ちょっと待て。

 彼女のこと、何て呼ぶべきか。

(りりぃ、は絶対まずい!) 

 親しい間柄でもないのに梨々花りりかさんは馴れ馴れしいよな。だとしたら今井さんか。それはそれで堅苦しい感じ。

 迷っている間にりりぃが小雨の降る屋外へ出て行きそうだった。


「こんにちは、りりさん」

 思わずそう呼んでいた。

こうくん! え、今日学校なの?」

 俺を見上げ、くりくりっとした大きな瞳をこちらへ向けた。

「いえ、休みです。今から仕事ですか?」

「そうだけど……」

 どう見ても、この急な雨に困っている様子。

「よかったらこれ、使ってください」

「えっ、でも──」と言うりりぃの手首を掴み、手のひらに置いた。

「時間、まだ大丈夫ですか?」

「まだ出勤まで余裕あるから平気。あ、よかったら喫茶店でもいきます?」

 りりぃの口からとんでもない発言が飛び出した。社会人の社交辞令的な感じなんだろうか。

 すみません。俺、そんな心の余裕ありません。

「いえ、ありがとうございます。りりさんに伝いたいことがあって来ただけなんで」


 まず第一関門クリア。

 緊張で今度は背中の汗がすごい。ひとまず人の通らない場所へ彼女を誘導した。

 雨の日、一緒にいた男性の存在も気になる。だから渡すのは今しかない、言うチャンスは一度きりだって思った。

 ポケットから飴を出し「あげます」と言って、彼女の手のひらにのせた。「あ、蜂蜜のど飴。ありがとう」と受け取る。

 初めて触れた、りりぃの小さな手のひら。花が開花する前の蕾のようだと思った。

 続いて先程買い求めた一輪の花を、袋ごと彼女に渡した。


「えー、これってうちの花屋のものだね? アナベル!」

 店の紙袋に気づき驚いた表情を見せるも、すぐ嬉しそうに微笑む。

「そです」

「私に?」

 でもどう答えていいか、ちょっと困った顔。

「はい。俺の一番好きな花です」

「わあ! 煌くん、花好きなんだ?」

 驚いたり笑ったり、表情豊かなりりぃ。

 俺はごくりと喉を鳴らし覚悟を決めた。


「りりさんとは挨拶するくらいだし、まだ何も知らないことばかりです。俺、りりさんに会った時からずっと好きでした」

「え……煌くん、でも私君より年上だよ?」

「それはわかってます」

 りりぃが幾つなのか知らないけど、俺は十八歳高校三年生。多分そう言われると覚悟していた。

「俺は年齢全然気にしない方だけど、やっぱ、りりさんは気にしますよね?」

 不安を消したくて聞いてみた。

「ううん。私も煌くんと同じ。好きになったら年齢とか関係ないかもしれない」

「だからもしチャンスがあるなら、俺のこともっと知ってほしいです。友達になってもらえるなら、りりさんのことも知りたいって思ってます」


 ああ──俺、人生で一番頑張った瞬間かもしれない。

 暑さのせいなのか緊張しているせいなのか、背中にかいた汗が今頃になって気持ち悪さを覚える。

 彼女に伝えたいことは伝えた。

 この先どうなっても悔いはない。

 一輪のアナベルにそっと鼻先を近づける、りりぃ。クンッと匂いを嗅いだ。

 






 

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