第7話 ※下校デートではありません。
夕暮れ時の町並みに、制服を着た年若い男女が二人。
一見して青春そのものである光景ながら、片割れである少年──
──やばい、どうしよう。
それもそのはず、これからトオルの部屋にはあの友戯が来るのだから。
当然、まだ片付けの済んでいない自室には女子に見られたくないコンテンツも置かれている。
このままでは『え、日並ってこういうの読むんだ……』展開も十分にありえるだろう。
──てか、本当に良いのかっ……!?
加えて言えば、女子が家に来るという事実にも改めて動揺させられていた。
何せ一般的に言えば、男子の部屋で年頃の男女が密会するのはどう考えてもそういう目的にしか思えない。
さらに、我が日並家では両親の帰りがかなり遅いということもあり、二人きりという念押しのシチュエーションつきなのだ。
もし友戯に他意があった場合、
『ね、ゲームなんかよりもっと楽しいこと、シよ……?』
的な流れに発展することもありえなくはない。
男としては喜ぶべき展開ではあるのだが、生まれてこの方、恋愛経験のない今のトオルでは興奮よりも臆病さが勝ってしまう。
──やっぱり断って……いや、それは流石に無理だよなっ……。
かと言って、ここで『やっぱり家に来るの無しで』などという禁じ手を使えるわけもなく、正にどん詰まりの状況。
「はぁ……」
そんなトオルは、思わずため息をついてしまい、
「……ごめん、やっぱり急だったよね」
まんまとそれを聞かれたことで友戯がへこんでしまった。
「い、いや、本当にいいんだけど、その……」
「…………」
慌てて否定するが、何と説明したらいいものかと言葉にならない。
こうして言葉に詰まっている間も、友戯の不信感が高まっていくため、急がなくてはいけないのだが……
──っ! そうだ!!
ふと、ピンとくるものが頭に浮かんだ。
これは
「ええっと、こういうの大丈夫なのか、と思って」
「? 何が?」
「いや、だから俺と二人で歩くのとか、いいのかなと」
その言い訳というのが、名付けて『カップルと間違えられたら嫌じゃない!?』作戦である。
これならため息をついた理由をごまかせるうえ、運が良ければ友戯がこの状況の異常さに気がつくかもしれない。
「……よく分からないけど、日並は二人で歩いてるのを見られるのが嫌ってこと?」
「え、嫌ってことはないけど」
「だったら、いいんじゃない? 私は気にしないから」
そう思っての発言だったが、友戯は平然と言いのけてきた。
──凄いな、友戯は。
実を言うと、こうして隣を歩いてるだけでもトオルはそこそこ緊張しているのだが、どうやら友戯にとっては大したことではないらしい。
それは、自分のことを本当に友達として認識してくれているからなのだと思うと嬉しい反面、単純に男としての魅力が無いから意識されてないだけにも思えて悲しくもなる。
──よし、俺もちゃんと友達やれるよう頑張るか!
とは言え、元々の目的は友好を取り戻すということなので、ここはむしろ感謝しておくべきところだろうと意識を改めていく。
「あっ! ママみてっ、こいびとさんっ!」
「こ、こらっ!」
そんな風に心機一転しようとした矢先、通りがかった小さな女の子がこちらを指さしながら見事なまでに気まずくなることを言い始めた。
母親らしき女性はすぐにその口をふさぐと、「ごめんなさいっ!」と頭を下げながら横を通り過ぎていく。
──タイミング悪すぎない?
例え子供の言うこととはいえ、あんなことを言われれば否が応でも意識させられてしまうではないか。
「は、ははっ……まさか本当に勘違いされるとは思わなかったな友戯…………友戯?」
思わず乾いた笑いをこぼしたトオルは、相変わらず気にしてないだろう友戯を羨ましく思いつつ声をかけるが、
「どうしたんだ?」
「え、あ、うん、何でもない、よ」
何やら心ここにあらずといった様子だった。
よく見れば、ほんのりと頬が赤くなっているようにも見える。
「大丈夫か? 少し顔が赤い気が」
「だ、大丈夫っ……」
少し心配になって尋ねてみれば、若干焦ったように距離を取られてしまう。
──なんなんだ?
友戯の発言からして、少なくとも先ほどの女の子が原因とは到底思えない。
だとすると、トオル自身が何かをやらかした説も出てくるが、あいにくそちらも思い当たる節はなかった。
仕方なくその表情からヒントを読み取ろうとじっと見つめるも、
「わぷっ」
友戯の手のひらによって無理やり顔を曲げられてしまう。
「そんなに見られても、困るんだけどっ……」
「す、すまん」
親しき仲にも礼儀ありというべきか、普通に失礼だったらしい。
──やらかした。
友戯から注意されたという事実にしっかりへこんでいると、
「その、ごめん日並。私、ちょっと先に帰るね」
追撃とばかりにそんなことを言われてしまう。
「あっ! いやすまん! さっきのは──」
まさか、ここで別れるほど怒っていると思わなかったトオルは慌てて本気の謝罪を試みるが、
「──ち、違うから、怒ってないからっ」
どうやら違ったらしい。
「その、さっき汗かいたのが気持ち悪くて、家で着替えてから行こうってだけで、それだけ、だから……」
「あ、ああ! そういうことね!」
友戯の言い分を聞いたトオルは、特に嘘をつく理由も無さそうなのでほっと一息をついた。
「あら、喧嘩かしら?」
「若いっていいわね〜」
そんな風に二人でワタワタしてたからか、今度は通りがかりの主婦らしき方々に茶々を入れられてしまう。
──まさかの二回目……。
何と言う運の悪さだろうか。
流石にもう耐性のできていたトオルは多少しか動じなかったのだが、
「っ、そ、それじゃっ」
「え──」
そっちに気を取られていたせいで、別れを言う間もなく友戯が走り去って行ってしまった。
その背中がみるみる小さくなっていくのをただ立ち尽くして見送るトオル。
──帰り道、途中まで同じだよな?
何がそこまで彼女を急がせたのか分からないが、まあ友戯には友戯の事情があるのだろう。
──何が何だかよく分からないが。
ただ一つ、嬉しいことがあるとすれば、
──俺も早く帰らないとなっ!!
期せずして、一人になれたことである。
降って湧いた幸運に感謝したトオルは、友戯よりも早く準備を終えねばと、自分も同じように駆け出すのだった。
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