縁は異なもの、味なもの
第1話 『櫛笥みこと』という女
オレは、平凡な日常というものが大っ嫌いだ。
例えば学校。
登校して、授業受けて、テストして。
大学か専門学校行って、そのうち働き出す。
人生の困難や出来事に蹴躓かなければ、こんなところか。
学園祭、彼女、体育祭、修学旅行、彼女。テストの打ち上げに、部活、学校帰りに買い食いして、コンビニ行って、ゲーセン行って、食べ放題に行って、カラオケ行って、彼女と過ごす。
そういう日常を漫然と過ごして、ヘラヘラしている奴とオレは違う。
全然違う。もっとこう、ヤバめの刺激を求めている。
だが、こんな話を熱く語りだすと、中高生特有のあれね、みたいな生暖かい視線で見られるので、オレは黙ってスマホを触る。
そこならどんな夢でも見られたし、もっと自由でいられた。
スマホのホーム画面から、いつもの漫画アプリのアイコンをタップする。
異世界に行ったり、現実を侵食してくる怪物と戦ったり。急に美少女が現れたり、色んな人を助けたり、それで感謝されたり。
爽快な物語の主人公に自己投影しながら、オレは今日も生きている。
画面から顔を上げれば、普段通りの平凡な教室だと知っていても。
もしかして、と期待して。
この学校が突然知らない化け物に襲われたら、オレはどれだけ上手く立ち回れるのか。そんなことばかり、考えるのだ。
とまあそこまで思って、オレは電源ボタンを一回押してスマホの画面を消した。
そろそろ昼休みも終わって午後の授業が始まる。5限目の現代文担当教師は、授業中のスマホの使用に厳しい奴なので、大人しく教科書を開いておくのが正しい過ごし方だ。
休み時間はどこかに行っていたクラスメイト達も、ぼちぼち戻って来た。話声は止まずざわついているが、チャイムが鳴って先生が来るまではそんなものだ。
ふいに、廊下から聞こえる誰かの会話が止まった。
オレのいる教室の生徒たちは誰も気が付いていない。廊下に通じる窓は開けたままで、比較的入り口に近い席で耳を澄ませていたから、オレにはわかった。
2人分の乾いた足音がゆっくりと大きくなり、オレのいるクラスの前で足音はぴたりと止まった。
引き戸を勢いよくスライドさせて、ずかずかと誰かが教室に入ってくる。
オレを含めたクラス全員は無言のまま動けない。というか、予想外の出来事過ぎて誰も対応できていない。
『彼女たち』を見つめるので精いっぱいだ。
「あー、えーとぉ、こんにちは?」
突然教室に入って来た人物は、教卓の前で気の抜けた挨拶をしだした。
黄色の宝石をちりばめた様な髪留めとツインテール、紺のセーラー服を着用した美少女。短いスカートの下からは、健康的な生足を覗かせ紺のハイソックスを着用している。あとなんか訛っていた。
彼女の服装はこの高校の制服ではなかったし、年はどう見ても中学生くらいだ。
「うわ、むっちゃびっくりしてるやん。えーと怪しいもんやないんやけど……用事終わったらすぐ出ていくし」
どうみても怪しい美少女は、左右に首を振って何かを探しているようだ。
「なんやっけ、名前。えーとなし、なしくん……?」
「
怪しすぎる闖入者はもう1人いた。
パンツスーツ姿の、年上のお姉さんといった風貌の綺麗な女性だ。たれ目の彼女は、高校生というよりは大人っぽく、大人というよりは少女っぽい。特徴的なのは上半身で、黒いスーツの前部分が非常にきつそうだ。つまり、胸がとても大きかった。巨乳だ。
「そうそう、音無くん! おる?」
そんな凹凸コンビとも言える2人は、昼休み終わりの教室にやってきて誰かを探しているようだった。
音無、という名の生徒を。
と、状況から得られる情報をなんとか飲み込んで、ようやく気が付く。
音無って、オレじゃん。
「あの……オレに何か用ですか?」
クラス中の視線が、一斉にこちらへ飛んでくる。
教室の生徒たちは驚いていたし、同じくらいオレも驚いていた。
同時にこの異様な展開に胸が弾む。どう考えても普通ではない、午後の展開だ。
「あーよかった。こっちこっち、音無くん。大人しくついて来てな」
ツインテールの美少女は、後ろの方にあるオレの席近くにやってくると、無遠慮にこちらの手を握った。色素の薄い髪が揺れ、シャンプーか何かの匂いがふわりと香る。
想定していなかった彼女の行動に、オレは流されるまま手を握り返した。
手汗がヤバいかもしれない。
え、というか何これ。夢?
突然現れた可愛らしい少女がオレに用事?
机と机の間をすり抜けながら、オレと手をつないだ少女は教室の教卓辺りまで戻ってくる。そして、巨乳スーツの女性に目配せすると、教室の外へと出た。もちろん、手をつないだオレと一緒に。
「はーい。みなさんお邪魔しました。今のことは、忘れてくださいね」
振り返ると、クラスのみんなにスーツ姿の女性の方がぺこりと頭を下げるところだった。
彼女も、廊下へ出てオレたちの後ろを歩き始める。
強くもなく弱くもない力加減で、少女は無言のままオレの手を引っ張り続ける。彼女の行動には抗いがたい雰囲気があった。虫が花に誘われるような、甘美なる誘惑。
ふわりと意思が蕩けそうになって、慌てて頭を振る。
いや、いいのかこれ。
「な、な、何事ですか? え?」
下へと導こうとする彼女の手を引いてみる。オレの軽い抵抗と声に、階段の踊り場まで来て、少女の歩みはようやく止まった。
遠くから生徒たちのざわめきが聞こえる。
休み時間も終わりかけの今、階段には誰もおらず、オレと振り返った少女は見つめあう。追って来たスーツの女性も、背後で立ち止まる気配がした。
3人だけの踊り場で、オレの耳にはドクドクと心臓の音が響いていた。
「説明はまたするけど、学校やとめんどいからもうちょっと待ってな」
「そうは言われても……オレ授業が」
ここまで来て今更だが、一応高校生らしい言い訳をしておく。
「もっと大切なことがあるやろ? ――あの教室にいた子たちと違って、あんたは特別なんやから」
「それは」
どう考えても、平凡な日常からかけ離れた状況だ。
彼女たちが教室にやって来て、有象無象に紛れていたオレは特別になった。
物語の主人公のような展開なのに、手が震えそうになる。汗が伝う。
なんでオレを知っているのか、どんな理由で手を引いたのか。まだわからない。
平凡な日常が終わりここから始まりそうな。そんな期待。
はっきりいってオレは喜び興奮し、わけもわからず恐怖していた。
――――嫌なものが、差し迫っている。
「……あら」
突然、涼やかな声がこの状況に割り込んだ。
オレたちのいる踊り場の下。
1階から2階へ上がる階段を、誰かが昇ってくる。
黒く、光を反射する美しい巻き髪。
同じく黒の、折れない意志を感じさせる瞳。
弧を描く唇の乗った顔は、上品だが華やかな印象だった。
真っ白の着物と、下は赤い袴。
最近読んでいる和風バトル漫画に出てくるヒロインが着ているやつ。
――そう、あれだ。巫女服だ。
この学校にはどう考えても似つかわしくない3人目の闖入者は、オレたちを見上げてにっこりと微笑んだ。
「ちょうどよかったですわ。そちらの少年をわたくしに引き渡していただけますか?」
これが、オレと『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。