第4話 ※これは健全な再会です。④
時間にしてほんの数秒、刺激の強すぎる発言に意識が吹き飛ばされていたトオルは、ようやく現実へと戻ることができた。
──で、どうすればいいんだ……?
が、復活したはいいものの、現状を打破する策は何も思い浮かんではいない。
──状況を整理しよう。
まず、自分は友戯と友達に戻りたいと思っていた。
そして偶然、体育倉庫に閉じ込められた。
勇気を出して話しかけるが、上手く行かなかった。
それで……
『一緒にシよ──』
「ヌァッ!!??」
「っ!?」
つい数秒前の記憶を呼び起こしたトオルは、あまりの精神的ダメージに思わず奇声を上げてしまう。
──え、なに? 自分で言うのもなんだけどシリアスな流れだったよね?? あれ、なんでこんなえっちな展開になってんの????
考えれば考えるほど、今の状況はトオルの情報処理能力を大幅に上回っていた。
何せ、マンガで言えば9ページから11ページに飛んでいるようなものである。
思わず、抜き取ったページを寄こせと言いたくなる程度には状況は混迷極まっていた。
「大丈夫?」
「あ、アア、ナントカナァ……」
心配そうにこちらを見る友戯に、言葉通り何とか返事をするが、正直に言って致命傷である。
ナニをどう間違えたらこの状況でいきなりシたくなるのか……疑問は尽きないが、一つだけ分かっていることがある。
それは彼女がシたいと思っていることである。
──まさか、友達じゃなくて恋人になりたかった……ってコト!?
困惑する脳内はやがて、実は昔から好きだった──もしくは成長したトオルを見て恋心に気がついたという可能性に行き当たった。
これならば、気持ちが爆発して暴走した故の結果としてありえなくもない。
──いや待て、単純に友戯がそういうのが好きだという可能性は……!?
しかし、状態異常(混乱)にかかっている思考回路は、そこに別の可能性を持ってくる。
そう、友戯自身が叡智な何かに目覚めているという可能性だ。
男子にも気兼ねなく話しかけられる彼女のことだ、例えばこのまま馬乗りになってきて……
『大丈夫、日並もきっと、すぐキモチよくなるから──』
「ン゛ッ!!!!」
「っ!?」
危ないところだった。
どうやら、加熱した思考回路が焼き切れる直前、激しく咳き込むことで何とか衝撃を逃がすことに成功したようだ。
──クソッ、ダメだッ!! 友戯で淫らな妄想をするんじゃないっ!!
湧き出てきた危険な思想をすぐに振り払った。
流石に、友戯がそんなやつでないことくらいは分かっているつもりだ。
これ以上、大切な友のことを、そして己の信じる友情を裏切るまいと、トオルは心に誓う。
「どうしたの……?」
「あ、いや、ごめんちょっと混乱してて」
当たり前のように不審に思う友戯に苦しい言い訳をしつつ、
「それよりあの、シたいってのは?」
話を進めようと試みるが、
「えっと……その、前からずっとシたいって思ってて、でも一緒にヤれる人がいなかったから……あっ、でも誰でも良いって訳じゃなくて、だから、そのっ……」
返ってきたのは、まさかの両方正解という現実。
何せ、この言葉を意訳すると『すけべなことがしたかったけど、相手がいなかったからできなくて、でもトオルだった良いよ』ということになるのだから、疑いようもない。
しかも、その言い方も絶妙で、クールな口調は崩さないよう頑張りつつも、やはり恥ずかしい気持ちを隠しきれない感じが伝わってくるこの萌え力(もえぢから)の高さ。
──ヤダもう最高……カワイイ……。
もはやトオルの脳内では恋愛の方に天秤が傾き、心の中で機関銃を乱射するくらいにハッピーな盛り上がりを見せていた。
「分かった、友戯」
「っ! ほんと……?」
「ああ」
トオルの答えはもちろん、是非も無い。
友戯の嬉しそうな反応を見れば、尚更だ。
──ヤるんだな!? 今……ここで!
念のため、心の中で自分自身に問いかけるが、もはや止まることはないだろう。
正直、何もかもが初めて過ぎて内心ビビりまくってはいるが、ここで退いては男が廃る。
次の授業はどうするのかとか、友情云々はどうしたのかとか、色々考えないといけないことがあるような気はするが、もうヤケだ。
覚悟を決めた少年は、ゴクリと唾を飲み干しながら彼女の肩に手を伸ばそうとし、
「──うんっ……また一緒にシよ、ゲームっ」
「応ッ!! …………ん?」
その寸前、予想外の単語が耳に入り動きを止めた。
──え、あ、んん……げー、む……? ああっ、ゲームねゲーム!!
一瞬、理解できなかったその単語は、よくよく考えなくとも耳馴染みのあるものである。
──ん? ゲーム……??
しかし、単語の意味を理解すると同時に、この状況の不可解さにより磨きがかかってしまう。
「はぁ……良かった、やっと言えた……」
一方、友戯はと言えば、とても安堵した様子で胸をそっと撫で下ろしていた。
いつの間にか顔はケロッと平静な無表情に戻っており、先程まであったはずの色香などはすっかり霧散してしまっている。
「ああっと……? あれ、一緒にゲームしたい……って、言いたかった、の?」
「うん」
「昔みたいに?」
「そう」
どういうことだと再確認してみれば、何でもないことかのように短く肯定される。
──ほうほう、なるほどね〜。
つまりこうだ。
友戯のやつは俺とまた昔のように友達になりたいと。
そしてもちろん、それはこちらも同じわけで、これは要するに両思いということを示している。
冷静に思い返してみれば、確かに辻褄は合っているようだ。
という訳で、これにて一件落着、一件落着……
──いや、なんじゃぁそりゃあッ!!??
トオルは心の内で叫んだ。
それはもう叫んだ。
──いやまあ良いんだけどね? 俺も元々そのつもりだったし?
結果的に言えば万々歳ではある。
あるのだが、ツッコミどころがあまりに多すぎるのだ。
なんであんなに思わせぶりだったのかとか、主語が欠けすぎじゃないのかとか、言いたいことだらけである。
一方、あれだけのことをした当人は全くもって気にした様子もなく、これではいったい、自分の葛藤はなんだったのかと思わずにはいられない。
それに、期待させられるだけさせられて裏切られたこの純心はどうしてくれるのだろうか。
それら様々な心情を無視して心を落ち着かせるほど、思春期男子は成熟していないのだ。
「またよろしくね、
だが、そこは思春期男子。
同時に単純すぎるその心は、優しく微笑む友戯の顔を見た瞬間、力が抜けていく程度には素直だった。
──そういや、こんなやつだったな……。
今更ながら友戯は昔から天然なところがあったことを思い出す。
そうなると、昔から変わらないところもあるんだなと、むしろ嬉しい気持ちが勝ってきてしまうものだ。
「おう……」
結局、友戯の魔性さのような何かに負けたトオルは短くそう返すと、自身もまた安堵の息をつきながら天井を見上げるのだった。
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