第6話 ※放課後の定番です。
そうこうして予定も決まったところで、キリも良かったのか友戯が立ち上がった。
「……それじゃあ私、そろそろ行くね」
「おう」
彼女はそのまま扉の方へと向かうと、ガラガラと音を立てながら扉を開け放つ。
そして、
「また後でね」
と呟きながら手を小さく振ると、足早にこの場を去っていった。
「ふぅ……」
それを見送ったトオルは、溜まった空気を全て吐き出すようにため息をついた。
どうやら、自然体でいけたと思っていたが、無意識に緊張していたらしい。
──それにしても、友戯とまたゲームをやることになるなんてな。
つい一時間前まであれほど諦観していたというのに、世の中なにが起こるか分からないものである。
今はまだ緊張が残ってはいるが、いずれは昔と同じように気兼ねなく話せる仲になれるに違いない。
そんな希望を胸に、自分も立ち上がろうとしたその時、
──………………ん?
急に違和感を覚えて動きを止める。
──そう言えば。
今はすっかり開ききっている扉。
その右側が立て付けのせいか少しずつ閉まっていくのを見たところで、確かさっきまで開かなかったはずであることを思い出す。
だと言うのに、先ほどの友戯は何の迷いもなく扉を開け、颯爽と走り去っていたではないか。
──そう言えば。
一度考え始めてみれば、先ほどの不自然な呼び止めのことも思い出す。
ただの偶然だと思っていたが……。
──いやいや、まさかな。
一瞬、本当は閉まってなどいなくて、友戯がわざと嘘をついていたという可能性に思い至るが、流石にそれは無いだろうと首を振る。
結果的に見れば友戯と再び友達になれた訳だが、それはあくまで成り行きでそうなっただけである。
先に声をかけたのは自分であり、それに影響された友戯が意を決した、という流れを見ればあまり計画的な行動には見えない。
──いや、もしも……。
一つ、あるとすればと、答えが出かかったその時、
キーンコーンカーンコーンッ……。
突如鳴り響いたチャイムの音によって思考をかき乱された。
「やばっ!?」
すっかり忘れていたが、今は授業と授業の間の休憩時間に過ぎないのだ。
授業の準備は愚か着替えすら済ませていない現状は、非常にまずい。
──い、急げっ!!
これはきっと怒られるに違いないという恐怖と、友戯に関する疑問の板挟みに合いながら、トオルは授業でも見せたことの無い全力で廊下を駆けるのだった。
体育倉庫での逢瀬を果たしてからはや一時間ほど。
日はすっかり傾き始め、授業から開放された生徒達の喧騒で教室内は賑やかなムードに包まれていた。
「はぁ……」
ただ一人、トオルは後ろの席でため息をついていたが、これを責められる謂われはないだろう。
──あー恥かいた。
何せあの後、予想通りと言うべきか、教室の扉を開けた瞬間に教師とクラスメイト全員の視線を浴びるハメになったのだ。
一応、片付けに手間取ったという言い訳が通ったので咎められることはなかったが、皆が沈黙する中で着替えを取ってトイレに向かうのは小心者のトオルには堪える経験となった。
ちなみに友戯はと言えば、しっかりその生徒らの一員に紛れていたため、若干の恨み節を抱いたのは内緒だ。
──まあでも、それはそれだ!
いつもなら今日一日、寝るまでもやもやしてそうなやらかしではあったが、しかし、今日はそれ以上に喜ばしいことがあるので問題なしである。
何せ、あの友戯と再び友達になれたうえ、さっそく今日、一緒にゲームをして遊ぶのだから。
──そうとなったら、早く帰って準備しないとな。
とは言え一応、友戯は女子である。
いつも遊んでる男友達ならいざ知らず、異性の友戯を呼ぶには部屋を片付けておく必要があるだろう。
幸い、すでに│HR《ホームルーム》は終わっており、友戯もまだクラスの友人と談笑している。
後はカバンの用意をして、少しでも早く帰宅を済ませるのみ。
「おーい、日並ー。今日あそぼうぜー」
が、そんなことを知らない一人の男子が、背後から声をかけてくる。
振り向けば、生徒指導の常連になりそうなほどにボサボサの黒髪をした人物が立っていた。
「悪いな
それが見知った相手ということもあって、トオルは軽い感じで謝る。
彼の名は
トオルにとっては中学からの友達であり、貴重なゲーム仲間の一人である。
「おろ? 珍しいなーお前が誘いを断るなんて」
そんな景井はと言えば、何となく違和感に気がついたのか、間延びした声で会話を続けてくる。
──どうするか。
トオルは悩んだ。
正直に話すか、嘘をつくか、でである。
前者であれば面白半分で追求されることは免れないだろうし、それは友戯に迷惑がかかる可能性もあり得るので避けたいところ。
かと言って後者だと、友戯と変わらないはずの、友の一人である景井を裏切る行為になってしまうため、これまた選び難い。
「ああ、実は小学校の頃の友達と遊び予定があるんだよ」
「へーそうなのか。ま、そういうことならしゃーなしだなー」
故にトオルが選んだのは嘘はつかずに全ても話さないという中間択だった。
結果、上手いことはぐらかすことに成功したのか、景井も諦めた様子。
「じゃあ俺、準備があるから先に帰るわ」
「うーい」
話も終わったところで、トオルはカバンに教科書等をしまい、教室の入り口へと急ぐ。
──?
その時、一瞬視線を感じたような気がして振り向くが、景井も含めそれらしき人物は見当たらない。
──まあいいか。
結局、気のせいだと割り切ったトオルは、足早に教室を出ていったのだが、その答えはすぐに判明することとなる。
「待ってっ」
「おぉっ!?」
それは、靴も履き替えて校門をくぐろうとしたあたりのことだった。
背後から聞こえてきた声に、トオルは驚き足を止める。
「と、友戯?」
「はぁ……はぁ……ごめん、教室から出てくの……見えた、から……はぁっ……」
よっぽど本気で走ってきたのか、友戯は息を盛大に切らし、額には玉の汗を浮かべていた。
胸に手を当てて呼吸を落ち着けるその姿が何とも色っぽかったが、すぐに首を振って邪念を振り払う。
──友戯だったのか。
とりあえず、ここに来て先ほどの視線の主が誰かを理解したトオルだったが、まだ彼女の意図までは理解できていない。
「えっと、どうしたんだ?」
「その、一緒に……はぁっ……帰ろう、かなって」
故に、その言葉を聞いた時、予想の外を突かれたせいで思わず固まってしまう。
──え、ちょっと待って、まだ色々な準備が終わってないんだけど?
部屋の片付けはもちろん、心の準備だって終わっていないのだ。
約束してから時が経ったこともあって、今更ながら再びドギマギし始めたところだったのである。
当然、本心としては一人で帰りたいところだが、
「だめ、かな……?」
こんな、息を切らしながら懇願してくる少女を前にしては選択肢など存在を許されない。
「オウ、イイゼ」
「っ、あ、ありがと……」
「気ニスンナ、友達ダロ?」
二つ返事で了承するトオルだったが、この先のことを考えると、そこはかとなく棒読みにならずにはいられないのだった。
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