第16話 決着


【シィッイイイ、ギイッ――!!!】


 光が弾ける。流れる。飛び散る。

 苦しんでいるがこれではだめだ。破邪師とは妖を滅する者。祓うでもなく、支配するでもなく、無へとするのがその役目。


 光を集めた鈴串を、押し込む。


 ――もう少し、もう少しなのに。



「…………あ、」



 虚脱感と共に、間抜けな息が漏れる。

 もう無理だと思った。

 鈴串の力がどんどんと弱まってく。もう一度込めなおす残りもない。


 救いを求めてミチルを探した。


 彼女は、先ほどと同じ場所で、尻もちをついて、ぼんやりとこちらを眺めていた。

 目の中に光はなく、口はだらりと開いている。

 小さな狐が心配そうに、主の足にすり寄っていた。


「もう、だい、じょうぶ……?」


 ミチルの口の動きを真似て、声に出して、頭を疑問が埋め尽くす。

 この状況で、一体彼女は何を言っているのだ。

 もう、わたくしに使える破邪の力は残っていない。ミチルも動けるような状態ではない。

 では、どうして。


 その問いの答えは、あっさりと示された。


 倒れていた一つ目の妖の身体が、その端から崩れて消えて行く。

 頭も手も足も。切断してバラバラになったパーツが綺麗になくなっていくのだ。

 まだ、全てわたくしの鈴串で滅していないというのに、まるで破邪の力によって消滅するように、空へと散っていく。


 まるで、そう、まるで。

 ――破邪区域でよく見る妖の最期のようだな、と思った。



「うあああー、終わったーーーー」



 ずいぶんとだらしない声を出して、ミチルは校庭の土の上に寝ころんでいた。


「もう、無理無理ー。むらくもぉーみんなのこと見てきてくれる?」

「はい、お任せください!」


 狐の姿をした式神が、校舎へと去って行く。

 その後姿を呆然と見送りながら、わたくしは何が何だかわからなかった。


「あ、みことも生きてるう? 車の中のさ、倒れてたおじさんたちの様子見てきてくれない?」

「は、はい? それは良いのですが……」

「やったー。じゃあボクもうしんどいから。寝るね」


 四肢をだらりと投げ出して、ミチルは本当に寝始めてしまった。


 待っていても誰からも指示もないし、説明もない。

 仕方なく、重い身体を引きずりながら、大須賀家の者たちの安否を確認することにした。

 車にたどり着く前に、いくつかに分断された妖の塊は綺麗さっぱり無くなっている。あんなに圧迫感のあった巨大な存在が消えるというのは、不思議なものだった。

 穴の開いた地面や、ひしゃげた樹木のみが、今はいない妖の名残だ。


 車内の大人たちは数度呼び掛けて、残っていた微量の破邪の力を流せば、すぐに目を覚ました。

 それでもほとんどの者が体調不良を訴え、疲れ切っており、片付け作業に加わるのが難しかった。まだ何とか動ける者が、携帯電話で慌てて本家に連絡している。


 倒れていた補佐班も、校舎内の異常を察し救出に向かおうとしていたらしい。だが、車内に張っていた破邪区域を解除し、ドアを開けようとしたところで複数の妖が侵入、入り口を塞ぎそして爆散した。結果、校舎内の破邪師たちのように昏倒してしまったようだ。


 しばらくすれば、学校の正面玄関から、数人の破邪師たちが肩を支えあいながら外へと出てくるのが見えた。まだ、動けるとわたくしは自身に言い聞かせて、救出を手伝う。


 もうミチルとわたくししか、あの大きな妖に対することができなかったという状況に、死者も覚悟していたが、奇跡的に誰も一族の者は欠けることがなかった。

 それなりの破邪師たちで来たことと、やはり八重の神の祝福だと、彼らは喜ぶ。

 そして、危険な目に合わせてしまったと謝罪と感謝をされてしまった。



 数時間後、麓の町で念のため待機していた一族の者や、大須賀家本家からの応援がようやく到着し、帰途につくことになった。


 今回の作戦へ参加していた破邪師は、殆どが地元の病院へと直行し、大須賀家の息のかかった医者に託された。わたくしとミチルは一番の関係者なわけだが、状況の説明や増援への引継ぎなど全てわたくしがやるはめになった。ミチルがずっと寝ていたせいだ。


 一族の人間に、何があったか話しながら、それでもわたくしはその全てを理解していなかった。わたくしたちだけ倒れずに済んだ理由も、山に現れた妖が滅された原因も。ともかく、自身の体験したことだけできるだけ正確に伝える。


 学校の周りを、大須賀家の者たちが探っているし、きっとどうにかなるだろう。

 他にも小さな疑問が湧いては消え、考えようとしてまとまらず崩れていく。


 帰りの車の中ではあっという間に眠りに落ちた。

 破邪の力も体力も、根こそぎ奪われたのだ。

 もう、休憩したって罰は当たらないだろう。





 ◆ ◆ ◆ ◆





 生ぬるい、液体の中を、わたくしはどんどん落ちていく。

 下の方は、どす黒く、恐怖しかない色が沈殿していて、こちらを飲み込もうと、何本も何本もタコのような手を伸ばす。掴まれたくない、沈みたくない。


 上の方は、温かくて、優しい。

 ふと、慈愛に満ちた声が聞こえた。


「知らなかった。お前はすごんだな、みこと」

 お父さま。


「あなたは、すごい子なのよ。みこと」

 お母さま。


 大好きな家族がそこにいる。だから、上に行かなければならない。


「だから、だから――八重の巫女になりなさい」


 誰かの手を取って、走る。砂利を踏む。

 並んで笑う。


 大好きな家族に囲まれて、ずっとあそこにいたい。

 それに――。


「みことって、まあまあ優秀だけど、ほんとダメだよね」


 ――張り付くような細長い手が、わたくしを一気に水底へと引っ張った。

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