【回顧の牢獄】 下

《……その角を右に曲がった先だ。

行き止まりだから、確実に仕留められると思う。》


 今回も、あの男は勝手に他人を巻き込んで保身の為に簡単に捨てる。

 落胆している様な奴の声音に心底嫌悪感を抱きつつ、言われた通りの道を進む。

 俺を裏切ったあの時から、コイツが正真正銘の屑だという事を分かっていたじゃないか。今更だ。


 奴の言葉通り、角を曲がった先には先程まで逃げ回っていた少年がスマホを手に佇んでおり、怯えた表情で此方を見つめていた。

 先ほど俺の顔を引っ掻いた仔犬も、彼の肩に乗り主人を守ろうと精一杯の威嚇をしているが、もう油断するつもりは無い。


 哀れだな、とは思う。

 まだ若い子だ。このスーパーに来なければ、あの男に目をつけられなければ、まだまだ楽しく自分の人生を生きていけただろうに。


 だが逃す訳にはいかない。此処で逃したら、あの男を見つけ出してしまう可能性がある。

 あの男の希望は、全て残さず潰さねば。

 だから……せめてもの情けで苦しみは一瞬にしてやろう。

 そう思い、手に握った包丁に力を込めながら、ゆっくり少年に近づいていく。


その時。


「!!!!!!」


 違和感に気づいた時には既に遅く、宙から段ボールや中に入っていた機材が降り注ぎ、俺の視界を埋めつくした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


『君が霧呼に引っ掻かれた時に見えたんだよ、その耳に着けているイヤホンがね。実は他にも仲間がいて、其奴が僕達の位置を監視カメラで把握しながら、君に伝えてるんじゃないかなって。』

 新谷先輩が話し掛けても、瓦礫の山から呻き声一つ返っては来なかった。少し、やり過ぎただろうか?

 そう思い視線を上げると、未だに血の気の無い白い子供の手の様な物が天井から大量に生え、イソギンチャクの様に好き勝手うごうごと蠢いていた。

 これが、この手達が、【十六時の信号機】から奪った能力で、新谷先輩の秘策。


 赤いパーカーの男が俺に近づいた瞬間、この怪異の手達が掴んでいた段ボールを一斉に離し、男を押し潰したのだ。


 【十六時の信号機】の能力は、沢山の手で掴む捕縛能力らしく、この部屋にあった有りったけの段ボールやら消化器やらを掴んで天井で待機していた、という訳だ。


『まぁ、対象が強すぎると捕縛出来ないから、本来はそこまで強い能力じゃないんだけど……。この程度なら、十分だったみたい。』


「大丈夫かな、この人。

ピクリとも動かないんだけど。」


 いつもなら直ぐに怪異を吸収する筈なのに、その素振りを見せない事を不審に思った俺は、恐る恐る段ボールや機材を退けて男の様子を確認してみる。


 すると。


「!!!!!いないっ!?」


 そこに血溜まりこそあれど、男の身体は綺麗さっぱり消え失せていた。

 そんな、ここまでやっても倒せないのか!?


『いや、倒せてはいるみたい。』


 俺の心を読んだみたいに新谷先輩がスマホの時計を見ながら言うので、俺も一緒に覗き込む。



 時刻は16時30分を指していた。



 体感的にも絶対そこまで時間が経っていないだろうに、どういう仕組みなのだ。まぁ、怪異に常識を求める方が、おかしいのかも知れないけれど。

 じゃあ、出口に行って見る?と提案しようと、俺が口を開いた瞬間。



ぎゃあああぁぁああああぁあぁぁぁあああああああああぁぁああああぁあぁぁぁあああぁああああぁああああぁあぁぁぁああああぁぁああああぁあぁぁぁああああああぁああああああぁぁああああぁあぁぁぁあああぁああああぁああああぁあぁぁぁああああぁぁああああぁあぁぁぁああああああぁぁああああぁあぁぁぁああぁああああぁあぁぁぁああああぁぁああああぁあぁぁぁああああああぁぁああああぁあぁぁぁあああぁああああぁあああああぁぁぁああああぁぁああああぁあぁぁぁあああぁああああぁああああぁあぁぁぁああああぁぁああああぁあぁぁぁああああああぁぁああああぁぁああああぁあぁぁぁあああぁああぁああぁああああぁあぁぁぁああああぁぁああああぁあぁぁぁああああああぁぁああああぁあぁぁぁああぁあああぁあぁあぁぁぁああぁああぁぁああああぁあぁぁぁああああぁああああぁあぁぁぁああああぁぁああああぁあぁぁぁああああああぁぁああああぁあぁぁぁあぁぁぁああああぁぁああああぁあぁぁぁああああぁぁああっあああああぁあぁあああぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!



 フロア一面をつんざく様な悲鳴が響き渡り、咄嗟に耳を塞いだ。

 霧呼が驚いて、きゅーっ、と鳴いてひっくり返ってしまった程の騒音に、心臓が跳ねだす。


「こ、今度は何!?!?!?」


『…………さぁね?スタッフルームに行けば分かると思うよ。』


 新谷先輩はカケラも動揺せず、目を回した霧呼を自分の中に回収すると、ふわふわと移動し始めてしまったので慌てて追いかけた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 薄暗く、ブルースクリーンの明かりだけが不気味に灯された部屋の中心で、何かが動く。


 ツンッ、と鼻につく錆の臭いに顔を顰めながら目を凝らすと、徐々に内部の様子が見えてきた。

 馬乗りになり、ザクザクと眼下のものにひたすら刃物を突き立て続けるのは、先ほど俺たちと対峙していた筈の赤パーカーの男だった。

 刃物を振り下ろす度に黒い液が跳ね、周囲を汚していく。



仲間割れ……だろうか?



 俺が少し近づくと、赤パーカーの男は振り返り、そのまま音も無く消えてしまった。



 残されたのは血溜まりの中で呻く、もう1人の男性のみ。



 男は全身を自らの血で染め、刺された痛みに悶えていた。が、俺達の姿を認識すると、曇っていた眼が爛々と輝き出す。


「あは。

あはははははっ!!あっハハハはははははははははははははっ!!!!!ゲホッ!ゲホッ!!あひひっ!!」


 ごほっ、と血を吐き出しながら、男が笑う。

 傷口から覗く肉に包まれた白い骨や黄色い脂肪が痛々しいのに、咽せて口から血を吐き出した事すら気にしてない様子で、それはもう嬉しそうにニタニタと笑い、そして泣き出した。


「やっどだ……!!

やっ、と、だすかる……!!!」


 涙と血で汚れた顔のまま、腕だけでズリズリと傷ついた身体を引きずった男が、俺に近づいてくる。

 その姿は、海外の映画に出てくるゾンビそのものだった。


「き、きみ!!……私も、外に、つ、つれてって、くれ……!

出られ、たら……金でも……何でも、礼は、する……!……此処か、出ら……れるなら……!!」


 俺への忠義の証明の為か、足元ににじり寄った男は俺のスニーカーを掴むと、必死にベロリと舌を這わせ始めた。

 ゾゾゾっと全身が寒気立ち、引っ込めようとするが、思いの外強い力でしがみつかれて振り払えない。


「ひぃっ!?」


「……頼む、よ……も、嫌なん……だ。殺される、のもっ……閉じ、込めら……れ、るのも……私が……ゴホゴホッ……自由に、なれば、ここ、から……怪異も、消、える!!ゴホッ……君たちにとって、も、悪い話じゃない……!!」


 涙を流しながら、血を吐き出しながら、それでも執念深く希望に縋り付こうとする姿は、本来なら憐れなはずなのに末恐ろしく感じる。


『随分厚かましい事を言うねぇ。

君が何をしていたか、こっちが知らないとでも?』


 柔らかな、でも人の理解が及ばない人外特有の畏怖を感じさせる声で。

 淡々と、死にかけの男に新谷先輩は威圧を掛けて、俺から引き剥がす。

 男が倒れていた部屋には沢山のTVの様な液晶が並び、そこにはスーパーの店内を各方向から映し出していた。


 怪異の一部だから新谷先輩は、男に触れる事ができるらしく、グシャッ!と男の握られた手を踏みつけ無理矢理開かせると、呻き声が上がると共に、やけに見覚えのあるイヤホンが。

 これと部屋に設置された液晶パネルで赤パーカーの男と連絡を取っていたのだろう。


 情報を見るに、きっと最初の被害者の女性の時も。


 だから俺たちは何処に逃げても追いかけられたし、逆に監視カメラが無い場所に隠れて騙し討ちが出来たのだ。


『あの男と協力して僕達を殺そうとした癖に、今更命乞いだなんてちょっと虫が良すぎるんじゃないかなぁ?』


「しかたがっ、な、かったんだっ!!だって、、協力しないと、私が…………ぐぅっ!?!?」


 男が全てを言い切る前に、新谷先輩が実に優雅な動作で喉元に一発、カカトを落とす。

 全て言わずとも、分かった。

 恐らく獲物を逃した場合、この男が代わりに酷く痛めつけられるのだろう。

……………………今の状況がそれだ。


『で?こうなった訳?

酷いよねぇ。赤の他人を身代わりにして保身に走り続け、結果がこれなの。

本当に君は救いようがないな。』


 罪と赤パーカーの男から逃げたいという願いが、この怪異を生み出したのか。

 はたまた死んだ彼女の呪いか。

 それとも、1人だけ処刑された赤いパーカーの男の怨みだろうか?


分からないけど、これで終わりだ。


『さて、同じ日々の繰り返しには飽き飽きしていただろう?お望みどおり、この地獄に蜘蛛の糸を垂らしてあげよう。

……それでは、君に良き終焉を。』


 まぁ、僕の中は更に酷い地獄だろうけど。と呑み込んでから新谷先輩は呟く。


『何があったかは知らないけれど、赤パーカーの男は自分を犠牲にしてでも、あの男を地獄に落としたかったようだ。

……怪異を呑み込んで僕が読み取れたのはそこまで。』


 嫌な怪異だ。

 今までの怪異達も恐ろしいし、怖かったけど、それとは別の方向に気持ちが悪い。理解が出来ない怖さだ。


 帰ろう、と新谷先輩の白い手を引くと、多少気を揉んでいただろう彼は、大人しく着いてきた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「うわー!またコモンだ!!!

全然レアカード出ないじゃんっ!!!」


 帰宅後、俺は早速買い込んだプラナリアくんウエハースを開封していた。


『一体、今日だけで幾つ開けるつもりなのさ。霧呼の口にウエハースを突っ込み過ぎて、箪笥みたいな形になってるじゃないか。』


 新谷先輩が呆れた声をあげる。

 確かに小さな口いっぱいにウエハースを頬張っているので、霧呼の口は四角くなっていた。

 何とか咀嚼しようと、モゴモゴと口を動かして四苦八苦している。


「ぁう、あう、サクサクサクッ!」


「喜んで食べてるんだからいいじゃん。

あ、新谷先輩にも一枚あげようか?」


『要らないよ。』


 見慣れた心底呆れた顔、それでも【回顧の牢獄】と対峙していた時と比べると随分と優しい柔らかな表情だと思う。

 それを見て、やっと俺も心から安心した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー



「我々以外の何者かが「挧」にアクセスしている。」


 父上の……現陰陽師当主の言葉が暗い部屋に落とされ、周囲の人々がざわめき始めた。



 普通の人間なら検索すら出来ないはずのこのサイトには、陰陽師の為の怪異の機密情報が載せられている。

 故に、広大なネットの海の中に紛れてはいるものの、我々のような特殊な人間で無ければ検索すら出来ない代物なのだ。

 周りが動揺するのも無理は無い。


「更に並行して、閲覧された怪異が高確率で突然消滅するという事態が起こった。

我々以外の陰陽道の使い手は、この日の本の国には居ない、にも関わらず……だ。」


 怪異自体が消えるのは大変喜ばしい事だが、凶悪な怪異を消し去る程の力を持つ実態の分からぬ者が居るということでもある。

 故に早急に事態の詳細を知る必要があるのだ。


「諸君には即刻消えた怪異の詳細と、その者の正体を調べ上げて貰う。

そして我々の脅威であると判断された場合は……。」


全力で消し去って構わない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


注意:霧呼は怪異なので、お菓子を美味しく食べていますが、普通のペットに人間のお菓子はあげないようにしましょう!

作者とのお約束ですよー!!!

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