど、あの反応は見てて気持ちよかったなあ」

「へえ、いつからやってなかったんー?」

「確かギリ、3あたりまではやったことあるみたいなことは言ってた」

「うわ、それは良い反応するだろうなー、もはや別ものかってくらいにグラ変わってるし」



 トオルは昨日のことを思い返しつつ、景井に語っていく。



「ああでも、そいつ凄くゲームのセンス良くて、あっという間に上達してたよ」

「へえ?」

「景井くらいならすぐに追い抜くぞ、たぶん」

「おいっ、勘弁してくれよー、これ以上強いやつ来たら俺がパーティーから省かれる流れじゃーん」



 ついでに軽口を叩いてみれば、景井もノリよく対応してくれた。


 もちろん、トオルは友戯と再会したからと言って、他の友人を蔑ろにする気はない。



「いいの? 俺いま、プロチームから招待されてる有望株だよー?」

「あははっ、嘘こけ! この間の沼プレイ忘れてねえからなっ?」

「はぁ? 今の競技シーンではあのムーブして死ぬのが流行ってんだよ……ぷっ……くくっ……」

「死んでんじゃねえかっ、ははっ」



 それを景井も理解しているのだろう。


 くだらない冗談で互いに笑いをこぼしつつ、話は盛り上がっていく。


 友戯と遊んだ昨日も楽しかったが、なんだかんだ気がおけない男友達と駄弁るのも悪くないものだ。



 ──…………?



 そんなことを考えた時、ふと視線を感じて辺りを見渡す。



 ──気のせいか?



 しかし、それらしき人物は見当たらず、



「にしても日並、そいつのことホント好きなんだなー」



 代わりに景井の一言が割り込んでくる。



「え?」

「いやー、その友達のこと語ってる時のお前、凄い嬉しそうだったからさー」



 何やら、トオルを見ていて思ったことがあるらしい。


 実際、友戯のことは大切な友達だと思っているし、今夜の約束を楽しみにしている程度には好きなので、景井の言ってることは何も間違ってはいないだろう。



「まさかとは思うけど、そっちじゃないよな?」



 が、なぜかニヤつき始めた景井。


 一瞬、その言葉の意味を測りかねたが、そういえば景井は相手が女子であることを知らないのだったと思い出す。


 つまり、男が好きなのかというイジりなわけだが、



「ち、ちげえよ! そいつとはあくまでと、友達ってだけで……」

「いやそれ本気のやつの言いかたーっ」



 もちろん、そういった愛の形にもある程度は理解を示しているつもりだが、あいにく自身はそうではない。


 なのでそれに乗る形でボケたが、まあそもそも相手はあの友戯なので、景井の発言自体が思いっきり見当違いではあった。



 ──友戯ともこんな風に話せたらな。



 そうしてまた一つ笑いが溢れると、ふと友戯の顔がよぎる。


 昔のよしみがあるからか、性別が違えどある程度は気兼ねなく話せはしたものの、今の景井との会話と比較するとやはりぎこちなさが残っていたように感じられるのだ。


 いつかは他の友人と同じく冗談を言い合ったり、それに笑い合ったりといったことができるようになりたいものだとトオルは考えるが、



 ──……また。



 その時、再び誰かの視線を感じる。


 自分で言うのもなんだったが、陰キャというのは普段、他人の注目を浴びないので、こういう時には非常に敏感なのである。



 ──なんなんだ?



 だが、やはりその正体を探り当てることはできず、何とももやもやした気持ちになってしまう。



 ──まあ、いいか……。



 ただ、考えてもわからないことは時間の無駄にしかならないとすぐ打ち切ることにする。



「いや、それでさー──」

「へえ……それは始めて聞いたかもだわ──」



 それからはまた別の話題で景井と喋りつつ、穏やかな昼休みを過ごしていき、



 ──いつかはここに友戯も入れて……。



 ふと、トオルは思った。


 もしもここに友戯がいれば、きっと更に賑やかになるに違いないと。


 周りの目を気にすることなく、一緒に昼食を食べたり、ゲームの話をしたりできれば、学校生活がより彩り豊かになるだろう。



 ──でもなあ。



 だが何分、学校での友戯は存在感を放つ美少女であり、一方トオルはといえば地味なオタクの男子である。


 もし一緒にいるところを見られれば、悪目立ちすることは想像に難くない。



 ──ま、仕方ないな。



 友達というのは何も、いついかなる時も一緒にいなければいけないというわけではない。


 大事なのは相手を思う心であり、それでお互いを幸せにできる関係なのであれば、それで良いだろう。



「悪い、ちょっとトイレ」

「おーう」



 そんな風に、いっちょ前にカッコつけてみたところで、景井に断りを入れながらトオルは席を立つ。










 が、ただトイレに行って帰ってくるだけの予定は、その途中にて変更する必要がでてきた。



「…………」



 トイレを終えた帰り道、教室の入口付近に陣取る人影を見つけ、足を止める。



 ──何やってんだあいつ……。



 そこにいたのは、スマホをいじりながら何かを待っている様子の友戯で、



「あっ」



 彼女はこちらを見つけるなり、周囲の目も憚らず近寄ってくるのだった。

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