白撫子は散りはしない
坂巻
つげ櫛よ、君があれな
第1話 『大須賀ミチル』という女
わたくしには、大っ嫌いな女がいる。
「ねえ、ねえ。ミチルくん何番だった?」
わたくしの目線の先でクラスメイトの女子が、
先ほどクラス担任から中間試験の結果が返ってきたばかりだった。テストは授業ごとに教科担当の先生から渡されたものの、ようやく順位というものがはっきりしたのだ。
ちなみに、クラス担任は配るべきプリントを職員室に忘れたとかで、現在教室にはいない。そのためクラスの空気は今非常にぬるい。微妙な結果だったと笑いながら話す少女たちや、成績からはすでに興味をなくしスマホゲームで遊ぶ少年たちで賑わっている。
さて、話しかけられた人物のテスト結果について話を戻そう。
ミチルの結果など聞く必要もなくわかっていた。
ほとんど2とたまに1が交じる自身の各教科のクラス順位。そして、わたくしの学年順位は2位だった。
「えー、ボク? ……1ばん。たまに2ばん」
肘の辺りまで伸びた茶色の長い髪と、スクエア型の赤ぶち眼鏡。
机と窓際の壁にめんどくさそうにもたれ掛かっただらけた姿なのに、クラスメイトや同じ学年の生徒だけでなく、先輩や後輩にも知らぬ人間はいないほどの美少女ぶりである。
個人のテスト順位というなかなかデリケートでずうずうしい質問にも、彼女は嫌な顔はせずどうでも良さそうに答えていた。
「おおやっぱり! ってことは、学年順位は?」
「えーと、1ばん」
「すごーい! さすがだねえミチルくん」
周りを囲んでいた少女たちが、自分の事のように嬉しそうにはしゃいでいる。
彼女たちは女性である大須賀ミチルのことを、『ミチルくん』と呼ぶ。ミチルは確かに美少女ではあるが、男子にモテるというよりは女子に好かれるタイプであった。文化祭のときは男装させられていたし、クラスメイト達にとっては綺麗でかっこいいミチルくん、なのだろう。一人称も『ボク』だし、あまり違和感はない。
だからと言って男子に好かれていないわけではなく、幼いころからそれなりに男の子に告白されていたようだ。付け加えるなら、女子からも告白されている姿を見かけたことがある。まあ結局、誰からも人気なのだ、彼女は。
「あ、ってことは! ねえ
何の気遣いもない質問が、こっちにまで飛んできた。
わたくしの気持ちはともかく、結果は別に隠しても仕方ないので、無難に答えておく。
「わたくしは、2位でしたわ。やはり大須賀さんにはかないませんわね」
眉尻を下げて、少し困ったように微笑めば、数人の女子たちはすごいと囃し立てた。
「やっぱり大須賀一族がツートップじゃん」
「美人だし頭もいいし、やばいよね」
「まじすご。ずっと順位変わんないね」
「うちらの学年さ卒業するまでこの順位じゃない?」
「はあー、お嬢さまたち完璧すぎ」
称賛とほんの少しの妬み、けれど負の感情は込められていないのがクラスメイト達の言葉だ。どうせ届かないとわかっている、どうせ敵わないとわかっている、そんなものは素直にすごいと褒めておけば、精神衛生上とても良い。悪く言えば、それは諦めだ。
しばらくすると、配布物のお知らせを担任が持って帰ってきて、本日はここで終了となった。帰りの挨拶の後、クラスメイト達は遊びや塾や部活など、思い思いの場所へ向かっていく。中間テストも終わり、生徒たちの空気は完全に緩んでいた。
「ミチルくーん! どっか甘い物食べに行かない?」
同じクラスの少女が、鞄を肩にかけて今にも出ていきそうなミチルに声をかける。わたくしはその真後ろにちょうどいたので、彼女と一緒に振り返った。
「ごめんね、今日実家の仕事があって」
ミチルの短い説明で、この田舎に住む者には大体伝わる。
「ああ、大須賀家のお仕事?」
「大変だね」
「ってことは、櫛笥さんもいっしょに?」
口は開かずに、頷いておく。
「そっか、そっか頑張ってねー!」
「ねえ暇なら写真送ってね、巫女服ミチルくんみたい!」
「わかるー」
「はいはい、暇で気が向いたらね」
ミチルは髪をかき上げながら、めんどくさそうに欠伸をかみ殺している。そんなおざなりな態度に、誰も文句を言うこともなく嬉しそうに手を振っていた。彼女が対応してくれるなら何だって喜ばしいらしい。
「わーい」
「いってらっしゃい!」
「妖バスターミチルくんかあ」
「むっちゃしっくりくる」
「アニメかな?」
数人のクラスメイト達に見送られ、ミチルとわたくしは教室を出ていった。
ざわざわと人が行きかう廊下を無言のまま、2人で歩く。
生徒が脇を駆けていく、誰かがこちらを振り返る。その全てに反応することなく、わたくしたちはただ校舎の外まで向かって行った。
妖バスターミチルくん、という先ほどのワードに内心苦笑する。
実情を知らなければ、やっぱりテレビやネットや書物から、わたくしたちのことを想像するしかない。
大須賀ミチルの実家、大須賀家はこの辺りでは有名な一族だ。
地域の神事や祭りで大須賀家の名前は必ず出て来るし、地主として周りの土地のほとんどは大須賀の本家か分家のものだし、色んな事業にも手を出して成功しているし。全国的な知名度があるわけではないが、この田舎町に住んでいて知らない者はいない、お金持ちの一族だ。
そして、クラスメイト達には軽い感じで扱われている仕事だが、大須賀家の本業は『妖』に関係あった。
「はあーようやく解放された」
正門前で停止していた機能性重視のワンボックスカーにミチルが乗りこみ、座席にだらりと体重を預ける。わたくしも同じように乗りこんで扉を閉めようとした直前、足元を小さな何かがするりと通り抜けた。車内に入ってくる、両手で抱き上げられるサイズの、銀灰の毛玉。いつものように、ミチルは靴先にやってきたそれを持ち上げる。
「どうしたの、別にお休みしててもいいんだよ?」
「いえいえ。主さまが向かうところ、この
三角の耳に、黒くぱっちりとした瞳。もふもふと柔らかそうな銀灰色の毛並みに、四本の手足。低い男の声で話すのは、どう見ても狐だった。
人語を流暢に操る動物という、どう考えてもあり得ない存在だが、この場の誰も気にはしない。
そう彼は、――大須賀ミチルの式神だった。
「みことさま?」
黒い鼻をこちらに向けて、村雲の口元がもごもごと動く。
「……なあに?」
「お疲れではないですか? お顔の色が優れないようですが」
「まあ、学校終わりですしね。何でもありませんわ」
完璧なミチルは式神まで完璧だ。
主でもないのに、こちらにまで気を使って言葉をかける。本当にお優しいことだ。どうしようもないことだけど、村雲みたいな存在がわたくしにもいればいいのに、と切に思う。
車窓の外の流れていく景色に顔を向けて、無理やり会話を終わらせる。
隣で、ミチルと式神が何やら小声でやりとりしているのを、意識の外に追い出し、わたくしは無かったことにした。
大須賀は古来より、妖を討ち滅ぼし民を救ってきた、破邪の力を受け継ぐ一族である。
元は京の陰陽師より、その能力の一部――妖を御する術を教えられた初代が、邪悪を滅することに術を特化させ、『
大須賀の初代当主は、京を離れ人々を助けながら旅を続けて、やがて西方にて土地を守り妖を制していた土地神と出会う。
八重の神――山に住む神秘の極致。至高の存在。
しかしそんな神様も、全ての妖から人を守ることは叶わず、日々その力をすり減らしていた。
そこで大須賀の初代当主は、土地神へ信仰を捧げ、一族の者たちと協力し、土地を浄化していった。民は平和を取り戻し、初代は旅をやめ、大須賀一族はこうして日本の片隅に居を構えることとなった。これから先も平和を維持することを誓い、八重の神と大須賀一族はお互いが欠かせない存在となったのだ。
――初代当主の正体は京より駆け落ちした貴族とかそんな話もあるが今は割愛。
そして、現在の大須賀家当主の一人娘、
分家の娘である、
表面上は、本家のミチルに遜ってはいるが、内心を語れと言われたらこう言い表すほかない。
わたくしは、大須賀ミチルが大っ嫌いだ。
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