八
ちょっと待て。
彼女のこと、何て呼ぶべきか。
(りりぃ、は絶対まずい!)
親しい間柄でもないのに
迷っている間にりりぃが小雨の降る屋外へ出て行きそうだった。
「こんにちは、りりさん」
思わずそう呼んでいた。
「
俺を見上げ、くりくりっとした大きな瞳をこちらへ向けた。
「いえ、休みです。今から仕事ですか?」
「そうだけど……」
どう見ても、この急な雨に困っている様子。
「よかったらこれ、使ってください」
「えっ、でも──」と言うりりぃの手首を掴み、手のひらに置いた。
「時間、まだ大丈夫ですか?」
「まだ出勤まで余裕あるから平気。あ、よかったら喫茶店でもいきます?」
りりぃの口からとんでもない発言が飛び出した。社会人の社交辞令的な感じなんだろうか。
すみません。俺、そんな心の余裕ありません。
「いえ、ありがとうございます。りりさんに伝いたいことがあって来ただけなんで」
まず第一関門クリア。
緊張で今度は背中の汗がすごい。ひとまず人の通らない場所へ彼女を誘導した。
雨の日、一緒にいた男性の存在も気になる。だから渡すのは今しかない、言うチャンスは一度きりだって思った。
ポケットから飴を出し「あげます」と言って、彼女の手のひらにのせた。「あ、蜂蜜のど飴。ありがとう」と受け取る。
初めて触れた、りりぃの小さな手のひら。花が開花する前の蕾のようだと思った。
続いて先程買い求めた一輪の花を、袋ごと彼女に渡した。
「えー、これってうちの花屋のものだね? アナベル!」
店の紙袋に気づき驚いた表情を見せるも、すぐ嬉しそうに微笑む。
「そです」
「私に?」
でもどう答えていいか、ちょっと困った顔。
「はい。俺の一番好きな花です」
「わあ! 煌くん、花好きなんだ?」
驚いたり笑ったり、表情豊かなりりぃ。
俺はごくりと喉を鳴らし覚悟を決めた。
「りりさんとは挨拶するくらいだし、まだ何も知らないことばかりです。俺、りりさんに会った時からずっと好きでした」
「え……煌くん、でも私君より年上だよ?」
「それはわかってます」
りりぃが幾つなのか知らないけど、俺は十八歳高校三年生。多分そう言われると覚悟していた。
「俺は年齢全然気にしない方だけど、やっぱ、りりさんは気にしますよね?」
不安を消したくて聞いてみた。
「ううん。私も煌くんと同じ。好きになったら年齢とか関係ないかもしれない」
「だからもしチャンスがあるなら、俺のこともっと知ってほしいです。友達になってもらえるなら、りりさんのことも知りたいって思ってます」
ああ──俺、人生で一番頑張った瞬間かもしれない。
暑さのせいなのか緊張しているせいなのか、背中にかいた汗が今頃になって気持ち悪さを覚える。
彼女に伝えたいことは伝えた。
この先どうなっても悔いはない。
一輪のアナベルにそっと鼻先を近づける、りりぃ。クンッと匂いを嗅いだ。
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