第3話 巫女候補の矜持
「では、ミチルさま。はじめましょうか」
2人っきりになったリビングルームで、わたくしは鞄から紫檀色の風呂敷を取り出す。中に入っているのは、破邪のための道具たちだ。
「はえーーー、めんどいーー」
ソファにごろりと横になり、ミチルは上品な巫女様をかなぐり捨てた。
話が終わるのを待っていたのか、開け放たれた窓から村雲がぴょこっと入ってきて、ミチルの足元に行儀よくお座りする。
手を伸ばして自身の式神を撫でながら、こちらを見上げる少女にやる気は欠片も感じなかった。
「話聞いたでしょ? これボクがやることかなあ、むっちゃ低級じゃん」
「しかし、大須賀家の者として依頼を受けたのですから、きちんと滅さなければ」
「いやいやいや、破邪師の仕事はやればいいよ、みことが。ボクは、何もしたくないし、ここでゴロゴロしてるから、あとよろしく」
「けれど、わたくしだけでは、もしもの時に……」
「いやあ、みこと優秀だし、もしもとかないでしょ。気分が乗ったら、なんかしてあげるから。ほら、破邪区域の下準備から開始かいし、いってらっしゃーい」
緋袴をはいた足をバタバタとソファの上で動かし、近くの布鞄から取り出したスマホをミチルはいじりだす。すぐに軽快な音が鳴り始め、彼女は忙しそうに画面をタップし出した。
この女、音ゲーをしていやがる。
どれだけ不満があろうと、本家の娘には逆らえない。
絶対的に超えられない線がそこにはあり、歯向かうのであれば実力を示さねばならない。
だから、どうしたってわたくしはこの仕事をこなすしかないのである。
やるしか選択肢がないことをわかっていて投げるのだから、本当にミチルはよくできたお嬢様だ。
「村雲ー、みことのこと、手伝ったげて」
「了解でありまする」
風呂敷を抱えてリビングを1人出ていこうとしたわたくしに、小さな影がついてくる。主の命を受けた式神は、ぽてぽてという擬音が似合いそうな短い脚で、横に並んで歩き出した。
別荘の一番奥の部屋を目指し廊下を移動しながら、例の階段が視界に端に映る。
問題の部分はここだけれど、初めに手を付けるわけにはいかない場所だ。
やがてたどりついた廊下の突き当りの部屋は、室内のほとんどの物に白い布がかけられていた。小さなキャビネット、美術品、椅子、その全てが役割を全うすることなく、布の下で大人しく仕舞われている。
閉じた花びらのような形をした天井のシャンデリアの下で、埃がキラキラと舞っていた。
紺のカーテンで閉め切られた窓辺付近で膝をつき、持ってきていた風呂敷を広げる。
その中にある護符の束を手に取り、紙紐をちぎった。
瞼を閉じ、身体中を巡る力に意識を集中させる。暖かいものが流れ、腕から手へ、手から指先、指先から護符へ。わずかな力を紙に込めて、護符とわたくしが繋がったことを確認する。
「村雲、何枚かお願いできます? ……できれば2階を」
「もちろんでございまする。……はむっ」
ぼんやりと発光している護符を何枚か銜え、ミチルの式神は部屋を飛び出していく。たまにサボるミチルを置いて、彼と何度もこなした工程だ。お互い慣れてしまった。
別荘の外に一番近い各部屋の窓や壁に、わたくしの力を込めた護符を貼っていく。内側と外側を完全に区切るためだ。
この建物のどこか……おそらく階段に潜む妖に攻撃を仕掛ければ、必ず何らかの反応が来る。
もちろん一撃で倒せればそんなことは心配しなくても良いし、反撃してくれば応戦すればいいのだが、逃げられてしまうのが一番困る。
そのため護符を貼って破邪区域を作成しておくのだ。階段から逃走しようとした妖はどこにも行けず、最終的には消滅する。妖を捕らえるというよりは、密室に閉じ込めて滅するための檻。最終的に全て綺麗に終わらせるための手段であった。
まあ、できることなら初めの一撃で片を付けたいのが本音だ。
逃げ出した妖を追って区域内を走り回って、結局用意していたもしもの手段で気が付いたら消滅していました、は破邪師としては微妙である。
「みことさま、終わりました!」
ふさふさの尻尾を左右に揺らしながら、村雲が足元にすり寄ってくる。わたくしは台所裏口の細長い扉にちょうど護符を貼りつけるところだった。
「ありがとう。助かりましたわ」
「いえいえ。大したことではございませぬ」
そうは言いながらも鼻をひくつかせて、なんだか式神は得意げだった。
「けれど、その」
「その?」
「また、できれば、茶色の甘味をですね……いただければ」
「チョコレートですね」
「そうです! ちょこれいとを一粒、二粒…えーと食べたいなと」
「お任せください。また用意いたしますわ」
「ありがとうございまする! その、くれぐれも主さまには秘密に」
「はい、わたくしとあなただけの秘密です」
嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねながら、彼はリビングルームに戻って行った。
なんとも愛らしい式神である。彼は元々、ミチルと式神契約をするために現れた妖なのだが、世の中の妖がみんなああなら、この世界はきっと平和だろう。チョコレートがあれば大体の言うことは聞いてくれる。
「あー、おっかえりー。終わったの?」
先ほどと変わらず、ミチルは寝そべったまま部屋のソファで寛いでいた。ちらっと手持ちのスマホ画面が見えたが、おめでたいことにフルコンボを達成したようだ。腹が立つ。
「ええ、最後はここだけです。護符を貼れば準備は整いますから、階段の妖を滅するのを手伝っていただけませんか?」
もう一度、彼女に声をかける。
リビングから破邪区域の用意をしなかったのは、ミチルと少し時間を置いてから話がしたかったから。無事に音ゲーも終わったようだし、ここから引っ張り出して妖への攻撃を彼女に任せれば、わたくしたちは平等に仕事をしたことになる。わたくしが区域の発動、ミチルが止めを刺して終了だ。1人の仕事ならとならともかく、今日は2人で行くように言われたのだ、負担は半分にしたい。
「え、やだけど」
「……ミチルさま」
「だって、ほら今イベント走ってて、期間もあんまりないから。ポイント報酬のSRは限凸しておきたいし…」
「は? いべんとはしる? とつ?」
音ゲーとフルコンボは知っていても、スマホのゲームにはあまり詳しくないわたくしには、ミチルの話は難しすぎる。
「つまり、ボクはとっても忙しいってこと。ほらほら、みことは八重の巫女になるんでしょ? これくらい頑張りなよ」
「……そうですわね。わかりましたわ」
この女がずるいと思うのは、わたくしが引けなくなる言葉を出してくるところだ。
『八重の巫女になるんでしょ?』
そうだ。そのためなら、これぐらいの仕事はさっさと終わらせてしまわなければいけない。
例え、破邪の力を使うのがめんどくさいミチルに、小さな妖を押し付けられているということがわかっていても。
怪我をした親子は非常に怖い思いをしただろうが、破邪師的な立場から言えば、今回は低級の妖・低級の事件だ。大須賀家に事後報告しても、内容的に評価はたいして上がらないだろう。それでも。
「いいですわ。小さな事件でも完璧にこなしてみせます」
わたくしは櫛笥みこと。今は分家だとしても大須賀家の一員であることに変わりはないのだから。
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