第一章

 俺、元宮 煌もとみや こう。高三、十八歳。

 親友の伊織いおりと地下鉄を降りて地上へと出た。

 今日も朝から気持ちいいくらいに快晴だ。夏の熱い日差しが早くもアスファルトに照り付けている。

 首筋に幾度となく汗がつたい、重めの前髪が余計に暑さを増した。

 だからと言って、せっかく伸びてきた前髪を切りたくはない。ましてや外で女子みたいにピンで留めるわけにもいかないし。


(俺もハードワックスで立たせておけばよかったか)


「あーマジしんど。しっかしさあ、何だかんだ俺ら電車通学も頑張ってんよな」

 俺は「それなあ」と疲労した顔で伊織いおりの逆立つ髪に目を向ける。

   

 満員御礼の電車通学、高三になった今も慣れないでいる。

 数分おきに地下鉄が発車するというのに、学生とOLさんとスーツ姿のサラリーマンでほぼ毎回ギュウギュウ詰め。

 息ができないほどの密閉空間に意識が飛びそうになる──時もある。

 この世界で家族のために働く彼ら。雨の日も風の日も、いつだって頑張ってるんだなと思うことで、自分の親に感謝するようになった。

 今まで感謝してなかったのか、と言うわけでもないけど。

 当たり前であることの幸せ。

 自分の人生。十八歳になった今、これからどう歩もうかと考えるようにもなった。

 いつかは感謝の気持ちを何か形にしたいな、という思いが頭の片隅にはある。


こう、俺さ、今日母さん弁当作ってくれんかったんだよ。ちょっとコンビニ行きたいから先行くわ」

 伊織は手を上げて走っていく。

「おー」

 走る伊織の背中を見送りながら、再び緩やかな坂道を歩き始めた。 


 田島 伊織たじま いおり

 高一で同じクラスになって以来、何となくいつも一緒にいるようになって。しかも同じ地下鉄の路線に乗ることもあって、さらに意気投合。

 部活に入るつもりはなかったけど、伊織に押し切られる形で一応イラスト部には所属していた。

 ただ好きなように描いている。そして自由参加。それが今まで続けてこれた理由。

 俺自身、絵を描くのは好き。でも自由に描きたい派。ここは趣味の延長線上にいるような感覚でやれた。

 大学受験のため三年生は引退したけど、入部してよかったと改めて思う。強引に誘ってくれた伊織に感謝しないと。

 あいつ、将来はデザイン関係の仕事に就きたいからと美大に行くと言っている。俺は正直まだどんな仕事に就きたいのか、考えがまとまっていない。大学には行くけど。


 後で伊織にジュースでも奢ってやるかと、ブレザーのポケットへ手を突っ込む。

 掴んだのは五百円玉と百円玉の一枚ずつと、飴が一粒。それをぎゅっと握りしめた。

 

 




 




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