第9話 ※油断も隙もありません。

 慣れた手付きでゲームを起動させると、テレビの大画面に細かく描画された大自然が映る。


 まるで、森の中を実際に進んでいくようなカメラワークに、突如として現れる巨大な怪物。


 やがて壮大なBGMが流れ、怪物とそれに立ち向かう者たちの激闘が描かれていく。


 そして最後に、大剣による斬撃がタイトルロゴになったところで、



「わぁっ凄い……!!」



 友戯が感嘆の息をこぼした。



 ──ははっ、いい反応だ。



 今見ていたのはゾンビィハンターズ──略してゾンハンの最新作である『ゾンビィハンターズ ワールドウォー』のオープニング映像である。


 最新の据え置きゲーム機である『GS4』の高いスペックを生かした美麗なグラフィックに、過去作の敵がほぼ総出演の大ボリューム。


 今まではおまけ程度だったストーリーも、守りたい者のために戦う熱いシナリオが盛り込まれており、正しく神ゲーと呼ぶにふさわしい一品となっていた。


 前作をクリアした自分でさえ感動しまくった出来であり、五年以上前の作品しかプレイしたことのない友戯にとっては、それはもう想像を絶する体験になるに違いない。



「な、なんかドキドキする」

「分かる分かる、俺も最初やった時は緊張したよ」



 久しぶりのゲーム故か、友戯はぎこちない手つきで操作を進めていくと、



「え、今ってこんなにキャラいじれるの……?」



 まずキャラクリエイトの自由さに驚き、



「めっちゃ喋ってるっ」



 ムービーでの豊富な会話に感動し、



「あ、わ、飛んだ!」



 そして新アクションの派手さと難しさにわたわたとしていた。



「す、凄い、ね……」



 気がつけば、別に運動をしているわけでもないのに友戯はとても疲れた顔に。


 遊び疲れというのは子どもの頃によくあったが、友戯にとってはそれだけ情報量が多すぎたということなのだろう。



「まだチュートリアルだぞ?」

「ひ、久しぶりだからっ……」



 そんな友戯の反応が一から十まで面白かったのでついつい茶化すと、恥ずかしそうにむすっと睨んできた。



 ──ああ……いいなぁこの感じ。



 昔を思い出すような軽いやりとりに、トオルは心の中でほっこりとする。


 それに、友戯がゲームを楽しんでいるのを見ていると、不思議と意識せずに会話ができるのだ。


 この感じで行けば、第一目標である純度100%もそう遠いことではないかもしれない。



「あ、ごめんジュースもらうね?」

「おう、気にすん──」



 そんな油断がフラグとなったのか、



「──ぶっ!?」



 恐ろしい攻撃は突如として訪れた。



 ──おしっ……!!??



 目の前にいるのは、少し離れた位置にあるテーブルへと手を伸ばす友戯。


 そして、トオルとテーブルは直線上にあり、友戯はその間に位置する。


 つまりどういうことかと言うと、『座った状態からそのままテーブルへと向かった友戯』が『自然と四つん這いの体勢』になり、『こちらに背を向けている』ということだ。


 そうなれば何が起きるか、賢明な者ならすぐに分かるだろう。


 必然、だほだぼのパーカーは捲れ上がり、その下からは紺色のホットパンツがあらわになるわけだ。


 それはもちろん下着などではないが面積で言えばそう変わらず、事実、叡智な三角地帯ができているという、非常にやばいことになっていた。



 ──無防備すぎるッ……!!



 トオルは反射的に顔を逸らすも、目線は吸い寄せられるようにチラチラと向かってしまう。


 何でこの子はこんな服でここに来たのだろうかと思わずにはいられない。


 せっかく意識しないでいけそうだったのに全て台無しである。


 これでは『そういう目で見てほしくて着ているのでは?』という邪念が横切ってしまうではないか。



「……? どうしたの?」

「ア、イヤ、ナンデモナイヨッ」



 そんなこんなで悶々としていると、ジュースを飲み終えた友戯が振り向いてきたので慌ててごまかす。


 様子を見る限り、どうやらトオルの視線には気がついてはいないようだ。



 ──鈍感で助かった……いや、鈍感なせいでこうなってるのか……?



 再び動揺させられることとなったトオルはまだまだ油断できないなと、相変わらず平然としている友戯の顔を恨めしく思いながら、こっそりとため息をつくのだった。









 友戯が家にやってきてからはや一時間は経っただろうか。



「よっ……と」

「おお、上手いな」


 

 多少のハプニングはあったものの、なんだかんだで友戯の姿もこの部屋の光景に馴染み始めていた。


 最初こそ情報過多でバテていた友戯だが、運動神経ならぬゲーム神経が良いのだろうか、すぐに慣れると序盤の強敵もあっさりと倒してしてしまう。



 ──うーん、もっと教えたかったんだけどなー。



 経験者というのはどうしても初心者に教えたくなるものである。


 トオル個人としては、慣れない友戯を介護しながら一緒に楽しむという展開を期待していたのだが、残念ながら諦めざるを得ないようだった。



「いやあ凄いな、この調子だとすぐ追い越されそうだわ」

「ふふっ、まあ、昔は私の方が上手かったし、ね?」



 ただ、褒めちぎると素直に喜んでくれるので、それを眺めるのもまた悪くはなかったのだが。



「そういや、今日は何時までいるんだ?」



 そんな風にさらに小一時間ゲームを進めたところで、ふと気になったので問いかけると、



「うーん……正直決めてなかったけど、まだ全然いけるかな」

「ほーん、まあ俺はいつまででも構わないんだけど」



 友戯も特に決めていなかったようだ。


 流石に夕飯のことなどは考えないとだが、言ってもまだ午後の五時過ぎ程度。


 トオルの両親が帰ってくるのは夜遅くなってからなので、時間には随分と余裕があった。



「あ……でも、日並の親とかは迷惑じゃないかな? あんまり長時間いたりしたら……」



 しかし、それを知らないらしい友戯は無駄な心配をしているようである。



「ああいや、うちの親は夜遅いから大丈夫だぞ」



 なので安心させるためにそう教えてやると、



「あれ、今いないの? 確か前は……」

「ああ、まあ俺も高校生だしな。世話がかからなくなったから、その影響もあるんじゃないか?」



 どうやら、昔と同じだと思っていたようである。


 トオル自身はすっかり忘れていたが、そう言えば昔はこの時間でも家に親がいたことを思い出した。



「え、じゃあ今って私達二人……ってこと?」

「おう、だから多少騒いでも怒られたりしないぞ」



 二人きりという事実だけ見ればまたドギマギしてもおかしくはない状況ではあるが、その程度は友戯が来る前から心の準備をしていたのでどうということはない。



「あ、そう、なんだ……」



 友戯も今初めて知ったので少し驚いているようだが、表情は相変わらずの無機質さなので問題は無さそうである。



「まあ、というわけで安心してゲームの続きをしていいぞ」

「う、うん」



 両者問題が無いと分かったところで、さっそくとばかりに促すが、



「あっ」



 友戯にしては珍しく、戦闘が始まって早々に死んでしまう。



 ──この敵はあんま強くなった気がするけどな。



 少し疑問に思いながらも、まあそういうこともあるかとスルーするが、



「っ……」



 続いての挑戦も苦戦した挙げ句に死亡し、早くも残機が残り一つになってしまう。


 心なしかその顔には動揺が滲んでいるようにも見えた。



 ──ん? んん……??



 そんな友戯に、トオルの覚えた違和感は徐々に大きくなっていくのだった。

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