第10話 ※ゆっくり深呼吸をしてください。
いったいどういうことなのか。
久しぶりのプレイ故、連続でミスすることもまああるだろうと流すこともできた。
だが、心の中に生まれた明らかな違和感が、そうすることを許さない。
──思い出せ、確か……。
ほんの少し前まで、今作初プレイとは思えないほどの実力を発揮していた友戯が、沼プレイをすることになった要因。
『え、じゃあ今って私達二人……ってこと?』
思い出されるのは、直前の会話だった。
──まさか。
そう友戯は、俺の家に親がいないことを知らなかった。
つまり逆を言えば、いると思っていたから来たとも考えられる。
もしそうなのであれば、久しぶりに再開したばかりの男子の家に堂々と来れたことも辻褄が合うだろう。
そして、そこから導き出される結論は、
──今、友戯は俺のことを意識している……ッ!?
限りなく高い確率で、そうであると指し示されていた。
確認のため、ちらと友戯の顔を見れば、その白い頬が赤くなっているように見えなくもない。
──い、いや落ち着け、早まるな!!
だが、ここでもう一つ重要な情報を思い出す。
ほんの数時間前のことだ。
体育倉庫で二人きりになり、あれだけ思わせぶりだったにも関わらず、結局は昔の友戯と変わらなかった。
ともすれば、今のこれもなにか別の要因、もしくは本当に偶然で起きていると考えるのが自然ではないだろうか。
──わ、分からん……!
ゲーム内ではあれだけミスしているのに、友戯本体のクールさがほとんど崩れていないせいで表情から読み取ることは難しかった。
「あ、あはは……友戯でもこういうことあるんだな」
結果、トオルが選んだ選択肢は様子見。
ちょっとからかうという、よくある無難な回答に友戯は、
「むか……は、こんな……と…………たのに……」
ぼそぼそと、つぶやくような声で独り言を発していた。
──『昔はこんなことなかったのに』?
トオルに向けての発言では無かったのか、か細くて聞き取りづらかったがおそらくこれで合ってるだろう。
こんなこと、というのはやはりゲームでの沼プレイのことだろうか。
「あれ、でも割と昔からあったような」
だが、その発言に疑問を持ったトオルはうっかりと口にしてしまい、
「っ! 聞こえてた……?」
案の定、聞かれているとは思わなかったのだろう友戯に睨まれてしまった。
「ああいやっ、別に悪いとかじゃないぞ? 何ならほら、俺のほうがやらかしてた記憶あるしっ」
機嫌を損ねてしまったかもと慌てて弁解するが、
「あ、ゲームの…………」
友戯は小さな声で何かを呟いたあと、
「そう、だね。昔から、あったかも」
意外なことにあっさりと手のひらを返して認めてきた。
──……? どういうことだ……?
てっきり、むすっとした顔でも返ってくると思っていたトオルは拍子抜けしてしまう。
何か、どこかで思い違いをしているのかもしれない。
「友戯──あ」
そう考え、質問を試みようとするが、
──集中してる……。
友戯はすでにゲームプレイに戻っており、とても声をかけられるような様子ではなかった。
どうやら、ここから巻き返す気満々のようである。
「よし……」
実際、その集中ぶりは本気のようで、言葉通り見事な戦闘を繰り広げた友戯は、ついに敵を弱らせ寝床まで追い詰めることに成功する。
一回も死ねないという状況でここまでのパフォーマンスを発揮するとは、流石は友戯だと、先ほどまでの違和感も忘れてトオルは素直に感心してしまっていた。
「ちょっと、タイム」
とは言え、あと一度やられればまた最初からである。
緊張を落ち着けるためか、乾いた喉を潤すために友戯はテーブルの方へと向かおうとしていた。
──まずい、この流れは!!
すでに予習済みだったトオルはこのあと起こる出来事を警戒し、いつでも視線を背けられるようスタンバイする。
──ん?
しかし、結果から言えば恐れていたことは起こらなかった。
何と、先程のように尻を向けるような無防備を晒すことなく、しゃがみ歩きでオレンジジュースの入ったグラスを手にしていたのだ。
──偶然か……?
一瞬、テーブルの方に振り向きかけて動きをキャンセルしたようにも見えたため、友戯がこちらを意識しているからではとも思った。
しかし、残念ながら表情は相変わらずの無であり、気のせいである可能性も捨てきれない。
「んぐぶっ!?」
そんな風に一人問答していた時だった。
耳慣れない声を聞いて意識を現実に戻すと、目の前で友戯がいきなり飲み物を吹き出してたのが映る。
しかも相当な量をこぼしたのか、灰色のパーカーが真っ黒になる勢いで濡れてしまっている。
「けほっ、こほっ……!!」
「お、おい、大丈夫か!? パーカー脱いだ方が──」
これにはトオルも慌てて近寄り、パーカーを脱ぐよう促すが、
「──け、けほっ……! い、いいっ……大丈夫っ……」
友戯は口元を抑えながら、もう片方の手を伸ばして静止してきた。
「いや、でも流石に──」
理由は分からないが、とりあえずこのままでは下の服にまで被害が及ぶかもしれないうえ、最悪の場合には風邪を引くかもしれない。
そう思いなおも引き下がるが、
「わ、私オレンジジュース好きだしっ」
「どういう理屈っ!?」
意味不明な発言で返されたので、思わずツッコミを入れてしまう。
この世界のどこにオレンジジュースが好きだからとパーカーに染み込ませたままにするやつがいるのか。
「それより、後もう少しだからっ」
だが、気が動転しているのかいないのか、友戯はトオルのツッコミも意に介さずコントローラーを手に取ってゲームを再開し始める。
──えぇ……そこまでゲームしたいのか……。
これにはトオルも困惑を隠しきれず、それ以上の干渉ができなくなった。
「くっ……」
仕方なく黙って見ていることにしたトオルだが、あんなことがあった後だからか、結局ゲームの方も苦戦してしまっている友戯。
──まずいな。
回復アイテムもすでに尽き、このままではジリ貧である。
かと言って、ここでトオルが手出しする訳にも行かず、ハラハラしながら見守ることしかできない。
「あ──」
そして、その時はついに訪れる。
友戯の操作するキャラの真上から化け物の巨大な腕が振り下ろされようとしていたのだ。
すでに体力はなく、当たれば間違いなくゲームオーバーだろう。
そんな中、友戯が選択したのは大剣によるガード。
だが、
──ダメだっ!
トオルには耐えきれないことがすぐに分かった。
あの振り下ろし攻撃は二連撃、一発目は耐えられても、二発目は耐えられないのだ。
──どうすれば。
もはや回避も間に合わない。
それでも、一つだけここから逆転する方法があるとすれば、
「──友戯ッ!!」
「っ!?」
咄嗟に、トオルは動いていた。
友戯の手に触れるのも構わずその上からコントローラーを握ると、躊躇わず攻撃ボタンを押し込む。
──瀕死状態での火力上昇システムに、カウンターによるダメージ倍増……これだけあればッ!!
画面では、化け物の腕と大剣の一撃が交差し、
バシュゥゥンッ!!
爽快感のある効果音とともに、斬撃による眩しいエフェクトが発せられる。
そして、
『クエストクリア!!』
見事、画面ど真ん中に大きく、クエストクリアの文字が踊ることとなっていた。
「やった──」
達成感に満たされ、友戯と喜びを分かち合おうとしたその時、
「──うぉっ!?」
「あっ……!?」
無理な姿勢でいたことが災いして、そのまま体勢を崩してしまう。
結果、
「あ、えっと……」
友戯を巻き込む形で床に押し倒してしまい、必然、身体の一部が触れ合うような状況に。
焦る気持ちの中、友戯の顔に視線を向けてみるも、乱れた前髪で両目が隠れ上手く表情が読み取れない。
「…………」
「…………」
緊張で固まった身体は上手く動かず、僅かな間、気まずい沈黙が流れた。
──やわらかい、近い、色々ヤバい……!!
静寂は当然、意識を友戯へと向けさせてくる。
脚に触れている弾力のある太ももに、倒れるときにぶつかった、パーカーによるものなのか友戯自身によるものなのか分からない柔らかい感触。
どれも生まれてこの方感じたことのない強烈な刺激で、トオルの理性を溶かすのには充分すぎる破壊力を持っていた。
このままではまずい。
「──大丈夫?」
そう思った時、自身の下から声が聞こえてきた。
「あ、ああ、悪いっ……今どくからっ」
相変わらず抑揚がなく、それでいてどこか優しさが滲んでいるような声に、辛うじて正気を取り戻したトオルは急いで起き上がる。
友戯もまた、それを見たあとにゆっくりと上体を起こすと、横を向いて前髪を整え始めた。
「その、今のはわざとじゃなくてだなっ……でも、すまん……」
とりあえずの危機から脱したところで、未だ残る申し訳なさを解消するためまとまらない言葉で弁解するが、
「ううん、大丈夫」
友戯はそうとだけ言うと立ち上がり、
「あの、ごめん。やっぱり、パーカー洗わないとだから」
トオルと視線を合わせることなく、入り口の方へと向かっていく。
「あ──」
そして、止める猶予もなくパタンと扉を閉め、視界から消えていってしまった。
後に残るのは一人床に転がる哀れな男と、そんな状況に不釣り合いな勝利のファンファーレのみ。
──俺は、何て愚かだったんだ……。
何が、友戯が意識しているかもしれないだ。
終わってみれば、意識していたのはずっと自分の方だったではないかと気が付かされる。
しかも、最後は余計な茶々を入れたせいで、ただただ気まずい空気を作ってしまうなど反省は尽きない。
ザッザッ……テテテテンッ♪
本気でへこむトオルは、せめて狩人としての義務だけでもと、ただ一人、寂しくゾンビから素材を剥ぎ取るのだった。
日もほぼ沈みかけた、夕暮れ時。
閑静な住宅街の上を、息を切らしながら走る少女がいた。
風になびく黒髪に、端正な顔立ち。
一見して、美少女とも呼べるその少女だが、衣服には何故か濃いシミができている。
まるで、何かから逃げるような彼女は、やがて疲労が限界に達したのか立ち止まると、膝で身体を支えながら息を整え始め、
──び、ビックリしたっ……。
そのポーカーフェイスにほんのりと赤を浮かべながら、胸に手を当てて鼓動の加速を鎮めようとするのだった。
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