いずれは枯れる花を愛でるように、人を褒めよ

 キリカ様は言った。

 

「いずれは枯れる花を愛でるように、人を褒めよ」

 

 ⌘⌘⌘

 

 その日は早朝からキリカ様の薔薇園に来ていた。

 キリカ様の秘密の庭には、数種類の薔薇が植わっている。庭にあるのは、キリカ様の愛する紫の薔薇だけではなかったようだ。

 エメリーヌさんに指示を受けて、庭に訪れていた。キリカ様のご自慢の庭。

 僕の先にはコゼットさんが歩いていた。


 コゼットさんの手には彼女の半身ほどある大きさのじょうろがあった。水がたっぷり入ったじょうろは重そうだったので、代わりに持ってあげたくなったけれど、先程頭をふるふると振られて断られた。

 

「このくらいなんともないですよ」

 

 コゼットさんの表情はやる気に満ちていた。


「スヴニールさんは花が好きですか?」

「はい!」

 

 ニコリと微笑んで、頷くコゼットさんについて、庭の奥へと入っていく。

 小さな背中が言った。

 

「今は私がここの管理を任せられているんです。キリカ様が任命してくださったんですよ」

 

 コゼットさんは、振り返って踵をあげたりさげたりしてぴょこぴょこと興奮気味に言った。

 

「私はつい半年前に宮仕になったばかりですが、キリカ様は身寄りのない私に優しくしてくださる良い方です。アリーシャさんも、エメリーヌさんも、宮廷の皆んな、良い人ばかりなんですよ」

 

 コゼットさんは、普段の様子を見ていると、心からキリカ様を尊敬しているのがわかる。

 

「スヴニールさんは、キリカ様をどう思っていますか?」

 

 恐る恐るという感じで、コゼットさんは上目遣いに僕を見てきた。僕はいろんなことを考えた末に、素直に今のキリカ様の印象を答えた。僕が知っている、キリカ様は。

 

「素敵な方です!」


 コゼットさんの表情が華やぐ。

 

「それは良かったです……私もです!」

 

 コゼットさんは宝物を見せてもらう時のような見ていても嬉しくなってしまうような笑顔で言った。


「キリカ様が言っていたことで、好きな言葉があるんです」

「どんな言葉なんですか?」

「はい、キリカ様は仰いました」

 

 ⌘⌘⌘

 

 キリカ様は言った。

 

「いずれは枯れる花を愛でるように人を褒めよ」

 

 ⌘⌘⌘

 

「花が枯れるのが早いように、人の命も儚いものです。人が人に与えられる言葉も多いようで限られている」

 

 饒舌なコゼットさんは胸元に手をやった。

 

「人と人が共にあれる時間は少ない。いずれ死んでしまうその前に、言葉を残す。人のための言葉は、種子となり、また新たな心が芽吹きます」

 

 にこにこと朗らかにコゼットさんは笑う。

 

「スヴニールさんはすごいですよ。もうキリカ様にとっても私たちにとっても、なくてはならない存在です」

「そんな、光栄です。きっと、コゼットさんもそうですよ」

 

 ふたりではにかんで、時は穏やかに流れていった。

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