【業食の晩餐】 中のニ


 業食の晩餐、その曰くは知りえる筈の無い味わい。


 夕方頃、腹を空かせた人間の周囲に、食欲を唆る良い香りを漂わせ、店へと誘う。


 其処は無償で料理を提供しており、その料理はどのメニューも、とても美味である。

 しかし、その食材は客そのものであり、最後まで食べ切れずに店員に「残す」と告げたり、食べる事を拒絶すると残した部位が自分の身体から消えてしまう。


 逃げる事も出来ず、助かるには料理を自身で全て完食するしかない。


 元は、とある貴族の男の召使い達。


 彼の召使い達は皆、腕の良い料理人であり、気の利く使用人であり、とびきり新鮮な食材でもあった。


 ただ召使い達は、雇い主である貴族の男を心の底から恐怖していた。


 戦時中、田舎に避難していた貴族の男は物資不足による粗食の毎日にストレスを溜め、部下である彼等に八つ当たりをしていたのだ。


 とどのつまり、所謂ハズレの料理が食卓に並んだ時は、料理を全て残し代わりに調理した使用人の脇腹の肉を削って食べていたのであった。


 そして長い年月が経ち、戦争も鎮静化してきたある時。遠くに避難させていた娘から父親である男に近々会いに行くと手紙が送られてくる。


 愛娘に会えると大喜びの男は、娘が来る予定日の前日、使用人に「明日の夜、とびきり豪華な食事を用意しろ。用意出来なかったらお前達、分かっているだろうな?」と言い付けて娘が来るのを心待ちにしていた。


 次の日、夕日が沈んでも来ない娘の安否を心配しつつ、彼は朝から忙しそうに働く使用人に、今日の夕食に出す料理の味見をするから持ってこいと命令した。


 彼の指示通り、作られた料理は豪華だった。

 ハンバーグなんて何時ぶりだろう。これなら娘も喜んで食べてくれるはずだ。


 良い仕事をした部下達を珍しく労ってやろうと、男は彼等を呼び出し褒め称えた。


「素晴らしい出来だ。肉汁もたっぷりで旨味も強い。よくこんな上質な肉が手に入ったな。」


「お褒めに預かり光栄です。その材料は……」





「今朝はやくお越し下さいました、貴方様の娘の肉で御座います。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


『吐くなよ。全て咀嚼して何が何でも飲み込め。』


「……ゔ、ぐっ!!……ん……むぐ。」


 転げた椅子ごと片手でヒョイと立ち上げてくれた先輩は、聞かされた「曰く」とテーブルに戻された事で目の前の料理を見て、えづいた俺の口を掌で強く塞ぎ無理矢理吐かせないようにした。


 目の前の煮込まれた肉塊。


 髪を剃られ、若干煮溶けているものの、その黒子の位置と「顔立ち」で分かる。


 其れは「俺」、有栖川 莉玖の頭部だった。


『さて。君の食欲が無くなるだろうから敢えて黙っていたけど、こうなってしまっては仕方がない。

つまり莉玖くんは意地でも完食しないと頭を無くすことになるんだよ。……あ、命もか。』


 新谷先輩は、食欲に期待できなくなったからプレッシャーをかけて意地でも俺に食べさせる作戦に変更したらしい。


 どうして彼は、そんなに極端なのか。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 一体、どれだけの時間が過ぎた事だろう。もう味も分からない。


 ただの肉を咀嚼しているだけ、と無心になるように自分に暗示をかけながら、なるべく皿の中身を見ないように食べ続ける。

 とろっとした食感と球状の舌触り、軟骨の様なコリコリとした歯応え、自分の部位・骨すら柔らかく煮込まれているのが見なくても分かって何度も顎が止まった。


『はい、あーん。』


 が、俺が止まるたびに新谷先輩が無理矢理、口を開けさせて料理を突っ込んでくる。


 結果、何とか気合いで食べ終わり、俺は最悪な気分でテーブルに突っ伏したのだった。

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