二
オフィスビルが建ち並ぶ大通り沿いを歩いていくと、そこだけがまるで異国にいるような佇まいの花屋がある。そこを毎朝ほぼ決まった時間に通過する。
店には色とりどりの切り花が所狭しと並ぶ。ガクアジサイ、向日葵、バラ、ガーベラなど季節の切り花たち。
こう見えて(外見からはそう見えないらしい。チャラくないのに)、花は好きだから花の種類はある程度知っている。親が花好きなのも関係してるのかもしれないな。
紫陽花ひとつとってみても種類豊富で興味深い。俺の好きな紫陽花は──と聞かれたら迷わずアナベルと答える。小さな花びらが重なり合っていて好きだ。アナベルの花言葉は今の俺の気持ちにぴったりだから特に好きなのかもしれない。
そして今日も彼女に会うため花屋をめざす。
昼飯を買うためコンビニに行った伊織、今日は隣にいない。緊張と暑さでポケットに突っ込んだ手は手汗でぐっしょりだ。
「りりちゃん、それが済んだらこれもお願いね」
「はあい」
近づいていくと、ちょっと高めの優しい彼女の声が聞こえてきた。店先でいつものように切り花を一本一本、確認しながら大きな器に入れていた。
彼女の名前、職場の人にりりちゃんと呼ばれているから『りり』と言うのだろう。だから俺は彼女のことを脳内で『りりぃ』と勝手に呼んでいる。
それにだ、俺のこの夏の制服。
濃紺色で夏素材の半袖カッターシャツ。胸元に校章のエンブレムが刺繍されていてわりと気に入っている。細かな千鳥格子が入ったスラックスとよく合うと思った。
なぜ気に入ってるのか。
それは、りりぃが褒めてくれたから。
濃紺色のシャツに水色系チェックのネクタイ。俺も他では見たことがない。「素敵な制服ですね」と、りりぃが話しかけてくれたのが初めての会話だ。
その時は親友の伊織もいて、その伊織と話してた──が正解だけど。
今の俺にとって彼女の言葉はお守りのようなもの。それだけで今の俺を支えている気がする。勉強なりスポーツなり。
今日こそ──今日こそは言うぞと心に誓う。彼女よりも先に、おはようございますを言おう。
ただの朝の挨拶くらい、すんなり言えよって思うだろうね。だけど俺にとって好きな人に話しかけるとか、それはもう家族総出の一大イベントみたいなもんなんだ。
緩やかな登り坂で息が少し上がり、彼女への期待感も相まってリンクするように心臓の鼓動が早くなる。
そんなりりぃが、いきなり立ち上がってこちらを向く。
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