【固執の姿絵】 上


「何だこれ。」


 「それ」を見つけたのは、顧問に頼まれて美術室にある資料倉庫の掃除をしている時。

 美術部の部員に雑用を押し付けんな……と文句もあったが、資料の中には使わせて貰った物もあったので、黙って部員数名と片付け始めていた時だった。

 歴代部員の作品に埋もれていた「それ」は、ホコリを被ったキャンバスサイズの鉄の箱に入れられ奇妙な御札がベタベタと貼られており、いかにもな雰囲気を醸し出している。


「いかにもヤバそうじゃん……なんなの?」


「これ……OBの誰か自分の黒歴史を見られたくなくて、こんな風にしまってるんじゃないですかね?」


 などと私の反応を聞きつけ、他の場所を掃除していた男の後輩が口を出してきた。

 成程。

 確かに、こんな風に仕舞われていたら、誰も開けようとは思わないだろう。

 そう言われると、持ち主が隠したがっているであろう中身が無性に気になってくる。


「要らない物だったら捨てなきゃいけないし、開けてみる……?」


「先生に言われて掃除をしなくてはいけないから」という建前で後輩に提案してみると、彼も気になっていたのか「整頓の為なら仕方ないっすよね……!」と興味津々な熱い視線を箱に向けていた。


 不気味な御札をベリベリと剥がし、蓋に手を掛け……。


「せーのっ!!!」


 私は、大袈裟な掛け声と共に箱を開けた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


ピンポーン。


 先輩の大好物である苺大福を持って、彼女の家の前に立つ。

 あれから……2週間前に資料倉庫の掃除を顧問の先生に頼まれた日から、一緒に掃除をしていた先輩の様子がおかしくなった。

 始終何かに怯え「あの男が来る。」と学校中のカレンダーや掲示物を片っ端から破いていき、先生方に取り押さえられていたらしい。

……おかしくなった先輩が不登校になるまで、そう時間は掛からなかった。


「先輩、西岡です。

お見舞いに来ました、具合はどうですか?」


「……。」


 先輩の母親に通されて彼女の部屋に入るも、一言も口をきいては貰えなかった。

 明かりの消えた部屋は散らかり、何かを千切ったような紙片が所かしこに見られ、先輩本人は始終布団に包まっており、隙間から此方を覗いてはいるものの出てはこない。

 大丈夫、とは到底思えない状態だ。


「あ、そうだ!先輩が好きな有名店の苺大福を買ってきたんですよ!!

ほら、このウサギのトレードマークが有名な……!」


 先輩を元気付けようと布団の側まで近寄り、可愛いウサギが描かれた苺大福の紙袋を見せると。


「やめてっ!!!!」


 いきなり布団から起き上がった先輩にバシッ、と音が出るほどの強さで手を叩かれて、紙袋を落としてしまった。

 いつも優しくて明るい先輩が、こんなことをするとは……理解が追いつかずに固まる俺に、先輩はか細い声で返す。


「………………出てって。」


「……え。」


「……お願い…………もう、帰って!!!」


 あまりの剣幕に驚き、情け無くもすごすごと引き下がるしかなかった俺は、先輩のお母さんに苺大福を渡して帰った。


そして、次の日。

5時限目の数学の時間中。


きゃああああああっっっ!!!!


 突然、2階のフロア中に女性の叫び声が響き渡る。


……あの声は、先輩の声だ!!


 そう頭が理解した瞬間、俺は担任の制止も聞かずに教室を飛び出していた。

今日も家にいる筈なのに、どうして。


 驚きつつも急いで美術室に向かうと、部室に誰も居らず、その代わりに部屋の中心に昨日まで無かった筈のキャンバスがイーゼルに立て掛けられているのが見えた。

 キャンバスの近くで、ぽた……ぽた……と水が滴る音がするので視線を床に落とすと、赤い大きな水溜まりが出来ている。


そして、その絵には。

 白を通り越して真っ青な顔をし、恐怖で引き攣り目を見開いた先輩の頭部が、描かれていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー

キャンバスを立てかけるやつ、イーゼルって名前らしいですよ!知らなかった!!

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