第2話 放課後の仕事

 住宅街を通り過ぎ、いくつもの田畑を通り過ぎる。

 車の速度に置いて行かれるあぜ道を、ただ眺めて目的地に着くのを待つ。ワンボックスカーの車内ではミチルもわたくしも仕事着に着替え、準備はすでに終わっていた。

 親族の運転手の男が、もうすぐですよと教えてくれる。

 何人もで取り掛からねばならない仕事ではなく、わたくしたち小娘2人に任せるようなことなので、たいした規模ではないと思うが、油断は禁物だ。


 数十分車を走らせ、ようやくたどり着いたのは広い庭付きの洋風の一軒家だった。

 ミチルと一緒に外に出て、その建物に近づくと、見知らぬ男性が手を振りながらこちらに向かって駆けてきた。


「あ~、大須賀様ですね、どうもわざわざ、ありがとうございます」


 伸びきったポロシャツと、作業服のようなズボン姿の中年の男は、額の汗をタオルで拭っていた。その顔には人の良さそうな笑みを浮かべている。

 彼はわたくしたちを中に案内しながら、自分はこの別荘の管理人をしている者だと自己紹介してくれた。


「いやあ、お祓いをしてくださるとは聞いていましたが、こんな別嬪さんが2人も来てくださるなんて驚きました」

「そんな、恐れ入ります」

 口元を押さえ、ミチルは清楚に頭を下げる。


「巫女さんなんて、こんな近くで初めて見ましたよ。新年に初詣に行ったって、見かけないもんなあ」


 好奇心を含んだ、管理人の視線。

 それも当然だ。今のミチルも、わたくしも高校の制服から仕事着である白衣と緋袴に衣装を変えていた。

 巫女服、というやつだ。

 もちろん雰囲気のためのものではなく、破邪の力を込められて作られた、わたくしたちにとっての防具である。

 まあ、いかんせん日常で見かけることはないので、こうやってびっくりされたり、クラスメイトたちからは妖バスターミチルくんとお遊びめいたもの扱いされたりする。


「ところで、管理人さん。詳しいお話をお聞かせいただけますか?」

 ミチルが今日の目的に話を戻すと、男性は恥ずかしそうに頭をかいた。

「ははは、失礼しました。あ、どうぞ、スリッパです」


 たくさんの花と大きな花瓶の描かれた油絵、大小さまざまな置物、あちこちに美術品の置かれた玄関や廊下を通り過ぎ、リビングに案内される。

 ドアを開けた時に微かに感じる埃っぽさ。太陽光が入る大きな窓は開けられているが、まだ換気は十分ではないようだ。

 ソファをすすめられて、ミチルと共に並んで腰かける。

 家電は使えないのでと、管理人の男性は置いてあったクーラーボックスからペットボトルのお茶を2本取り出し、わたくしたちの前に置いてくれた。


「普段は空き家なんで、たまに様子を見に来たり、オーナーさんが来る前には掃除をしたり、してるんですがねぇ……ちょっとこの間色々ありまして」

「事故があったとお聞きしましました。それも、破邪師が必要になるような、通常では考えられないような事故が」


 クラスメイト達に見せる顔とは違う、上品なお嬢様のような態度でミチルは話を促す。めんどくさそうに全てを投げ出して脱力する普段の座り方ではなく、きっちりと膝の上に手を置き、背筋は真っすぐに伸びている。

 大人に対して外面がいいのが、この大須賀ミチルという女だ。呆れながら同じような姿勢で、わたくしも説明を待った。


「そうなんですよ。まず1年前にね、休暇でオーナーさん一家が遊びに来ていたんですけど、小学生の息子さんが階段から落ちてしまって、骨折しちゃったんですよね。それで、しばらくここには来てなかったんですよ。やっぱり子どもさんが怪我した場所だし、なんとなく嫌な感じしますよね」

「ええ、わかります」

「でしょう? それでねえ、もう1年経ったしってこの間、オーナーさんが久しぶりにご友人たちとこっちに遊びに来てねえ。そしたら今度はオーナーさんが、階段から落ちて、大怪我ですよ。もう救急車呼んで、奥さんも慌ててやってきて大騒ぎでした。……そしたら」


 一息入れるように、管理人の男は自分用のペットボトルのお茶を一口飲む。


「オーナーさん、救急車で運ばれるときも言ってたらしいし、病院にお見舞いに行った私も聞いたんですけど、『黒い手がいっぱいあった。引きずり落とされた』ってぶるぶる震えながら言うんですよ」


 そう語った彼の表情は硬かった。

 首元にかけたタオルで、額の辺りを雑に拭っている。


「でね、お父さんが階段から落ちたって聞いた息子さんが『前見た手は夢じゃなかったんだ。お父さんが信じてくれないから!』てずっと泣いてたらしくて。その子ね、1年前に階段から落ちた時もそう言ってたらしいんですよ、でもねえ子どもの言うことだからね」

「すんなりと信じるのは難しいでしょうね」

「そうなんですよお。でも2回もあれば、もうこれはヤバいでしょう? オーナーさんもこの別荘を手放そうかと考えたみたいなんですけど、お父様から相続したもので、子供の頃はなんともなかったし思い出もあるから、できれば持っておきたいらしくて」

「なるほど、それで『お祓い』を」

「ええ、ええ。私は2年前にこっちに来たので、あまり詳しくないんですけど、この辺りだと大須賀様のところが、そういったことに長けているとか。オーナーさんが、大須賀様に頼めば大丈夫だろう、と」

「ええ、そうですね。そういうことでしたらお任せください」


 ミチル共々、ようやく事情を把握する。

 こちらに来る道すがら簡単な説明は受けてはいたが、やはり関わっていた者から聞くと、なんというか出来事の温度が違う。


 少年が、その父親が、2階から階下を見下ろす。

 足を踏み出す。

 そこに絡みつく無数の手。

 宙へ差し出した足は後ろへと戻すことはできず、ただ、目の前の突き出した階段に落ちていく。きっと、その親子はとても恐ろしい思いをしただろう。


 管理人の男性にお礼を言って、しばらく家の外で待機してくれるよう頼んだ。

 彼は『お祓い』の様を見たがったけれど、安全のためにもこの家にいないのが一番だ。

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