第8話 君に祝福を


「あ、おはよ。櫛笥さん!」

「おはよー」

「おはようございます」

 クラスメイトの女の子たちの毎朝の挨拶。昨日までと同じならそれで終わり、わたくしが席に座って彼女たちの興味も友人と手元のスマホに戻る、はずだった。


「櫛笥さん、今日誕生日だよね!」


 数人の少女たちに囲まれ、何やら可愛らしい包みを渡される。


「まあ、覚えていてくれたのですか。ありがとうございます」


 そういえば、そうだった。

 朝の食事の時に家政婦の女性にも軽く祝われ、感謝の言葉を返していた。けれど、特別仲良くしているわけでもない、クラスメイト達にプレゼントまでもらうと思わなかったのだ。


「そりゃ覚えてるよ。私、去年もクラスいっしょだし」

「前は何にもできなかったもんね」

「そうそう。ミチルくんに誕生日プレゼントあげて、櫛笥さんの誕生日聞いたら終わってるんだもん」

「そんな、気を遣っていただかなくても……」


 確かに昨年、そんなこともあった。

 彼女たちは高校に入学してから知り合ったので、そこで初めて誕生日を確認されたのだ。

 もらえなくても特に悲しくは無かったが、こうして受け取ってしまうと、嬉しさがじわりと心に広がる。


 たぶん、放課後家に帰れば大須賀の縁者や大須賀にすり寄る者たちからも贈り物は届いているだろう。わたくし、というよりは母宛に。

 そんな大量の高価な品物より、今手にあるこれはわたくしのために用意されたプレゼントだ。――例えミチルのおまけでも。


「前に、櫛笥さんに聞いた好きなものみたいな高い洋菓子じゃないけど」

「東京のおしゃれなスイーツショップのやつね……」

「あれはさすがに無理」

 以前、好みの物を質問されたことがあったが、そんな些細なことを覚えていてくれた。

 綺麗に装飾された包みを持つ両手に、自然と力が入る。


「いえ、お菓子でなくても、とても嬉しいですわ」

「ほんと、よかったー」

「うん、うん!」

「あ、ミチルくん」


 少女たちの内の1人が、登校してきた彼女にすぐ気が付く。

 そこからはもう、話題は彼女の物だ。


「おはよー」


 眠気を隠すことなく欠伸して、挨拶をしたミチルはのろのろと自分の席に向かって行く。


「あーミチルくん、おはよ!」

「おはよー!」

「ねえねえ、ミチルくん。ミチルくんはさ、再来月誕生日でしょ? 何欲しい?」

「んんーいきなり何? 急だね」


 かったるそうなミチルと、会話を始めるクラスメイト達。わたくしの番は終わりだと、大人しく席に向かう。もう少しすれば朝礼があって、普段通りの授業に突入だ。


「ほらほら、今日櫛笥さんが誕生日だから! 次はミチルくんだな、って」

「あ、そか。おめでとーみことー」

 本当にどうでも良さそうに離れた位置からミチルは手を振る。無言のまま、わたくしはその場で頭を下げておいた。彼女から祝われても、なにも良いことはない。


「で、で? ミチルくんのご所望は?」

「すっごい高いのはやめてね!」

「でも遠慮はしなくていいから」

「すごい難易度高い質問してくるじゃん……」


 ミチルの友人たちの希望はともかく、わたくしは大須賀のお嬢様がなんと答えるのか、もうすでに知っていた。

 うーん、と唸ってから、自分の机で、ミチルは頬杖をつく。


「去年と一緒で、残るものじゃなければなんでもいいかなー。ガムとかアメとかコンソメ味のスナック菓子とか……あ、コンビニのさ、ハムマヨコーンパンとか」

「うわあ、イベント感、無」

「ほんと、前と変わんないね」

「だって、物とか手紙とか重いし。もらっても困る。ボクそういうのやなんだよね」

「そういうところだぞ、ミチルくん」


 残るものじゃなければなんでもいい。物とか重いし。

 これは、彼女が小学生ぐらいから、友人たちに何かを渡されるたびに口にしていた。


 本家の娘への贈答品は特に文句なく受け取っているようだが、正直使っているのかはよくわからない。

 わたくしも分家の娘という立場から、誕生日やその他の祝い事でミチル宛てに物を贈ることはあった。けれど彼女のプレゼントに対する希望を耳にしてから、長く保持することになりそうな物はやめた。今では考えるのも苛立たしいので、大須賀家御用達の和菓子屋の商品を適当に選んでいる。


「あー、お肉とか! 肉とか肉とか肉でもいいよ」

「こらこらミチルくん」

「あまりにも雑過ぎる」

「食いもんの話は後にしろ、朝礼始めるぞー」


 低いテンションで教室に入ってきた担任教師によって、女子たちの会話は打ち切られた。



 その後は特段変わったことはなくいつも通り。

 授業を受けて、短い休み時間は英語の単語帳をめくって、移動教室で動いて、昼は食堂で早めに済ませて。

 まだ少し残った昼休み。わたくしは通学鞄を掴むと人目を気にしながら校舎裏へと走っていく。雑草が生い茂り、ひしゃげた空き缶がいくつか落ちている地味な場所。学校の敷地と公道を隔てる塀があり、あまり広くもないし夏は虫が多いので、生徒はあまり寄り付かない。


『村雲、村雲!』


 声に少しだけ力を込めて呼びかける。

 数秒待てば、伸びきった雑草の隙間から黒っぽい三角の耳がぴょこっと飛び出して、しゃがんだわたくしに近づいてきた。


「みことさま、ご用ですか?」


 ミチルの式神である狐は、愛らしいお顔を不思議そうに傾けている。

 尻尾が興味深そうにゆっくり左右に揺れていた。

 彼はミチルが学校にいる日中、こっそり校舎の近くに潜んでいる。主からの呼び出しがあればすぐに向かえるように、だ。


 そんな中で、わたくしと彼は秘密裏に休み時間に会うことがあった。

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