0058 対【樹木使い】戦~入江の戦い(2)
――ここで一当てする。
リッケルの挑発を聞いた上で、俺は即座にそう決断した。
ル・ベリに率いさせてきた援軍と合わせ、
引き絞られた矢か、投擲されるのを今か今かと待ち構えていたアフリカ投げナイフであるかのように、
縦横に奇襲突撃を繰り返す
【木の葉の騒めき】の中から聞こえてきた【樹身転生】というおそらく
4体の『樹人』を護るようにして「樹木樹」と、さらに様々な形状の葉を生やす低木や、蔓の塊で構成されたような藪が形成されていき――『樹人』達もまた余裕に満ちた所作で、急速に入江を"領域化"させて広がっていく『生まれ落ちる果樹園』の中に退こうとする。
食らいつこうとする
戦場に全身全霊で意識を集中させる俺のそばに、軽い地響きを鳴り響かせながら、
その眼下、
さらに数発は『果樹園』の奥に引っ込もうとする『樹人』達の狙撃を狙ったものであった。
足の遅い
デルタが"四腕"で握り砕いた石礫をオーバースローで投擲し、それらが宙でバラけて散弾のように『果樹園』に降り注いで、生まれかけの『果実』や新芽などの
"観測手"は『哨戒班』の
手当たり次第の豪投と見せつつ、即座に着弾地点や軌道の情報が
射撃戦、投擲戦では緒戦の有利を制したか。
だが【樹木使い】側の対策も早かった。形成され深みと厚みと鬱蒼さを広げていく『果樹園』の奥から、わらわらと蜘蛛の姿を模した魔獣――『
そしてそれは
さらに、次の瞬間、森の奥から壮絶な"金切り声"の多重奏。
神経を逆なでされ、さらに頭痛を強制的に誘発されたかのような不快感を感じて、俺は思わず耳を塞ぐ。
見れば『絡め取る偽蜘蛛』達が生み出した"蜘蛛の巣"の合間から、朝鮮人参をひねったような身体をし、さらに頭の上に毒々しいまでに鮮やかな紫色の花を咲かせた新たな魔獣が出現している。【情報閲覧】が運悪く通らなかったため、ソルファイドから
即座にエイリアン達にも「耳を塞げ!」と指示を下したが、間に合わない。
陶器同士を激しくこすり合わせて引っ掻く音を、銅鑼によって極限まで増幅させたような壮絶な怪音が衝撃波となって響き渡り、少なくない数の
【樹木使い】との"基本種"同士の戦闘では、単に樹木が動物の姿を模しているに過ぎない
対し、敏捷性と闘争性では
怯んだ隙を逃すような容易い相手ではなく、数体の
そこにいつの間にか戦線獣の影に、足元に潜んで合流していた
見る間に、戦線獣の"戦列"の周囲に樹木型魔獣の身体を形成していた枝葉やら根やら蔓やらが撒き散らされるが――。
ざわりと、魔素と命素の流れが『生まれ落ちる果樹園』の奥から、濃密な新緑の匂いと共に発せられる。
すると次の瞬間、
そうして十数体分もの「枝葉」が互いに寄り集まるようにして再構成し――ギリギリ、みしみしと生木を
それを見て俺は「阻止しろ」と命じるも、
一応、再度のそれに備えて、
その"足止め"を食らっていた間、みるみるうちに、戦線獣を見下ろすほどの巨躯にして、文字通り"丸太のような"四肢を持つ『
枝と根と蔓を乱雑にまとめて縛り、絞り、圧着するほどの高密度となった「骨格」と重量を誇示するように見せつけながら、巨象の如き四足の『虚獣』達がずしんと迫る。その威容はもはや、密度を限界まで突き詰めたような、最強の兵器とも名高い"丸太"の完全上位互換とも言うべき、森が生み出した質量の塊とでも言うべき存在であった。
「あれは……まずいな。アルファ、デルタ、ル・ベリ出ろ!
「御心のままに!」
行きがけの駄賃とばかり、ル・ベリがかごの中の木槍をアルファ達にも投げ渡して投擲。
と同時に螺旋獣はクラウチングスタートで、ル・ベリは四肢をジャンプスパイダーの如く大きく振って一気に"戦列"まで距離を詰め、それぞれに『虚獣』を1体受け持つ。
この加勢により、戦線獣達は"戦列"を保つことに成功していた。
特に螺旋獣の豪腕はもはや携帯式の破城槌に等しく、『虚獣』であろうが『偽獣』であろうが粉砕貫通して乾燥した若木をみしみしとへし折る音を幾重にも反響させ、戦線の天秤を一撃で押し返すに等しい。
しかし、脅威に対抗すべく敵方もまた新たな手札を切ったか。更なる魔素と命素の流れが『果樹園』から渦巻き、『虚獣』や『偽獣』達に流れ込んでいることに俺は気づいた。
≪なるほどな、それがあの『樹人』どもの役割ってわけか≫
『哨戒班』達の目と感覚をも動員して仔細に観察すれば――【樹木使い】の魔獣達の身体が、絶えず【根枝一体】によってその形状を変化させていることがわかったのである。
"斬撃"によって柔い箇所を分断しようとすれば「樹皮化」によって受け止め、引きずりこもうとする。ならばと"打撃"によって打ち砕こうとすれば「蔓化・根化」によって衝撃をいなし、絡め取って動きを封じて鋭く尖らせた"枝"による反撃を狙ってくる。
それだけではない。ドロリとした気分の悪くなる深緑と新緑の匂いに、色とりどりの"花の香り"が混じったかと思うや、目に見えて
≪気をつけろ、主殿。それは『羽身の蜜花』と『重鎖の蜜花』に違いない≫
≪わかっている。
≪きゅきゅー! みんな目が回るさん状態なんだきゅぴー!≫
叫ぶ余裕があるならまだ大丈夫だろう、と判断して悲痛な
"戦列"は徐々に膠着状態となり、補充速度の差によって『果樹園』から次々と生み出される
ワンテンポ遅れて、狂乱して仇を討たんとその『虚獣』の懐に飛び込んだイオータが、滅多斬りによってまるで心臓移植手術でも行うかのように「胸部」を切開し――そこに移植臓器の代わりに
尚も狂乱するイオータであったが――アルファがとっさにその尾をつかんで豪快に引きずり投げ離し、『虚獣』だけが爆酸によって文字通り"根こそぎ"その上体を内側から爛れ溶け焼け落ちさせ、どうと崩れ倒れた。
『偽獣』もそうであるが、弱点と言うべき弱点が無い代わりに、その身体を構成する樹木のパーツを一定割合物理的に破壊すれば、全身を崩壊させることができることがわかっていた。
≪見たな、分析したな、理解したな?
ならば、こちらが狙うべきは可能な限りの「部位破壊」。
それも『樹人』達による【根枝一体】に対する――圧力である。
俺の指示が速やかに
気付いてしまえば単純な話である。ある
そして"名付き"達も俺の意図を理解したようであり、イオータが蛇体を激しくしならせながらデルタと合流。その四腕から繰り出される"打撃"に合わせ、虚実を織り交ぜた"斬撃"で瞬く間に『虚獣』を追い込んでいく。
支援をしていたであろう『樹人』による"樹皮化"と"蔓化・根化"は、その圧倒的なコンビネーションに対応できておらず、瞬く間に切り裂かれ殴り砕かれていく。
≪ガンマさん防いで!≫
モノの絶叫、とほぼ同時にガンマが巨大甲虫の甲羅をそのまま腕として縫合したかのような"盾腕"を俺の正面に構えた、かと思うや「バギィィンッッ」という激しい衝撃音がガンマを揺らす。そのアンカー状の両足ががっしりと地面に食い込み掴んでいるため、よろめいたり後退することはなくガンマはビクともしなかったが――"盾腕"を遮蔽代わりに覗き込めば、『果樹園』の奥に再び『樹人』達が現れている。
彼らが一様に、その上半身全体を覆うかのような、長大な樹木でできた
≪"支援"のやり方を変えてきたみたいだな、名前は――『
≪……主殿の副脳達からの情報を聞く限りは、『
さらに第ニ射、第三射と『武具喰らい』が化けた
ガンマが"盾腕"をさらにX字状に構えて頭に乗った俺を覆って完全に護り――放たれた「樹槍」が
【情報閲覧】で見ればそれは『
防御特化の
俺に対する"狙撃"が不発に終わり、かつガンマの防御力を目の当たりにした『樹人』達は直ちに標的を"戦列"の戦線獣達に変える。『武具喰らい』が模した『攻城弩』によって"空飛ぶ槍"として放たれた『槍持ち茨兵』の直撃により1体が重傷を負うが、直撃しなかった『茨兵』がその場で"茨の絨毯"と化して行動を阻害し、退路を絶とうとしていた。
多少の切り傷ならば、無視してそのまま突っ込ませる手もあったかもしれない。
……だが、ここが
通常、人間の武器として開発されたものとして言うのであれば「弩」の弱点はその装填時間の長さにある。
しかし『樹身兵団』の操るそれは、あくまで構造を模しただけの意思あり自ら動き回る魔獣であり――つまり『樹人』達が第四射を放つ頃には、既に装填を終えた
加えて、放たれる「樹槍」に入っていたのは『槍持ち茨兵』だけではなかった。
【樹木使い】リッケルの"迷宮経済"の基礎を成す存在である『魔素吸い花』と『命素汲み花』、そして"リッケルファイバー"を海中に敷設してくれた根源である『
運悪く、それが腹に突き刺さった
さらに"悪い"報せもあった。
『最果ての島』の各地に、おそらくは
"戦列"で
『生まれ落ちる果樹園』の奥から現れる新たな『偽獣』達の中に――明らかに翼を持った、鳥のような姿をした個体や、猪や狼に似た体格をした個体が混ざり始めたのである。『哨戒班』がイータを中心に連携した
どうにも『北の入江』だけではなく、小規模ではあろうが他にも複数の「上陸地点」が形成されており、そこから宿り木樹精などが侵入してきているとしか思えない状況であった。
――今このまま力押ししても『生まれ落ちる果樹園』は落とせない。
そう判断し、俺は奥の手を一つ切ることを決断する。
「来い! カッパー!」
天に向かって叫ぶや、『哨戒班』から離れた位置でその頭部の大きな"一ツ目"による観測手に徹していた「空飛ぶ肉のリコーダー」の形状である『
【火】属性を使う能を得つつも、エイリアン達の共通の弱点である【火】に対する"怯み"はそのままであるため実質【火】魔法が制限された状態であるカッパーであったが――彼の
ライダージャケットの胸ポケットから、
同時に
問題は、それがぶっつけ本番となってしまったことであったが。
――
今俺は【魔素操作】を通して魔素の流れを掌握しつつ、さらに
しかもカッパーが感じ取っている"感覚"を、
さらにその中で『因子:火属性適応』が解析完了された時の"解析酔い"のイメージを、反芻し、意識の中に蘇らせて再現しながらそれを読み解いていた。
物質が燃焼される際に放たれる焦熱と発光としての【火】という現象。
それは物質の変化そのものの現れであり、発される激しい熱エネルギーによって、およそ知覚ある生物が【火】と認識するものによって食らいつかれたものが、燃焼し、爛れ砕け溶け変質し、燃えて激しく変転するという"現象"。
――【魔素】によってそれを成し、単なる【魔素操作】から【魔法】の形に昇華させるための法が、『因子』によって役割を与えられそのために摂理をも冒涜的に捻じ曲げた"進化"を果たした、そのための存在である「
アンがそこにさらに
今俺の心と意識は「あの瞬間」に戻っているかのように、あの時の焦熱や炙られる皮膚の不快感や、そもそもそういう事態に追い込まれた己の無能と限界を呪う心地が蘇り、相対し、幻聴の少女の声がまるで哄笑のように歪んでいく幻覚に苛まれるが。
≪きゅぴぃ、僕達を信じて!
能天気で無駄に明るい、ちょっと苛立つ、しかしだからこそどこか暗澹たる気持ちが吹き晴らされるかのような、良い意味で開き直って良いんだと思わせるような
そして俺は【魔法】を理解する。
心臓に同化していた
そして俺は、その『内なる魔素』を【魔素操作】と同じ要領で練り上げつつ――それを「属性」として、根源的なる"現象"の一つたる【火】の概念に塗り替えるように世界をイメージして、そしてそれを握り締めた『属性結晶』と共に宙に放って「火球」の形を念じ上げた。
《おいおい、新人君。【火】を警戒はしていたけれど、よもや
小さな太陽を生み出したかの如き、頭上に浮かぶ『火球』。
「この場に
挑発をし返しながら、戦列を維持して踏みとどまる眷属達に全力での退避と撤退を指示しつつ、俺は『黒穿』を振るって、まるで投げ縄を投げるような所作で「炎の輪」を一息に『生まれ落ちる果樹園』に向けて解き放つ。
円盤の如く高速回転して熱と火の粉を撒き散らしながら、炎の輪は空中で
一瞬の業火が炎の壁となって、戦列で戦うル・ベリや"名付き"、他のエイリアン=ビースト達を樹木の魔獣達から守る。そして「C」の字の穴の箇所から、アルファ、デルタを殿軍に
ル・ベリが俺の元まで大蜘蛛の如く跳躍しながら帰還し、ガンマもまたその身で俺を狙撃から覆い隠す生きた盾とも鎧ともなって、踵を返して森の奥へと駆け出した。
しかしその状態でも俺は、リスクを承知で振り返り、身を乗り出して『北の入江』に構築された『生まれ落ちる果樹園』と、その果樹園に向かって火の手を伸ばさんと燃え盛る、俺自身によって生み出された魔法の【火】の行末に全集中力を注ぎ込む。
《仕方が無いね……これは君への"報酬"としよう。このまま、このレベルの「魔法の火」を放置するわけには僕もいかない。ここで切るしかないか》
木の葉の騒めきを通して耳に届けられるリッケルの声色には、それまでの煽るような調子が抜け落ち、素直に驚嘆するような感情が宿っていた。
そしてその次の瞬間、
海面がぶくぶくと揺れたかと思うや――そこから長大な、まるで巨大なラッパを思わせるような「樹でできた花」のようなオブジェが鎌首をもたげ、その"花"の部分から大量の海水を消防車を思わせるような勢いで大量に噴出し始めたのであった。
【情報閲覧】はできなかったが、おそらくはあれもまた『
海面から合計5体現れた巨大な「樹木型放水機」によって、莫大な量の海水が吐き出され、降り注ぎ、俺の"初魔法"によって生み出された「炎の壁」が鎮火されていく。
もし俺が、ソルファイドなどを戦力の中心にした【火】攻めをしていたならば、あれによって迎撃され、痛烈な逆撃を受けることになっていただろう。森全体を焼く焦土戦術で時間を稼ごうとしていたならば、即座に全てを消火され鎮火され、防衛体制を整える前に押し込まれていただろう。
≪まだだ、あれはまだリッケルの本命じゃあない。だが、
地響きを立てながら森を踏み分け、倒木を蹴散らしながら
リッケルにとっては、時間をかければかけるだけ俺の"領域"を食い荒らすことができるため――予想通り、無理な追撃はしてこないようであった。
≪あそこから引きずり出す必要がある。人のシマに土足で上がり込んで軒先を強奪していった輩の掘っ立て小屋を、蹴り壊してやらなきゃならないからな≫
≪しかし今の戦力では……持久戦でしょうか? 守りを固めますか、御方様≫
≪リッケルにはそう思わせるが、真の狙いは別だ。もう一度、あの甘ったるい"果樹園"を攻めるぞ――今度は"夜襲"だ。そして
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