第10話 実力を示す機会


 昼休みに村雲と甘味を楽しんだ日の、放課後。


 いつものように大須賀家の迎えの車に乗りこんだわたくしとミチルは、特に話すこともなく本家に向かった。

 仕事の無い日は、学校終わりはそのまま修行と決まっている。ミチルはたまにサボってクラスメイトの女の子たちと遊びに行くけれど。


 巫女服へと着替え、そこそこの長さの黒髪を紙紐で結ぶ。ミチルも同じように長い茶色の毛を高めの位置で縛りポニーテールにしていた。


 本日も、自身の破邪の力を別の物体に込める修行だ。

 これが破邪区域を作る道具になったり、妖を滅するための道具になったりする。


『ほうぎょくが ひとつ』


 わたくしとミチルの前にそれぞれ丸く透明な石をいくつも並べ、2人してそのうち1つを鈴串で指し示す。


『かみさきよ つめさきよ めぐりて ながるる』


 鈴の清らかな音が部屋にこだまする。

 白足袋の足を、円を描くように下げ、わたくしたちは舞い踊る。


『うでよ あしよ めぐりて ながるる』


 声が重なり、その心地良さと冷たさに身震いする。

 破邪の力が流れ出し、宝玉へ向かって注がれてゆく。


『かたよ はらよ めぐりて ささげる』


 鈴串を振ってひと際大きい音を鳴らし、わたくしとミチルは最初の作業を終わらせにかかった。


『――破邪収束』


 わたくしが指した玉はうっすらと白く輝き、ミチルが指した玉はぼんやりと青白く輝いている。まず、1つめ。これを何度か繰り返す。


 間に休憩を挟みながら、均等に並べられた空っぽの宝玉にわたくしたちの力が詰まっていく。

 明日、破邪師としての仕事に単独で行くように言われているので、今日の修行はほどほどで止めておいた。休息を取れば失った破邪の力は戻ってくるけれど、あまり吐き出し過ぎると一晩の睡眠で戻しきるのは難しくなる。


 わたくしの前には、淡く輝く白の玉が8つ。

 ミチルの前には青の輝きを宿す玉が10。


 おそらくわたくしが本気を出せば、ミチルとの破邪師としての力の総量の差はそんなには無い。彼女もあと数個は力を込められたはずだし、この数はどう見てもセーブしている。

 普段修行を共にしてきて、その日の体調による個数の変化はあれど、ミチルの実力は大体把握していた。


 もう少しで超えられそうで、超えられない。

 伸ばした手が背中に触れそうな、そんな距離。

 式神召喚の件で衝撃を受け、それまで以上に必死に修行に励んできたわたくしは、ようやくここまでやってきていた。

 それでも、あと少しがなかなか届かず、その背が追い越せない。




 力が馴染み、玉の光がすっかり消え去った後。

 来月に他県で行われる大規模な仕事の話を、わたくしとミチルは正座して聞かされていた。


「妖の狡猾さと数的に、大須賀一族の中でも選りすぐりの破邪師に参加してもらう予定です」

 本家の修行などを手伝ってくれる世話役の男性が、当日の人員や配置を記した紙を渡して説明してくれる。


「あー、見知った名前ばっかりだ。これだけの人数でやるの珍しいね?」

 ミチルの疑問は、わたくしも同じように抱いていた。


「えーと場所が、旧……廃校、ほーなるほど! 国のお偉いさんから直接依頼が来たのか。当主様は相当気合入れて組んだね、これ」

「ああ、元『学校』、ですか……」


 誰かが答える前に勝手に納得したミチル。わたくしも、場所の廃校でそれとなく察した。

 地域公共団体が、廃校の新規活用のために頑張ってプロジェクトを組んでいたら、妖が巣くっていて現地は大混乱、といったところだろうか。

 現場からの報告を受けて、上から大須賀家に内密に連絡がきた、そんな感じだろう。


「ミチル様も、みこと様も、ご理解が早くて助かります。今後の予定があるのに、現状作業が何も進められず困っているとのことで、至急大須賀家の破邪師の方々の予定を調整し、来月に決行されることとなりました」

「――そして、ボクたちも同行させたいわけか」

「はい。当主のご希望です」

「実力ある、2人を活用しない手はないもんねー」

「わたくしが、破邪区域作成班で、ミチルさまが、攻勢班ですか……?」


 参加する破邪師たちの割り振りを確認して、少し思案する。

 普段なら文句などないが、この時期でこの面子であることを考えると、まずいかもしれない。


「みこと様には得意の精密な破邪区域の作成をお願いしたく、――どうかされましたか?」

「当主様は、お屋敷に帰っていらっしゃいますか」

「ええ、お部屋に……」

「ありがとうございます」


 そこからのわたくしの行動は早かった。

 もう、八重の巫女決定まであまり時間がない。

 少しでも有利に物事を運ぶために、これを利用するしかない。


 ミチルと2人で行った別荘の依頼とその後の修行で、失態を演じてから数週間。わたくしは、この状況をどう取り返せるかずっと考えていた。


 毎日のように、八重の巫女になれない夢を見る。恐ろしい黒い手たちが、諦めたわたくしを引きずりこもうと、足に触れる嫌な夢。落ちた先にある絶望の底にたどり着かないように、足を蹴って息をして何とか生きているような日々だ。


 修行の間を飛び出したわたくしは、大須賀家の長い廊下を何度か曲がり、奥へと進む。途中当主の付き人を見つけ面会を求めれば、その要求はあっさりと受け入れられた。


「当主様」


 入室して早々、わたくしは畳に手をついて、頭を下げる。

 やはり大須賀家当主の存在は、この身を委縮させてしまう。彼の『当主』という立場や、振る舞いが、どう足掻いても下位のわたくしを押しつぶしそうになるのだ。

 だから、なるべく視界に入れないようにして。


 わたくしはとにかく必死だった。


「来月の廃校での件ですが、わたくしも攻勢班に加えていただけないでしょうか」

「何故だ」


 短い問いに、呼吸が苦しくなる。見えない圧が頭や身体を潰してしまいそうだった。


「…も、もうすぐ八重の巫女選定の時期でございます。今回参加する破邪師の方々の名前を見れば、これが巫女候補の実力を測るための場だということはわかりました。それならば、ミチル様と同じ立場で、どんな妖を滅したかどれほどの数をこなしたか、比較していただいた方がわかりやすいかと存じます」

「……ふむ」


 大須賀家当主は、ミチルの父親だ。

 当然、ミチルを八重の巫女にしたいと思っている。

 破邪区域の得意なわたくしを担当班にした、というのは現実的な配置ではある。しかし、今回の仕事で妖を滅していくのは攻勢班だ。あきらかにそちらの活躍に目が行きやすい。


「わたくしよりも熟練の破邪師の方々が今回は多く参加されています。破邪区域は最終的な作戦の要、より強固なものが作成できる方たちにお願いしたいのです」


 ここで、自身の未熟さを少し出して、弱さを印象付ける。

 どうか乗ってくれますようにと祈りながら、わたくしは軽く息を吸った。


「ミチルさまとは一度同じ状況で、破邪師としての資質を競い合ってみたいと思っておりました。わたくしでは敵わないかもしれませんが、どうか配置について考え直していただけないでしょうか」


「……いいだろう。お前も攻勢班に入れ。変更は追って伝える」


「っ、ありがとうございます」


 震えそうになる手足を何とか動かし、声を絞り出してお礼を告げる。

 当主様が今考えていることをこれ以上覗き込むのは恐ろしい。彼がどんな表情をしているかまでは確認できなかったが、言質は取った。複数の世話役が周りで聞いているし、この約束が反故にされることは無いだろう。

 当主にとっても、ミチルとわたくしの能力差を見せつける、良い機会だと考えたはずだ。


 修行の間に戻ったわたくしを出迎えたのは、呆れた様子のもう1人の巫女候補だった。

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