三
「おはようございます。今日も暑いですね」
俺に気づいた彼女。作業する手をわざわざ止めて声をかけてくれた。
「おはようございます。確かに暑いですね」
不覚にも、りりぃは会話を求めてきた。
頼みの伊織もいないし、どうする俺。
(毎日ここ通るし。通行人に挨拶するのはショップ店員だからだよ。それ以外何もない。何も)
立ち止まって彼女の方へ顔を向けるが、まともに彼女の顔も見れない。顔から汗が噴き出してくるのが恥ずかしかったから。
軽く会釈をして彼女の前を通り過ぎた。
今日こそは自分から挨拶しようと誓ったはずなのに。
軽く落ち込むも気になるのは彼女のこと。
まだ俺を見ているのだろうか、それともただの通りすがりの通行人だから気にも留めずに作業に没頭しているのだろうか。
勘違いも甚だしいなと思いつつ、考えれば考えるほど気になって仕方がない。手を突っ込むポケットの中で、飴の包みがカサリと音を立てる。
俺は視線ごと体を後ろへ向けた。
りりぃと目が合う。
(マジか、こっち見てる)
俺も驚いたけど、りりぃはもっと驚いた顔してた。嬉しくなって気づいたら彼女の元へ駆け寄っていた。
「これ、あげます」
ポケットの中にあった飴を彼女に差し出した。蜂蜜のど飴。
「あ、ありがとう······ございます。でもどうして?」
彼女の言うどうしての意味を咄嗟に考えた。
一つはどうして蜂蜜のど飴なのか。
(そう言うことではない)
もう一つはどうして自分の元へ戻ってきたのか。
(多分こっちが正解)
「お礼です」
「えっ、お礼?」
なおも驚く、りりぃ。
そのくりくりっとした大きな瞳が好きだ。
「はい、いつも俺達に挨拶してくれるから」
「ああ、それで。そう言えばいつも友達と一緒ですよね」
安心したような納得した表情になっていた。
「蜂蜜のど飴、嬉しい。これで声もよく出せると思います」
「良かったです」
役に立ったじゃないか、蜂蜜のど飴。軽く会釈してから学校へ急いだ。後ろはもう振り向かなかった。
彼女が幾つかは知らないけど、毎日朝から働いているから自分よりは年上だ。
今、現在進行形でりりぃに思いっきり片想いしている。それは彼女に出会った瞬間から始まった。世間一般的に言う、一目惚れだ。
高校生の俺なんて恋愛対象には見てもらえないかもしれない。それに断られるのがわかってるから先へ踏み込めない。
こんな草食系男子は、彼女も出来ずにただひたすら他の恋人同士を見ては溜息をつくしかないのかと考える日もあった。
でも好きな人ができて、初めてこんな自分を変えたいって本気で考えた。一度に全部を変えていくのは無理があるけど、少しずつでもいいから恋に臆病な自分とさよならしたい。
(そんなこんなで俺、りりぃとめっちゃ会話したやん。頑張った)
彼女にあげた蜂蜜のど飴。
よくよく考えてみたら手汗の酷い手のひらで握ってたから、中身大丈夫だよなと今更心配になってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます