【写武者】 中の六

「冠原さんっ!!!!」


 叫んだ瞬間、視界が元に戻る。時間切れだ。


「やばいっ!やばいよっっ!!!どうしよう!何とか助けなきゃ!!」


 冠原さんのいる場所は、掛けてあったプレートを見るに此処から遠い3年生の教室だ。いくら走っても間に合わない。


『……やっぱり見捨てるっていう選択肢は無いんだね、君は。』


 アワアワする俺に、新谷先輩が苦笑しながら手で制する。


『大丈夫、僕に任せて。』


その曰くは、痛みを告げる来訪者。  


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 手には私と全く同じ形の刀。

 有栖川を探す最中で出会った鎧姿の其れは、どう見ても怪異だ。


 刀を振りかぶり襲いかかる、その動きはヨタヨタと不安定で、さも受けて下さいと言わんばかりに簡単に刀で受けられそうに見える。

 どんな能力を持っているか不明だが、あまり時間をかけては有栖川が用事を済ませてしまうかもしれない。

 そう思い、腰にある刀に手を伸ばし相手が間合いに入るのを待つ、その瞬間……!!


『「ダメだー!!!!刀を抜くなあっーーーー!!!!」』


 つい最近、聞き覚えのある少年の声が、廊下中に轟いた。有栖川の声だ。

 その声に身体が反応し、咄嗟に刀を抜かずに避けてしまった。


 服の一部が切れ、肩に薄く切り傷が出来る。


「有栖川!?何処にいるんだ!!!」


 此方も声を張り上げて応えるが、有栖川からの返事は無かった。

……どうやら、そこそこの距離があるらしい。


 刀を抜かない事に相手は焦れたのか、徐々に斬撃の速度を上げながら、私の身体を切り刻んでゆく。


 太腿を、脇腹を、二の腕を。


 鮮血が迸り、返り血が相手の鎧に降りかかるが、それでも刀を抜くつもりは無い。


「ぜえっ……ぜぇっ……!!!そ、そいつは【写武者】って、いって!!……刀を交えた相手の、技術や能力を奪う怪異なんですっ!!!」


 全力で走り息を切らしながら、反対側の階段から有栖川が出てきて説明をしてくれる。

(【呪念の手記】は全く疲れていないのに、代わりに話すつもりは無いらしい。有栖川の姿を見て笑っていやがった。)

 背後から人間が出てきても目もくれない怪異の様子を見るに、本当に刀を使う相手にしか興味がないようだ。


 肩で息をし、ふらふらだった有栖川は、やっと現状を把握したらしい。

 サッと火照った顔から血の気が引き、叫んだ。


「冠原さんっ!!まってて、今なにか作戦を……!!!」


「手を出すな!!コイツの狙いは私なんだ。大丈夫、策ならある。」


 血だらけの私の姿を心配しているのだろう、悲壮に満ちた声を上げる有栖川を制しながら【写武者】から距離を取る。


 私の血で汚れた刀が赫く鈍く光り、何筋か垂れて廊下を汚してゆく。

 どうやらギリギリまで痛め付けて、刀を抜かせるつもりらしい。


 人の技術を盗む怪異、確かに剣の腕は見事なようだ。…………けれど。


……え……なんで?と困惑したように口を動かす有栖川の姿が映る。


「私に刀を抜かせたい?……良いだろう、お望み通り刀で息の根を止めてやる。」


 怪異に宣言すると私は刀を抜き、構えた。

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