褒める子は育つ

 キリカ様は言った。


「褒める子は育つ」

 

 ⌘⌘⌘

 

「キリカ様はさ、大概お人好しが過ぎるのよ」

 

 アリーシャさんは、お淑やかにティーカップに口をつけた直後、あちっと言ってすぐに唇を離して、口許を押さえている。

 

「あ、これはくすねたとかじゃなくて、キリカ様から練習用に私の分をいただいてて。どうぞ召し上がれ」

「ありがとうございます。……美味しいです」

「おうともさ」

 

 アリーシャさんは胸を張った。そして、声を少し顰めて話し出す。

 

「キリカ様は本当に変わられた。前じゃ茶葉の一枚勝手に使っただけで首を刎ねられかねなかったからね」

「えええ……」

「ま、大袈裟に言ってるけど」

 

 噂通りの暴君だったらしい。信頼していた腹心に裏切られて、彼女は変わったと。

 それなら。


「あの、キリカ様が暴君になられた経緯は分かりましたけど、キリカ様が本来のキリカ様に戻れたのは——」

「ああ。ある庭師のおかげ」

「えっ」

 

 僕はギョッとしてアリーシャさんを見た。アリーシャさんはきょとんと、僕を見返していた。

 庭師と聞いて思いつくのは一人しかいない。

 

「庭師って、あの、庭師ですか?」

「うん。あの庭園の」

「紫の薔薇を育ててた、っていう……」

「うん。紫の薔薇と雛菊の」

「でも、あの庭師は……」

「うん、逸話通り、庭師はキリカ様に首を刎ねられた」

 

 アリーシャさんは暗い顔になって、教えてくれた。

 僕は少し下を向いて言った。

 

「アリーシャさんは庭師を知っているのですか?」

「知ってるよ。彼の名前はシュシュ」

 

 名前を聞いて、いつの間にか汗ばんでいた掌をズボンで拭いた。

 逸話にも表れている、気が良くうっかり者の彼の顔を頭に思い浮かべた。

 

「彼は、宮廷庭師。彼も孤児院からここにきた。一言で言うと、凄かった」

「……凄かった、ですか?」

「うん。庭師としての仕事ぶりも凄かったけど、何より性格がね。凄かった。ある意味で」

「彼はどんな人だったんですか?」

「よく人を褒める人だった」

「じゃあ、褒め方が凄かったんですか?」

「うん。そうとも言える。当時、暴虐の限りを尽くしていた彼女にシュシュは言ったの」

 

 くつくつと、笑いを抑えられないアリーシャさんは教えてくれた。

 

⌘⌘⌘

 

 庭師は、キリカ様に言った。

 

「褒める子は育つ」

 

⌘⌘⌘

 

「摂政の首を飛ばしてから、キリカ様は周りにいる全てを遠ざけていた。もちろん、理由もないまま断頭台へってことはなかったけど、叱りつけるのが日常茶飯事。そんなキリカ様にシュシュは真っ向からそう言ったの」

「ええ……」

「凄いでしょ。ある意味で。その日からキリカ様はシュシュに一層厳しく接したけど、シュシュはのらりくらり」

 

 アリーシャさんは伸びをしてから、懐かしそうに笑った。

 

「ついにはキリカ様相手に人の褒め方を手解きする始末……」

「ははは……」

 

 今のキリカ様の姿が庭師と重なる。

 

「でも、キリカ様もシュシュの言葉に何かを感じたのか、よく庭園へ出向くようになっていった。そしてシュシュのおかげで段々と本来の姿を取り戻していったの」

 

 アリーシャさんは微笑みながらティーカップに口をつけた。

 僕は生唾を飲み、尋ねた。

  

「なら、庭師はどうして首を刎ねられたのですか?」

「……。彼に王宮の調度品を窃盗した嫌疑がかけられたの」

「……」

「そして、それは冤罪だったんだ」

「……そう、だったんですか」

「庭師は友人であった小間使いの男の子の罪を被って断頭台に自ら行ったの。男の子は庭師と同じ孤児院出身だった。盗んだものを換金して、孤児院に横流ししていたみたい。小間使いの子もその後で自殺しちゃったんだけど……」

 

 ざわざわと僕の心が一輪の雛菊と重なって揺れた。

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首切りキリカ様は褒めて殺したい! 二夕零生 @onkochishin

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