第2話 ※これは健全な再会です。②
着替えの後からしばらくして、特に何も起きることなく5限目である体育の授業は終わっていた。
まあそもそも、同じ体育館にいるとは言え、男女別々での授業なので当たり前なのだが。
「おい日並、これ片してもらえるか?」
半ば諦めつつも、自然と目が
振り返れば、そこにはバスケットボールの入ったカゴがあった。
「あ、はい分かりました」
すぐに意味を理解したトオルは二つ返事でそれを引き受ける。
教師から言われれば誰でも頷くことだとは思うが、トオルとしては別に面倒事という訳でもない。
一人、また一人と体育館を去っていく中、無心で倉庫へと向けてカゴを押していく。
「いやーやっぱ友戯いいよなー」
しかしその途中、不意に件の名前が聞こえてきたのでピクリと止まってしまう。
「へー友戯か」
「なんと言うか、クールなんだけどこう、ときおり女の子っぽさも垣間見えるというかさ……」
「あー分かる、中性的って言うの? 友戯って男子とも普通に喋るけど、声も見た目も普通に可愛いの卑怯だよな」
「ええ? お前らそっち派だったのか、俺は──」
盗み聞きは良くないと思いつつも身体は正直なもので、気がつけばしっかりと聞き入っていた。
──あいつ、そんな風に見られてるのか。
無理もない、とトオルは思った。
今の友戯は、かつて友人だった自分が思わず意識してしまうほどには魅力的なのだ。
クラスの男子が彼女に対して恋心を抱いたところで何らおかしくはない。
──もし友戯が誰かと付き合ったら。
だが、彼女がそういう目で見られているのを実際に聞いてしまったトオルは何とも複雑な感情に苛まれていた。
もちろん、友戯に対して恋愛感情を抱いてはいない。
しかし、友戯が誰か別の男子の隣で笑っている姿を想像すると、記憶にある彼女がどこか遠くに行ってしまうかのような、そんな錯覚に陥ってしまうのである。
──いや、俺には関係ないことか。
とは言え、友戯のことは友戯が決めることだ。
少なくとも、今は友達ですらない自分が杞憂することなど何も無いのだと、トオルは自分を鼻で笑いながら再びカゴを押し始める。
──へ?
そして、そんな風にかつての友のことを考えてながら倉庫に到達した、その時だった。
──う、嘘だろっ!?
カゴを押して倉庫に入った矢先、影になって見えなかった位置に例の少女──友戯の背中を見つけ、鼓動が跳ねる。
──まずい!
トオルは焦った。
このままでは強制的に会話が生まれそうなシチュエーションだったからである。
会話をする真にいい機会ではありながらも、先ほどの件があったせいか心の準備はまるでできていないのだ。
──気づかれる前に立ち去るしかないっ。
そう思い、すぐさま来た道を戻ろうとするが、
「「あ」」
カゴから手を離して振り返ったその瞬間、彼女の眠たげに細められたような瞳と目が合ってしまった。
刹那、時が止まったかのように静寂が訪れる。
「…………」
「…………」
互いに言葉を発さず、目線を外すこともない。
──な、何だこの状況ッ!!??
自分が固まるのは当然、理解できた。
以前から意識していたうえに、話す言葉が未だに見つからないのだから。
しかしどうやら、友戯も少なからずトオルの存在を認識していたのだろう。
数年ぶりの対面に、言葉が出ないようだった。
──うっ、やっぱり女子だこれ……!!
そうして沈黙が続いたせいか、自ずと意識は彼女へと吸い寄せられる。
青いジャージに、同じく青のショートパンツ。
一見して普通に学校指定の体育着を着ているだけだが、ジャージのサイズがやや大きいのか、手もとが巷で言う萌え袖のようになっている。
ショーパンから伸びるスラリとしつつも程よく肉のついた脚などはもはや語るべくもなく女子のそれであり、時間が経てば経つほどますます話しかけるハードルが高くなっていく。
──ええい考えるな!!
しかし、次の授業もあるのだ。
いつまでもこうしてはいられないと、トオルは雑念を振り払う。
「あの──」
そして、ついに沈黙を打開しようと意を決したその直後、
ガコンッ!
突如割って入ってきた鈍い音に、トオルは思わず肩を跳ねさせ言葉を止める。
音のする方を見てみれば先程まで開いていたはずの扉がピッタリ閉まっていた。
誰かが来た気配もなかったことから、立て付けが悪くて勝手に閉まったのだろうかと予想をつける。
「あ、えっと、それじゃ……」
だが、その音が代わりの合図となったのか、友戯は気まずそうに呟くとそそくさと扉の方へ向かっていった。
──はぁ……また駄目だった……。
これで何度目だろうか。
話しかける機会自体は無かったわけでもない。
今回に至っては、かつてないチャンスであったにも関わらず、結果はいつもと変わらなかった。
──もう無理なのかもな。
そもそも、男女での友情を信じるのには無理があったのだ。
家に呼んで、一緒にゲームをしたり、お菓子を食べながらマンガを読んだり──そんなことができるのは、文字通り小学生までだったに違いない。
──うん、そうだ。
諦めよう。
今回で駄目だったのは、つまりそういうことなのだと、トオルは自身の胸に語りかける。
彼女のことは忘れて、改めて普通の高校生として……
そんな風に、どんどんと気持ちが落ち込んでいた最中だった。
「…………?」
ふと違和感に気がついて現実に意識を戻す。
すると、そこには相変わらず閉まったままの扉と、あの友戯の背中があった。
どういうことかと視線を送っていると、しばらくして振り向いた彼女は少しの逡巡の後、
「ええっと……開かない、みたい……」
そう、とんでもない事実を告げるのだった。
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