【回顧の牢獄】 中

どうして?


 チラリと背後を確認すると人混みの中に、まだあの赤いパーカーが見えて、恐怖に震えが止まらない。

 どうして、私を見失わないんだろう。

 何度他の客に紛れ込んで巻いたと思っても、あの男は執拗に私を追いかけてくる。

 アイツに此処まで執念深く追い回される事となった、決定的なキッカケは何だろうか。

 毎日送られてくるメールを無視したからかもしれないし、付き纏うのを辞めなければ警察に言うとキツめの警告したからかもしれない。


 兎も角、捕まったら碌な事にならない事だけは、ハッキリと分かっていた。


 このスーパーは広い。

 だから階をまたいで逃げれば、そう簡単には見つからないかも。


 そう思った私は、走ってエレベーターに乗り込み適当な階を押した。

 ずっと尾行されていて怖くて出来なかったが、これで少しは時間を稼げるから、降りた先で誰かに助けを求めてみよう。


 1人の空間に少しだけ安心して、ドアが開くのを見ていると。




 視界の先には、あの赤いパーカーの男が…………刃物を振り翳していた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「んぐぐー!!!……駄目だ!ここも開かない!!」


 異変があったのは、スマホの時間だけじゃなかった。

 スーパーの入り口の自動・手動ドアは幾ら押しても少しも開かず、近くの店員さんや、お客さんに声を掛けても誰も返事どころか反応すら返してくれない。


「なに?……なにがおこってるの?」


『どうやら、閉じ込められたようだね。

まさか初めて来店して一発で怪異に狙われるとは!君は怪異に好かれやすい体質なのか。』


「やだよ!冗談でも笑えない!!」


どちらにせよ、怪異の事について詳しく知らないと対処の仕様がない。

俺は、人目を気にしなくて良いからとスマホから出てきた新谷先輩に聞いてみた。


「ね、ねぇ。このスーパーに出る怪異ってどんなの?怖いやつ?」


『安全では無い、かな。』


回顧の牢獄。

その曰くは、終わらぬ贖罪。


 とあるスーパーで起こる怪異。

 怪異が発生すると時刻は15時30分になり、店中の商品も2005年の物になってしまう。

 更に厄介な事に全ての出入り口が封鎖され、出られなくなってしまう。

 そして、この怪異に関わってしまった人間は……「あっ!新谷先輩待って!!動いている人が居た!!おーいっ!」


 話の途中で悪いとは思ったのだか、人混みの中から此方に向かって動く人影が見えたので話を遮る。

 背丈と服装的に男性だろう。何かこの状況を知ってる人かも知れないし、何も知らなければ俺達と同じ迷いこんだ被害者だから彼も危ない状態だろう。意思疎通が出来るかも知れない人間を見つけてホッとした俺は、すぐに彼に駆け寄った。


「あの!俺た……俺!!此処に閉じ込められちゃって!!」


『……っ!?待って!!莉玖くん!!』


「…………え?」


 新谷先輩の静止の声に驚いて止まると、ブンッと鳴る風切り音と共に、風が俺の髪を揺らす。


 パラパラと散る切られた髪と、男の手に持たれた物を見て、血の気がサーッと引いていく。

 咄嗟に、再度俺に向かって刃物を振り翳す男の隙をついて必死に駆け出した。


 な、なんで!?


 フードで隠れて彼の顔は見えなかったが、一連の行動で友好的ではない事は嫌でも分かる。

 彼は一体何者なのだろう?


『あの男は怪異の一部だ。

先ほどの様子じゃ、十中八九きみを殺す気だろうね。』


 周りの動かぬ人達を避け、走りながら新谷先輩が説明してくれるのを聞く。

 今回の怪異も厄介な奴じゃないか!!!


「に、新谷先輩!!霧呼だして!!」


『何か思いついたのかな?

……分かった、ちょっと待ってて。』


 その曰くは、霧に溶けた遠吠え。


『出ておいで』


「きゃうーんっ!!」


 ポンっ!!と何もない空間から霧呼が飛び出し、ぺチッと小さな身体が床に叩きつけられる。

 慌てて拾い上げると、俺は足を止めずに霧呼のふわふわひんやりとしたお腹に頬ズリした。


『…………何してるの?』


「いや、混乱して落ち着かないから、気を紛らわせられるかと思って……。」


 新谷先輩から刺さる無言の冷たい視線と、霧呼のくすぐったそうにキュウキュウと鳴く声を聞きながら、取り敢えず安全に続きの曰くを聞くために、隠れられる所を探し始めた。



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