0058 対【樹木使い】戦~入江の戦い(2)

 ――ここで一当てする。

 リッケルの挑発を聞いた上で、俺は即座にそう決断した。


 ル・ベリに率いさせてきた援軍と合わせ、走狗蟲ランナー100体と戦線獣ブレイブビースト10体を中心とした主力に突撃を命ず。

 引き絞られた矢か、投擲されるのを今か今かと待ち構えていたアフリカ投げナイフであるかのように、走狗蟲ランナー達は足爪の一撃を見舞うべく俊敏な機動で全身を回転させて吶喊する。一方で、数を揃えた戦線獣ブレイブビースト達は突撃はさせず、その名の通り"戦線"を形成させ、軽い早歩きという速度で進めさせた。

 縦横に奇襲突撃を繰り返す走狗蟲ランナー達が、ヒットアンドアウェイを行うための"盾"とするためである。


 副伯バイカントリッケルその人と、彼の部下――ソルファイド曰く『枝魂兵団』の構成員――と思しき「樹人」達に対し、俺は短時間の間に十数度も【情報閲覧】を試みて、ようやくその"名称"が『魂宿る擬人』であることを突き止める。

 【木の葉の騒めき】の中から聞こえてきた【樹身転生】というおそらく技能スキルの発動と合わせ、あの植物パーツで人体を模した"人型"が少なくとも今のリッケル達の「容れ物」であろう。本当に「転生」して魔獣の身体を得たのか、はたまたそれが遠隔操作による代物なのかまではわからないが、一見して司令塔であることは明白。


 4体の『樹人』を護るようにして「樹木樹」と、さらに様々な形状の葉を生やす低木や、蔓の塊で構成されたような藪が形成されていき――『樹人』達もまた余裕に満ちた所作で、急速に入江を"領域化"させて広がっていく『生まれ落ちる果樹園』の中に退こうとする。

 食らいつこうとする走狗蟲ランナー達を、次々に産み落とされる四つ足の『たわみし偽獣フェイク=ビースト』達が迎撃し、侵略せる"森"の前はにわかに乱戦状態となった。


 戦場に全身全霊で意識を集中させる俺のそばに、軽い地響きを鳴り響かせながら、城壁獣フォートビーストのガンマが到着。俺を担ぎ上げ、その五本角の頭部に登らせてその広く分厚い"硬殻"を掲げ、俺が遮蔽に活用できるように身構える。

 その眼下、螺旋獣ジャイロビーストのアルファとデルタと共に、ル・ベリが"鉤爪触手"の異形を駆使して『生まれ落ちる果樹園』に向けて、拳大から人間の頭部ほどの大きさの石を全力投弾。走狗蟲ランナー達の合間をすり抜け――見事なるエイリアン的連携――数体のたわみし偽獣フェイク=ビーストを打ち砕く。


 さらに数発は『果樹園』の奥に引っ込もうとする『樹人』達の狙撃を狙ったものであった。

 足の遅い噴酸蛆アシッドマゴットは連れてきてはいない。このなし崩しの強襲は、リッケルが構築してくれた「橋頭堡」の戦力を図るためのものであり、今ここで決戦をしようというものではない。近場の『環状迷路』の地上出口の一つへの一時撤退も視野に入れており、その場合は噴酸蛆アシッドマゴットが狩られる恐れがあったため、アルファ達に"投擲役"を任せたのである。

 デルタが"四腕"で握り砕いた石礫をオーバースローで投擲し、それらが宙でバラけて散弾のように『果樹園』に降り注いで、生まれかけの『果実』や新芽などのやわい部分をまとめて抉る。さらに、ル・ベリが【四肢触手】を器用に構え、槍投げの容量でカゴいっぱいに運んできていた小醜鬼ゴブリン諸氏族の「槍」を『樹人』達めがけて投げ込んでいた。


 "観測手"は『哨戒班』の遊拐小鳥エンジョイバード達である。

 手当たり次第の豪投と見せつつ、即座に着弾地点や軌道の情報が副脳蟲ぷるきゅぴ達によって情報処理され、連携・同調される。数本の「槍」が樹人の1体をかすめ、さらにアルファが不意に彼の背に「爆酸殻」と共に転移した心なしかドヤ顔のベータからそれを受け取り、パワーファイター型ピッチャーの如く「魔球:強酸ぶち撒け弾」とでも命名できそうな一撃を叩き込んで『果樹』が1本、爛れ崩れ溶け落ちていく。


 射撃戦、投擲戦では緒戦の有利を制したか。

 だが【樹木使い】側の対策も早かった。形成され深みと厚みと鬱蒼さを広げていく『果樹園』の奥から、わらわらと蜘蛛の姿を模した魔獣――『絡め取る偽蜘蛛フェイク=スパイダー』が無数に現れ、粘着く新緑色の"蔓"で編んだ「蜘蛛の巣」を形成し始める。

 そしてそれは螺旋獣ジャイロビーストの捩れた筋肉から繰り出される投弾をも受け止め、絡め取ってしまうものであった。


 さらに、次の瞬間、森の奥から壮絶な"金切り声"の多重奏。

 神経を逆なでされ、さらに頭痛を強制的に誘発されたかのような不快感を感じて、俺は思わず耳を塞ぐ。

 見れば『絡め取る偽蜘蛛』達が生み出した"蜘蛛の巣"の合間から、朝鮮人参をひねったような身体をし、さらに頭の上に毒々しいまでに鮮やかな紫色の花を咲かせた新たな魔獣が出現している。【情報閲覧】が運悪く通らなかったため、ソルファイドから従徒献上アップロードされた知識を参照し――それらが『絶叫根精クライ=グロウル』であるとわかる。


 即座にエイリアン達にも「耳を塞げ!」と指示を下したが、間に合わない。

 陶器同士を激しくこすり合わせて引っ掻く音を、銅鑼によって極限まで増幅させたような壮絶な怪音が衝撃波となって響き渡り、少なくない数の走狗蟲ランナー達が怯まされてしまう。


 【樹木使い】との"基本種"同士の戦闘では、単に樹木が動物の姿を模しているに過ぎないたわみし偽獣フェイク=ビーストが継戦能力に優れていた。あくまで木の枝葉や根の類が動物の姿を象るに過ぎないため、多少胴体や頭を粉砕されようとも、怯まないだけではなく、へし折られた箇所からは、新たな芽とも根ともつかぬ根毛がわらわらと生え、元の「形」に戻ろうと再生を始めるのである。

 対し、敏捷性と闘争性では走狗蟲ランナーが勝っていた。折れた枝に切り裂かれて傷だらけとなりつつも、乱戦の中で徐々に『偽獣』達を押し込んでいたのだが――その気勢と鼻っ柱を"金切り声"によって挫かれた。


 怯んだ隙を逃すような容易い相手ではなく、数体の走狗蟲ランナーが狩られ、エイリアン達は群体本能によって一時、戦線獣達の"戦列"まで撤退。攻守逆転して追撃を仕掛けてくるたわみし偽獣フェイク=ビースト達であったが――俺達の出番だとばかりに豪腕を振り上げ、暴力の風の如く振り回す戦線獣ブレイブビースト達。

 そこにいつの間にか戦線獣の影に、足元に潜んで合流していた隠身蛇クロークスネーク達が蛇体を揺らして躍り出て、取りこぼしに斬撃を見舞う。さらに、狂犬の如く威嚇の咆哮を放ち散らしながら切裂き蛇リッパースネークのイオータが鎌刃を閃かせ、まるでチェーンソーを枝の密集地帯に投げ込んだかのように次々にたわみし偽獣フェイク=ビースト達を切り刻んでいく。

 見る間に、戦線獣の"戦列"の周囲に樹木型魔獣の身体を形成していた枝葉やら根やら蔓やらが撒き散らされるが――。


 ざわりと、魔素と命素の流れが『生まれ落ちる果樹園』の奥から、濃密な新緑の匂いと共に発せられる。

 すると次の瞬間、戦線獣ブレイブビースト達から距離を取ったたわみし偽獣フェイク=ビースト達が集まり始め――周囲に散らばった"植物の残骸"を巻き込みながら、まるで取り込んでいくかのように巨大化していく。

 そうして十数体分もの「枝葉」が互いに寄り集まるようにして再構成し――ギリギリ、みしみしと生木を絞る・・ような音を立てながら、より巨大な「獣」の姿を象っていく。


 それを見て俺は「阻止しろ」と命じるも、走狗蟲ランナー達の反抗を挫くかのように、再度の『絶叫根精クライ=グロウル』達による"金切り声"の嵐。

 一応、再度のそれに備えて、螺旋獣ジャイロビーストアルファとデルタを筆頭に戦線獣達を巻き込んでこちらも【おぞましき咆哮】によって対抗し、最初に食らったほどの被害はでなかったが――たわみし偽獣達の融合合体の阻止を妨害された事実は変わらない。


 その"足止め"を食らっていた間、みるみるうちに、戦線獣を見下ろすほどの巨躯にして、文字通り"丸太のような"四肢を持つ『撓れる虚獣フェイク=ギガント』達がその姿を現した。

 枝と根と蔓を乱雑にまとめて縛り、絞り、圧着するほどの高密度となった「骨格」と重量を誇示するように見せつけながら、巨象の如き四足の『虚獣』達がずしんと迫る。その威容はもはや、密度を限界まで突き詰めたような、最強の兵器とも名高い"丸太"の完全上位互換とも言うべき、森が生み出した質量の塊とでも言うべき存在であった。


「あれは……まずいな。アルファ、デルタ、ル・ベリ出ろ! 戦線獣ブレイブビースト達を支援してあのデカブツどもを黙らせろ!」


「御心のままに!」


 行きがけの駄賃とばかり、ル・ベリがかごの中の木槍をアルファ達にも投げ渡して投擲。

 と同時に螺旋獣はクラウチングスタートで、ル・ベリは四肢をジャンプスパイダーの如く大きく振って一気に"戦列"まで距離を詰め、それぞれに『虚獣』を1体受け持つ。戦線獣ブレイブビースト達は2~3体で『虚獣』を1体受け持ち、激しい乱打戦が始まる。

 この加勢により、戦線獣達は"戦列"を保つことに成功していた。

 特に螺旋獣の豪腕はもはや携帯式の破城槌に等しく、『虚獣』であろうが『偽獣』であろうが粉砕貫通して乾燥した若木をみしみしとへし折る音を幾重にも反響させ、戦線の天秤を一撃で押し返すに等しい。

 しかし、脅威に対抗すべく敵方もまた新たな手札を切ったか。更なる魔素と命素の流れが『果樹園』から渦巻き、『虚獣』や『偽獣』達に流れ込んでいることに俺は気づいた。


≪なるほどな、それがあの『樹人』どもの役割ってわけか≫


 撓れる虚獣フェイク=ギガントと螺旋獣のアルファ、デルタ、魔人ル・ベリ、戦線獣。

 たわみし偽獣フェイク=ビーストと走狗蟲、隠身蛇、切裂き蛇のイオータ。


 『哨戒班』達の目と感覚をも動員して仔細に観察すれば――【樹木使い】の魔獣達の身体が、絶えず【根枝一体】によってその形状を変化させていることがわかったのである。

 "斬撃"によって柔い箇所を分断しようとすれば「樹皮化」によって受け止め、引きずりこもうとする。ならばと"打撃"によって打ち砕こうとすれば「蔓化・根化」によって衝撃をいなし、絡め取って動きを封じて鋭く尖らせた"枝"による反撃を狙ってくる。


 俺の眷属エイリアン達による攻撃手段を見て、それに対して的確に自らの眷属達の植物パーツを変化させ、対抗してきていたのである。それは『偽獣』や『虚獣』自身の能ではなく――『果樹園』の奥から、彼らに対して技能スキル【根枝一体】による支援を仕掛けているリッケル率いる『樹身兵団』の仕業に違いなかった。

 それだけではない。ドロリとした気分の悪くなる深緑と新緑の匂いに、色とりどりの"花の香り"が混じったかと思うや、目に見えてたわみし偽獣フェイク=ビースト達の敏捷性が増しており、逆に走狗蟲ランナー達がまるで重しを四肢に括り付けられたかのように動きが悪くなっていた。


≪気をつけろ、主殿。それは『羽身の蜜花』と『重鎖の蜜花』に違いない≫


≪わかっている。副脳蟲ぷるきゅぴども、走狗蟲ランナー達と隠身蛇クロークスネークの連携を補助しろ。さっきとは個体戦力が逆転している、2対1か3対1で『偽獣』どもに当たらせろ≫


≪きゅきゅー! みんな目が回るさん状態なんだきゅぴー!≫


 叫ぶ余裕があるならまだ大丈夫だろう、と判断して悲痛な訴えきゅぴ声は放置。

 "戦列"は徐々に膠着状態となり、補充速度の差によって『果樹園』から次々と生み出されるたわみし偽獣フェイク=ビースト達の存在により、戦線獣ブレイブビースト達は押され始めていた。そして運悪く1体が、撓れる虚獣フェイク=ギガントによって引き倒され、援護しようとした走狗蟲ランナーがまたも『絶叫根精』の頭痛誘発金切り声によって動きを止められて遅れ、たわみし偽獣達によって滅多刺しにされて動かなくなる。

 ワンテンポ遅れて、狂乱して仇を討たんとその『虚獣』の懐に飛び込んだイオータが、滅多斬りによってまるで心臓移植手術でも行うかのように「胸部」を切開し――そこに移植臓器の代わりに爆酸蝸アシッドスネイルベータの【虚空渡り】が再び空間を歪ませて『爆酸殻』が置き逃げされる。

 尚も狂乱するイオータであったが――アルファがとっさにその尾をつかんで豪快に引きずり投げ離し、『虚獣』だけが爆酸によって文字通り"根こそぎ"その上体を内側から爛れ溶け焼け落ちさせ、どうと崩れ倒れた。


 『偽獣』もそうであるが、弱点と言うべき弱点が無い代わりに、その身体を構成する樹木のパーツを一定割合物理的に破壊すれば、全身を崩壊させることができることがわかっていた。


≪見たな、分析したな、理解したな? 副脳蟲ぷるきゅぴども、たかが「人」の操作能力と、エイリアン達を群体として共鳴・連携させるために生まれてきた副脳お前たちの力の差を見せてやれ。斬撃と打撃を同時に加えるように連携させろ、二者択一を押し付けてやれ!≫


 ならば、こちらが狙うべきは可能な限りの「部位破壊」。

 それも『樹人』達による【根枝一体】に対する――圧力である。

 俺の指示が速やかに副脳蟲ぷるきゅぴ達を通して"戦列"を支えるエイリアン部隊に伝わり、そこに現出したのは、偽獣と虚獣に対して常に"斬撃"と"打撃"を同じ部位に同時に加えるような連携攻撃であった。

 気付いてしまえば単純な話である。ある走狗蟲ランナーの足爪による斬撃を受け止めようと、偽獣が身体を"樹皮化"させるならば、それを見越して近くの戦線獣ブレイブビーストに間髪容れずに豪腕でぶち抜かせればいい。逆もまた然りである。


 そして"名付き"達も俺の意図を理解したようであり、イオータが蛇体を激しくしならせながらデルタと合流。その四腕から繰り出される"打撃"に合わせ、虚実を織り交ぜた"斬撃"で瞬く間に『虚獣』を追い込んでいく。

 支援をしていたであろう『樹人』による"樹皮化"と"蔓化・根化"は、その圧倒的なコンビネーションに対応できておらず、瞬く間に切り裂かれ殴り砕かれていく。


≪ガンマさん防いで!≫


 モノの絶叫、とほぼ同時にガンマが巨大甲虫の甲羅をそのまま腕として縫合したかのような"盾腕"を俺の正面に構えた、かと思うや「バギィィンッッ」という激しい衝撃音がガンマを揺らす。そのアンカー状の両足ががっしりと地面に食い込み掴んでいるため、よろめいたり後退することはなくガンマはビクともしなかったが――"盾腕"を遮蔽代わりに覗き込めば、『果樹園』の奥に再び『樹人』達が現れている。

 彼らが一様に、その上半身全体を覆うかのような、長大な樹木でできた攻城弩バリスタを構えていた。


≪"支援"のやり方を変えてきたみたいだな、名前は――『武具喰らいウェポンイーター』か。ソルファイド、お前の知識には無かった代物だな?≫


≪……主殿の副脳達からの情報を聞く限りは、『家具喰らいチェアイーター』の"派生種"に見える。あれも他と同じだ、樹木が模した魔獣だ≫


 さらに第ニ射、第三射と『武具喰らい』が化けた攻城弩バリスタの斉射が行われる。

 ガンマが"盾腕"をさらにX字状に構えて頭に乗った俺を覆って完全に護り――放たれた「樹槍」が生きている・・・・・ことをモノに続いたアインスから聞くなり、アンカー状の足をさながら四股を踏むように振り上げて、落ちた「樹槍」を踏み砕き潰した。

 【情報閲覧】で見ればそれは『槍持ち茨兵ソーンベアラー』という樹木型魔獣であり、死に際に周囲にその身体をばらけさせ・・・・・、まるでマキビシを大量に仕込んだ絨毯を広げたかのような「通行阻害」による地形変化を敢行してきていた。

 防御特化の城壁獣フォートビーストガンマには効果は無いが――他のエイリアン達にはこれは少々厄介であるかもしれない。


 俺に対する"狙撃"が不発に終わり、かつガンマの防御力を目の当たりにした『樹人』達は直ちに標的を"戦列"の戦線獣達に変える。『武具喰らい』が模した『攻城弩』によって"空飛ぶ槍"として放たれた『槍持ち茨兵』の直撃により1体が重傷を負うが、直撃しなかった『茨兵』がその場で"茨の絨毯"と化して行動を阻害し、退路を絶とうとしていた。

 多少の切り傷ならば、無視してそのまま突っ込ませる手もあったかもしれない。

 ……だが、ここが潮時・・であるか。


 通常、人間の武器として開発されたものとして言うのであれば「弩」の弱点はその装填時間の長さにある。

 しかし『樹身兵団』の操るそれは、あくまで構造を模しただけの意思あり自ら動き回る魔獣であり――つまり『樹人』達が第四射を放つ頃には、既に装填を終えた別の武具喰らい・・・・・・・が待機して、その手元から交代することで連射を実現していたのである。

 加えて、放たれる「樹槍」に入っていたのは『槍持ち茨兵』だけではなかった。

 【樹木使い】リッケルの"迷宮経済"の基礎を成す存在である『魔素吸い花』と『命素汲み花』、そして"リッケルファイバー"を海中に敷設してくれた根源である『網脈の種子ヴェインシード』がたっぷりと詰まった"弾"であったのだ。


 運悪く、それが腹に突き刺さった戦線獣ブレイブビーストが1体、みるみるうちに魔素と命素を吸い取られて苗床にされて倒れ伏す。干からびた死体を食らって『魔素吸い花』と『命素汲み花』がちょっとした「領域」をその場所に出現させ――まだ、わずか数点の単位ではあるが、俺の"迷宮経済"の魔素収入と命素収入が奪い取られ・・・・・たのが迷宮領主ダンジョンマスターの直感でわかった。


 さらに"悪い"報せもあった。

 『最果ての島』の各地に、おそらくは宿り木樹精ミスルトゥレントと同じようにこっそり侵入していたのか、少数だがあちこちでたわみし偽獣フェイク=ビーストが出現していることを『監視班』達が発見したのである。それらは島の野生動物達を狩っていたようであり――。


 "戦列"で走狗蟲ランナー達と殺し合うたわみし偽獣フェイク=ビースト達に変化が現れる。

 『生まれ落ちる果樹園』の奥から現れる新たな『偽獣』達の中に――明らかに翼を持った、鳥のような姿をした個体や、猪や狼に似た体格をした個体が混ざり始めたのである。『哨戒班』がイータを中心に連携した空中戦ドッグファイトを敢行して応戦するが、空の"眼"であった彼らの参戦は、情報処理という意味ではあまり望ましい流れではない。

 どうにも『北の入江』だけではなく、小規模ではあろうが他にも複数の「上陸地点」が形成されており、そこから宿り木樹精などが侵入してきているとしか思えない状況であった。


 ――今このまま力押ししても『生まれ落ちる果樹園』は落とせない。

 そう判断し、俺は奥の手を一つ切ることを決断する。


「来い! カッパー!」


 天に向かって叫ぶや、『哨戒班』から離れた位置でその頭部の大きな"一ツ目"による観測手に徹していた「空飛ぶ肉のリコーダー」の形状である『一ツ目雀キクロスパロウ』のカッパーが急降下し、俺の隣、ガンマの頭部の五本角の一つに止まる。

 【火】属性を使う能を得つつも、エイリアン達の共通の弱点である【火】に対する"怯み"はそのままであるため実質【火】魔法が制限された状態であるカッパーであったが――彼の活用法・・・を俺は考えついていた。


 ライダージャケットの胸ポケットから、属性障壁茸シールダー達から拝借した数片の【火】の『属性結晶』を取り出して左手に握りしめ、右手には『黒穿』を掲げ、技能【魔素操作】の発動を心のなかでそらんじる。

 同時に一ツ目雀キクロスパロウカッパーに【火】の力の発動を命じ――そう、自らの至近に【火】を生み出すことができないだけであり、離れた場所の『属性結晶』に対して力を送る形であれば、カッパーは【火】の魔法を行使することができることがわかったのである。


 問題は、それがぶっつけ本番となってしまったことであったが。

 ――副脳蟲ぷるきゅぴ達による【共鳴心域】を通して、俺とカッパーの間の迷宮領主ダンジョンマスター眷属ファミリアとしての"繋がり"がより明晰な形で波として五感の内に冴え渡る。

 今俺は【魔素操作】を通して魔素の流れを掌握しつつ、さらに一ツ目雀キクロスパロウの属性魔法操作能力を、手に持った【火】の『属性結晶』にカッパーから送り込まれる力を感じ取っていた。

 しかもカッパーが感じ取っている"感覚"を、副脳蟲ぷるきゅぴ達が全力で「翻訳」して俺の感覚に同調させており――言うなれば、ぶっつけ本番で俺は強制的に【火】魔法を発動するための"回路"だか"気脈"だかのようなものを俺自身の内に開通させようとしていたのである。


 さらにその中で『因子:火属性適応』が解析完了された時の"解析酔い"のイメージを、反芻し、意識の中に蘇らせて再現しながらそれを読み解いていた。

 物質が燃焼される際に放たれる焦熱と発光としての【火】という現象。

 それは物質の変化そのものの現れであり、発される激しい熱エネルギーによって、およそ知覚ある生物が【火】と認識するものによって食らいつかれたものが、燃焼し、爛れ砕け溶け変質し、燃えて激しく変転するという"現象"。


 ――【魔素】によってそれを成し、単なる【魔素操作】から【魔法】の形に昇華させるための法が、『因子』によって役割を与えられそのために摂理をも冒涜的に捻じ曲げた"進化"を果たした、そのための存在である「俺の眷属エイリアン」達の感覚が俺の身体に逆流してくる。

 アンがそこにさらに炎舞蛍ブレイズグロウ属性砲撃茸グレナディアの"感覚"をも接ぎ木して――全身が内側から発火するかのような不快感・・・と共に、この世界に迷い込む直前の「火に包まれる感触」が心の奥底から心的外傷トラウマとなって蘇ってくる。


 今俺の心と意識は「あの瞬間」に戻っているかのように、あの時の焦熱や炙られる皮膚の不快感や、そもそもそういう事態に追い込まれた己の無能と限界を呪う心地が蘇り、相対し、幻聴の少女の声がまるで哄笑のように歪んでいく幻覚に苛まれるが。


≪きゅぴぃ、僕達を信じて! 造物主様マスター!≫


 能天気で無駄に明るい、ちょっと苛立つ、しかしだからこそどこか暗澹たる気持ちが吹き晴らされるかのような、良い意味で開き直って良いんだと思わせるような副脳蟲ぷるきゅぴウーヌスの"鳴き声"が、一筋の光明となって俺を悪夢から導き出した。


 そして俺は【魔法】を理解する。

 心臓に同化していた迷宮核ダンジョンコアに蓄えられたものとは明確に異なる、一個の知性体としてのこの俺自身の『内なる魔素』が気脈の如く全身を巡っていることが知覚され、自覚となる。

 そして俺は、その『内なる魔素』を【魔素操作】と同じ要領で練り上げつつ――それを「属性」として、根源的なる"現象"の一つたる【火】の概念に塗り替えるように世界をイメージして、そしてそれを握り締めた『属性結晶』と共に宙に放って「火球」の形を念じ上げた。


《おいおい、新人君。【火】を警戒はしていたけれど、よもやそれを君が・・・・・行使してくるだなんて――警戒していたつもりだけれど、まさかそんな隠し玉を持っていたとはね》


 小さな太陽を生み出したかの如き、頭上に浮かぶ『火球』。

 一ツ目雀キクロスパロウの力を同調しながら、借りながら、俺は『黒穿』でかき混ぜるようにしてかき回し――ゆらゆらと漂い熱を放つ"炎の輪"と成す。


「この場にソルファイド火竜統の竜人がいなかったから油断していたか? お前に【火】対策があることはとっくに想定済みなんだよ。今から尻尾を巻いて逃げ出してやるから、その駄賃にその"対策"とやらをお披露目して俺を見送ってくれ」


 挑発をし返しながら、戦列を維持して踏みとどまる眷属達に全力での退避と撤退を指示しつつ、俺は『黒穿』を振るって、まるで投げ縄を投げるような所作で「炎の輪」を一息に『生まれ落ちる果樹園』に向けて解き放つ。

 円盤の如く高速回転して熱と火の粉を撒き散らしながら、炎の輪は空中でほどけ・・・、戦線獣達の周囲を覆おうとしていた"茨"や『魔素吸い花』『命素汲み花』を「C」の字型に焼き尽くす。瞬間、ごっそりと俺の中から『内なる魔素』が抜け落ち、全身を凄まじい虚脱感が襲うが――必要な撤退指示は既に出した後である。


 一瞬の業火が炎の壁となって、戦列で戦うル・ベリや"名付き"、他のエイリアン=ビースト達を樹木の魔獣達から守る。そして「C」の字の穴の箇所から、アルファ、デルタを殿軍に走狗蟲ランナー戦線獣ブレイブビースト達が濁流となったかのように、俺のいる森の方へと一気に駆け出す。

 ル・ベリが俺の元まで大蜘蛛の如く跳躍しながら帰還し、ガンマもまたその身で俺を狙撃から覆い隠す生きた盾とも鎧ともなって、踵を返して森の奥へと駆け出した。


 しかしその状態でも俺は、リスクを承知で振り返り、身を乗り出して『北の入江』に構築された『生まれ落ちる果樹園』と、その果樹園に向かって火の手を伸ばさんと燃え盛る、俺自身によって生み出された魔法の【火】の行末に全集中力を注ぎ込む。


《仕方が無いね……これは君への"報酬"としよう。このまま、このレベルの「魔法の火」を放置するわけには僕もいかない。ここで切るしかないか》


 木の葉の騒めきを通して耳に届けられるリッケルの声色には、それまでの煽るような調子が抜け落ち、素直に驚嘆するような感情が宿っていた。

 そしてその次の瞬間、の方に異変が起きる。

 海面がぶくぶくと揺れたかと思うや――そこから長大な、まるで巨大なラッパを思わせるような「樹でできた花」のようなオブジェが鎌首をもたげ、その"花"の部分から大量の海水を消防車を思わせるような勢いで大量に噴出し始めたのであった。


 【情報閲覧】はできなかったが、おそらくはあれもまた『武具喰らいウェポンイーター』であろう。

 海面から合計5体現れた巨大な「樹木型放水機」によって、莫大な量の海水が吐き出され、降り注ぎ、俺の"初魔法"によって生み出された「炎の壁」が鎮火されていく。


 もし俺が、ソルファイドなどを戦力の中心にした【火】攻めをしていたならば、あれによって迎撃され、痛烈な逆撃を受けることになっていただろう。森全体を焼く焦土戦術で時間を稼ごうとしていたならば、即座に全てを消火され鎮火され、防衛体制を整える前に押し込まれていただろう。


≪まだだ、あれはまだリッケルの本命じゃあない。だが、あれ・・ができることがわかったのは収穫だ。それなら、奴の狙いはまさか……≫


 地響きを立てながら森を踏み分け、倒木を蹴散らしながら城壁獣フォートビーストガンマが俺を抱えて全力疾走する。それを追従してきたエイリアン=ビースト達が壁となり"護送"する。

 リッケルにとっては、時間をかければかけるだけ俺の"領域"を食い荒らすことができるため――予想通り、無理な追撃はしてこないようであった。たわみし偽獣フェイク=ビーストを生み出す分のエネルギーを『魔素吸い花』や『命素汲み花』に振り分け始めた、という読みはあながち考え過ぎでもないだろう。


≪あそこから引きずり出す必要がある。人のシマに土足で上がり込んで軒先を強奪していった輩の掘っ立て小屋を、蹴り壊してやらなきゃならないからな≫


≪しかし今の戦力では……持久戦でしょうか? 守りを固めますか、御方様≫


≪リッケルにはそう思わせるが、真の狙いは別だ。もう一度、あの甘ったるい"果樹園"を攻めるぞ――今度は"夜襲"だ。そして副脳蟲ぷるきゅぴども、ありったけの幼蟲ラルヴァ走狗蟲ランナー達を用意しておけ。今から限界まで突牙小魚ファングフィッシュに進化させる。さぁ、急げ急げ。あの樹木野郎の"お花畑"が俺のシマを母屋まで埋め尽くす前に、始めないとな≫

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