【固執の姿絵】 下


「……なんでっ!?どうしてだよぉ!!!」


 何度も試してみたが、少年を一時的にスマホに捕らえる事は出来るものの、直ぐに元のキャンバスに戻ってしまった。

 一応、そのお陰で西岡くんに手を出すのを阻止しているが、これでは堂々巡りだろう。


『……ごめん、一旦能力を切るよ。』


 そう言われた途端、じわっと俺の目が一瞬赤くなり、視界が元に戻ってしまった。


『まずいな、能力の同時使用のせいか霊力の消耗が激しい。能力だって有限なんだ、霊力切れになったら何も出来なくなる。』


「霊力!?そんなの聞いてないんだけどっ!?」


『聞かれてないからね。』


くそっ!!どうにかしなければ!!!


 スマホに一時的でも捕まえられるという事は、少し時間を置かないと物理法則からは逃れられないらしい。きっと【コーデリア】を使う事自体は間違っていない筈だ。

 後は、相手が逃げられないようにすれば!


「こっち来て!!西岡くん!!!」


 恐怖のせいか、引っ張った西岡くんの手は震えて冷たくなっていた。

 それでも俺を信じて手をしっかりと握り返し、必死についてきてくれている。


この信頼に、何としてでも答えねば。


 俺たちは美術室から出て廊下を走り、とある場所へ向かった。


「ひっ!!せ、先輩!!」


 走っていると、また背中から西岡くんの怯えた声が聞こえる。

 慌てて振り返って西岡くんを見るが、今の俺では怪異が見えず、何が起こっているか分からない。かと言って【回顧の牢獄】を使いながらでは走れないのだ。

 どうしよう、と焦りだした俺に、新谷先輩の怒号の様な声が飛ぶ。


『莉玖くん!西岡くんの右肩側のポスターの写真を撮って!!』


 パシャリ!と何の変哲もない林檎を模写した絵の写真撮った。

 怪異の姿が見えないからイマイチ成功したのか不明だったが、少し緩んだ西岡くんの表情を見る限り、大丈夫だったようだ。


「新谷先輩!!目的地に着くまで【回顧の牢獄】は使わなくていいから!!怪異が何処にいるかだけ逐一教えて!!!」


『分かった。……今、右手側のクラスに掲示されてる作品を伝って追いかけてきてる。』


 中学校の廊下だから、生徒の作品やポスターなどの掲示物が多い。学校は相手にとって有利な場所なのだろう。

 だが、余裕でいられるのも今のうちだけだ。


 スマホの上部を覗き見て、ある人物に電話をかけ始める。

 この時間帯なら、確か、まだ居るはずだ。


「もしもし!!ごめんね、ちょっとお願いがあるんだけど……!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


俺達が向かったのは、男子更衣室。


 瞬時に部屋の様子を見渡し、電話の相手が指示した通りに動いてくれた事に心底感謝しながら、俺は作戦を決行する為に定位置で立ち止まる。


「西岡くん……俺の背中から離れないでね。」


「せ、先輩……!?何やってるんですか?此処行き止まりだし、横に……!!」


 真横には「忘れ物注意!!」のポスターがあり、西岡くんの心配するとおり十中八九怪異が移ってくるだろう。


 バクバクと鳴る心臓を感じながら、更衣室にある巨大な姿見に映ったポスターにカメラを向ける。

 新谷先輩が能力を使ったのだろう、一瞬赤くなる世界の中で、姿見に映った少年の姿を視認した。


 少年は、俺の背後で怯えてしがみついている西岡くんに手を伸ばしており、今にも捕まってしまいそうだ。


もう、逃がさない。


 俺は怪異の手が西岡くんに届く前に、鏡に向かってシャッターを切った。


 また無駄な足掻きをしているのだと思ったのだろう、スマホの中に移った少年の口元が、ニヤリと弧を描く。が、


「!?」


 ポスターに戻ろうとした怪異の身体が背後に引っ張られてゆく。

 それもそのはず俺が今立っている場所は、目の前の姿見用の鏡とポスターの貼られたロッカーの斜め背後にある、棚に置かれたコンパクトミラーの間。

……いわゆる合わせ鏡の中、というやつだったからだ。

 怪異がポスターに戻ろうとする前に、鏡に写ったコンパクトミラーに強制的に移り、そのコンパクトミラーの中の鏡に移って……瞬く間に姿が見えなくなっていった。


『君に良き終焉を……。言う前に取り込んじゃったけど。』


 どうやら成功したらしい。

 「もう大丈夫だよ。」と西岡くんに告げると、周囲をキョロキョロと確認して本当に助かったと理解したのか、力が抜けてしゃがみ込んでしまった。


 良かった……と安堵しながら、持ち主に返す為にコンパクトミラーを手に取る。


 そのコンパクトミラーには「羊山 芽依」と書かれていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「もー!!!男子の更衣室に入るの、凄く恥ずかしかったんだからね!?」


「ごめんね!!でもすっごく助かったよ!!本当に有難う!!」


 うーん、なら許す!と茶目っ気たっぷりに笑いながら、羊山さんはコンパクトミラーを受け取った。


 羊山さんは水泳部で、髪が水泳帽に入っているか確認する用にコンパクトミラーを持ち歩いている事を知っていた為、部活の片付け中であろう彼女に助けを求めたのだ。

 西岡くんは、俺の事を「命の恩人です!!」などと言っていたが、羊山さんが居なければどうなっていたか分からなかったので、本当の命の恩人は彼女かもしれない。ややこしくなるので、言わないけど。


『……で?莉玖くん、何描いてるの?

ブタ?』


 その後、家で学校で出された課題の絵を描いていると、新谷先輩が俺の絵を覗き込み、憎まれ口をたたいてきた。

 随分と慣れてきたけど、相変わらず口が悪い。


「酷いなっ!?どう見ても霧呼だろ??

なー、霧呼!!中々上手く描けてるよな?」


「きゅっ!?きゅきゅうっ!?!?」


 ガーンと効果音が見えそうな程、衝撃に固まった霧呼の反応を見て、些か傷つく。

 そんなに絵心ないかなぁ?自分では可愛いと思うんだけど。

 そんな俺達の様子を見た新谷先輩は、苦笑いを浮かべながら、


『莉玖くんは、絶対に【固執の姿絵】に狙われなそうだね』


などと、失礼な事を宣った。


……………………。


 あれ?でもなんで【固執の姿絵】が、うちの学校にあったんだろう?


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あーあ。あの程度の怪異では役に立たなかったかぁ。」


 わーわーと騒いでる2体の怪異と一人の少年を眺める影が一つ。


 陰陽師の正装である長い霊服を風にはためかせ、少年に纏わりつく黒い泥の様な怪異を一心に見つめていた。



「流石は【挧】の外部閲覧者【呪念の手記】……アレが手に入れば、ボクの野望が更に近づく。」


くつくつと笑う男の側には。


 大きな鬼の様な化け物が、巨大な鎌の刃を煌めかせていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


次回、VS陰陽師篇


 莉玖くん達は緊急事態なので廊下を走っていますが、危ないので真似しちゃダメです。作者とのお約束だぞ!!

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