【業食の晩餐】 中
「ぎゃーー!!!なんで言ってくれなかったのさっ!!帰るっ!!!」
冗談じゃない!!
万全の状態で準備してからならまだしも、今は怪異の相手をしている余裕なんて無いのだ。お腹減ってるのに!!
が、何故かドアノブは幾ら力を込めても少しも回らず、扉は硬く閉ざされたまま。
ならば、と。スマホで冠原さんに連絡を取ろうとしたが、何故か圏外になっており使えない。
先ほどまで問題なく親に連絡を入れられていたにも関わらず、だ。これも怪異の能力だろうか?
「そんな!!……って、いやー!!離してぇー!!!」
入り口でワタワタしていたら、痺れを切らしたのかナイフ頭の男達に担ぎ上げられ、有無を言わさず(何故か店内の中央に一つしかない)テーブルの前の椅子に着席させられる。こうなるともう、俺にはどうしようもない。
「…………分かった、腹を括るよ。
で?この怪異はどういう怪異なの?」
『タダで美味しい御飯を沢山食べさせてくれる怪異。』
いつもの長ったらしい【挧 】の曰くでは無く、簡潔明瞭な説明を非常に怪しく思うものの[新谷先輩が悪い怪異を倒すのに不都合な事をするはずが無い]というある種の信頼があったので、何も言わなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「…………ゔ、確かに凄く美味しそう。」
前菜として最初に運ばれて来たのは、何かの肉や野菜、ナッツ類をゼリーで固めたような物だった。(後で新谷先輩が教えてくれたがテリーヌという料理らしい。)
まさか本当に料理が運ばれて来るとは思わず、そしてそのマトモさに面食らう。
チーズや葉物野菜の飾り付けも美しく、散らされた柘榴の実が店内のオレンジ色の照明に照らされて、艶めいていた。
「すっごく高そうだけど、大丈夫?」
『大丈夫、さっきも言ったろ?タダだって。……ほら、早く食べなよ。味は保証するからさ。』
急かすように勧められて、恐る恐る一切れナイフで切って口に運ぶ。
「…………………っ!!!!!!!」
なにこれ。すっっっごく美味しい!!!
正直怪異が出してくる物だし、知らない料理だから全然期待していなかったが、滑らかな肉のペーストは濃い旨味が凝縮されており、混ぜられたナッツの歯応えも楽しい。時折、ピリッと舌を刺激する粒胡椒のスパイシーさも良い仕事をしている。
あっという間にペロリと平らげると、すぐさまウエイターの皿頭の男が綺麗に空になった食器を片付けてくれた。
その後から運ばれて来たどの料理も、絶品だった。
コンソメらしきスープは濃厚で、玉葱の深みと甘さが病みつきになりそうだし。
次に運ばれて来た野菜のサンドイッチは、パリパリのレタスの食感と挟まれたハムの塩気が良く合ってこれまた美味しい。
ステーキはナイフで切った時点で分かるほど柔らかく、口の中に入れた瞬間、上質な脂が蕩けて深い肉の味わいを残し、幾らでも食べられそうなほど。
どれもこれも本当に美味しかった。
これは、本当に良い怪異かも知れない。
夢中になりながらカチャカチャとナイフやフォークを動かしていたが、俺だけこんなに美味しい思いをするのも悪い気がしてきた。
そう思って、隣でニコニコと俺の食事を眺めていた新谷先輩先輩に囁く。
「ねぇ、新谷先輩。霧呼出してよ。
いつもは甘いものしか食べて無いけど、一応狼だし肉類も好きでしょ?」
『ん?必要ないよ。食べないってさ。』
「何で?本当に美味しいよ??
良い怪異なら退治しなくていいし、もう逢えないかも知れないじゃん!!意地悪しないで出してあげてよ。」
『良いから”君が一人で食べ切るんだ”。
ほら、次の料理が運ばれて来たよ。冷めないうちに早く食べな?』
何だか流されたみたいで凄く腑に落ちないが、本当に霧呼は肉類を食べないのかも知れない可能性もある。
じゃあ、帰る時になにか甘い物でも買ってあげようかと思いながら、たった今、テーブルに運ばれて来た料理を見つめる。
その料理には、他とは違い銀色の丸い蓋が被さっていた。
『クローシュだね。食器の形をみるに煮込み料理なんじゃないかな?』
へー、と話半分に聞きながら皿頭のウェイターが蓋を開けてくれるのをワクワクしながら見守る。
ウェイターさん達も、凄く気が利くし怪異なのが勿体ないほど良い店だ。
しかし、そんな温かな思いは蓋が開けられた瞬間、無惨にも消滅した。
「…………ひぃっ!?!?」
『…………チッ。』
皿の中身を認識した瞬間、椅子ごと転げ落ちる。
新谷先輩の舌打ちを微かに聞きながら、仰け反り[椅子から立ち上がれなくなっている]事に、いまさら気がついた。
皿の中でソースに塗れた肉、それは、煮崩れていたが間違いなく……!
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