第3話 ※これは健全な再会です。③
突如として現れた、密室空間。
それも、あの友戯と二人きりという絶望的なシチュエーションのおまけ付きに、トオルはただ座って膝に顔を埋めることしかできなかった。
──ボール入れ片付けに来ただけなのに……。
軽く引き受けた過去の自分を恨まずにはいられない。
誰がこんな事態を想定できるだろうかとは思うものの、今はそうでもしていないと余計なことに意識が向きそうなので仕方がないだろう。
なお、外に人がいないか声を出して確認したが、そちらは空振りに終わっている。
──友戯のやつ、随分と余裕そうだ。
訪れた沈黙の中、もう一人の被害者へと視線を向けてみれば、そこには立ったまま跳び箱に背を預けつつ、通気用の窓に視線を向ける少女の姿があった。
差し込む光に照らされたその横顔は、凛々しいようにも、儚げなようにも見え、本人の端正な顔立ちも相まって非常に絵になっている。
──それにしても、綺麗になったな。
面影はあれど、昔とはまるで違うその成長ぶりに、トオルは思わず見惚れてしまうが、
「っ……」
そんな視線に気がついたのか友戯がこちらを振り向いてきた。
「……?」
トオルは慌てて顔を背けるが、間に合わなかったようだ。
不審に思ったのか、今度は友戯からの視線を浴びることになってしまった。
──くそ、どうするのが正解なんだ!?
しかし、だからと言って友戯から声をかけてくることもない。
このまま行けばひたすら続く沈黙の中、彼女からの視線を浴び続けるという気まず過ぎる状況からは免れられないだろう。
だが、一方でどう声をかければ良いのかもまとまらない。
『久しぶりだな』『また友達になってくれないか』『まだゲームやってるのか?』言いたいこと、聞きたいことはいくらでもある。
ただそれを発信するための最初の一言が、どうしても出てこないのだ。
──友戯はいったい、何を考えてるんだろうな。
分からないこと言えば、友戯の考えてることも分からなかった。
扉が閉まって以降、一言も発していない彼女だが、特に理由がなければ普通は会話の一つくらい試みるだろう。
──まさか、な。
一瞬、友戯もまた、自分と同じように悩んでいるのではないかと期待したが、すぐにその可能性を否定する。
──今の友戯は、俺とは違う。
昔と変わらず少ない友達とゲームをするだけの地味な自分と、誰とでも気兼ねなく話せるうえ男女問わず人気のある友戯。
比べるべくもなく釣り合わない人間だ。
なのに、
──なんで話しかけてこないんだ?
湧いてくる、単純な疑問。
男子とだって気兼ねなく話せる彼女が、なぜ自分にだけ話しかけてこないのだろうか。
理由は分からない。
──分からないが……。
ふと、気づいた。
少なくとも、話しかけにくい事情があるのは間違いないのではないかと。
──友戯……。
視線を上げ、相変わらず何を考えているか分からない彼女の方を見てみれば、さっと視線を逸らされてしまう。
『ええっとそれ、もしかして──』
確か、初めて会ったあの時もこんな感じだったと、トオルは遠い記憶を思い出していた。
こちらをじっと見てくるだけの彼女に焦れったくなった自分が、同じゲームをやっていることに気がついて声をかけた、そんな記憶。
「なあ、友戯」
「っ!」
気がつけば、トオルは声を出していた。
「久しぶり、だよな」
「……うん」
無難な一言目に、友戯は視線を逸らしたまま頷く。
「その、元気だったか?」
「……うん」
上手く、言いたい言葉が出てこない。
「あ、えっと、ゲームとかって、まだやってるのか?」
辛うじて出た、聴きたかったはずの質問は、
「ごめん、最近は、あんまり……」
彼女を俯かせるだけに終わってしまう。
「そ、っか……」
「うん…………」
そうして、ようやく始まったはずの会話は、ものの一分足らずで終わりを告げた。
友戯は気まずそうに腰を下ろし、先程までのトオルと同じように膝に顔を埋めてしまっている。
──勇気、出したんだけどな。
結果を見てみれば大失敗だった。
やはり、予想は正しかったようである。
友戯はあの頃とはもう違うのだと、こうして現実を突きつけられれば諦めざるを得ない。
それが分かっただけでも、きっと良かったのだ。
──さようなら、俺の親友よ。
そう心の中で別れを告げたトオルは、ただじっと時が過ぎ去るのを待とうとし、
「ねぇ」
「ッ!」
意識の外からやってきた友戯の言葉にビクリと肩を跳ねさせる。
顔を上げ、友戯の方を見てみれば、彼女のジトッとした左目と目が合った。
が、今度はそれが逸らされることなく、一直線にトオルへと向けられている。
「えっと……?」
動揺を隠せないトオルは反射的に声をかけるが、
「…………」
「ちょっ!?」
そんなトオルの心持ちなど知ったことかとばかりに、友戯が距離を詰めてきた。
座っていた体勢からそのまま四つん這いで近づいてくるその姿はどこか妖艶で、トオルの鼓動は自然と加速していく。
──ち、近いっ……!!??
そして、そのまま直進を続けた友戯は最終的に、顔に息がかかりそうなまでの至近距離までたどり着いていてしまっていた。
──な、何なんだっ!?
困惑が脳を支配するも、必然、視線は彼女の顔に釘付けにされる。
長いまつ毛に、潤んだ
艶のある黒髪は流れるようにさらさらで、陶器のように白い頬は心なしか、赤く上気しているように見えた。
さらに、張りのある薄桃色の唇とそこから漏れる吐息は、これでもかとばかりに彼女に色香を持たせる始末。
──ゴクッ……。
唾を飲むトオルの心臓は、すでに爆発寸前。
そんな状態で、友戯が耳元に囁いてきた言葉は、
「一緒にシよ──」
どう考えても誤解を免れえない、着火剤のような代物なのだった。
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