過去も全て受け入れて、今を褒めよ
キリカ様は言った。
「過去も全て受け入れて、今を褒めよ」
⌘⌘⌘
ホースを手にしたコゼットさんは、背伸びしながら薔薇たちに水をあげていく。
「スヴニールさん、見てください! 虹ができていますよ!」
「本当ですね、綺麗だ」
コゼットさんはいつになくはしゃいでいる。コゼットさんが実はおしゃべりだと知ったのは二度目に顔を合わせた時だった。
その時キリカ様はいらっしゃらず、三人の侍女たちだけが部屋にいた。
改めて自己紹介をして、雑談に入った時だ。
⌘⌘⌘
『今日もキリカ様は尊かったです! 今日はブリオッシュとマフィンの両方を食べていました。ご機嫌な時につい気が緩んで食べすぎてしまうんです。キリカ様は本当に可愛らしいです!』
あの時はコゼットさんのあまりの急変ぶりに言葉がなくなった。
『あっははは、コゼットそんなこと考えてたんだ。キリカ様の前でもこれくらい話せればいいのにねぇ』
『あれくらいでちょうどいいでしょう。いつもこれでは業務に支障をきたします』
⌘⌘⌘
コゼットさんは庭園の一番奥の生垣を指し示した。
「もうすぐ紫の薔薇が咲く頃になりますよ。スヴニールさんにも早く見せて差し上げたい」
「はい。キリカ様がお好きな花なんですよね」
「いいえ、今のキリカ様が好きなお花は雛菊ですよ」
「え、」
説話を思い出して、ぎくりとする。キリカ様は、紫の薔薇の中に咲く一輪の雛菊が気に入らずに庭師の首を刎ねたのではなかったか。
察してくれたのか、コゼットさんが答えてくれた。
「キリカ様は庭師の首を刎ねてから、別人のように変わったらしいです」
僕の胸の鼓動は、ドクンと大きく波打った。僕は恐る恐るとコゼットさんに訊ねた。
「コゼットさんはその庭師のことをご存知なのですか?」
「いいえ。でもこの薔薇園を初めて見た時に、どんな人であるのか、私にはわかりました。一輪一輪が瑞々しく咲き誇り、生気に満ちていました。心を込めた手入れができる人だったはずです」
「……」
「スヴニールさん。キリカ様には悪い噂があるのはもちろん知っています。長い間ここに勤めているアリーシャさんやエメリーヌさんは以前のキリカ様のことをあまり教えてくれませんが、私にとっては今のキリカ様が全てです」
「……」
僕が黙っていると、コゼットさんはニコッとして言った。
誇らしげに背筋を伸ばして言う。
「キリカ様は言いました」
⌘⌘⌘
キリカ様言った。
「過去も全て受け入れて、今を褒めよ」
⌘⌘⌘
「お茶会で言っていたでしょう。相手のことを知りなさいって。それは、良い面だけでなく、悪い面も含めて知ることとキリカ様はおっしゃいました」
コゼットさんは花の蕾にそっと触れた。
「だから褒めるのなら、そこまでの自分や他人を丸っと受け入れて褒めよと」
そういい結んで、コゼットさんの誇らしげな顔していたけれど、僕は目を逸らしてしまって、ただ彼女の手の先の薔薇の蕾に目をやった。
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