食べてるだけでかわいい
キリカ様は、言った。
「食べてるだけでかわいい」
⌘⌘⌘
男の僕がキリカ様の側付きになれたのは、女王陛下の意向だという。
何故キリカ様がそのようなおふれをだされたのかは定かでない。
「キリカ様は何故、僕のような者を召し抱えられたのですか?」
「……さぁてね。そんなことより、ほらお食べ」
すぐに適当なことを言ってはぐらかされてしまった。
テーブルの上には多種のデザートやお菓子が見目麗しく、豪勢に乗せられている。
硬いパンで育った自分にとっては、まるでテーブルに広げられた宝石のようだった。
ケーキやスコーン、ブリオッシュ、ラズベリーパイ、クグロフ。茶色のベースの中に白や色ととりどりのジャムが存在をつやりと主張している。
その中で、目を惹くものがあった。何となしに、違和感があった。
それを見ていると、女王陛下が手ずからその小さな白い粒を何個か取り、レースのナプキンと皿の上にそれを乗せて、コゼットさんに命じて僕の目の前に置かせた。コゼットさんが羨ましそうに、唇を指で触る。
「そうだ、これを食べるといい」
それは、小さな貝殻に飴を流し込んだお菓子だった。
白い貝殻にカラフルな水たまりができている。まるでおもちゃのようで、弾いて遊んだら面白そうだ。
「私はこれが好きなんだ。食べたことがあるかい?」
「いえ、なんというお菓子なんですか」
「ルドゥドゥだよ」
「ルドゥドゥ。これは、宮廷のお菓子なのですか? どうにも、キリカ様がお召し上がりになるものとは思えないのですが……」
特別な飴を使っているのだろうか? 何だか駄菓子みたいだと思う。
「それ、駄菓子ですよ。宮廷のテーブルに相応しくないのに」
エメリーヌさんが僕の考えの通りに言った。ブツブツと文句を言うような口調で、今にも白髪頭を掻きむしりそうだ。なんなら、綺麗にまとめられた髪が一本やつれて飛び出している。
キリカ様は片目を閉じてエメリーヌさんの言葉を華麗に指先で弾くように、とんと、自分の唇に軽く触って離した。
「いいじゃないか。私はこれが好きなんだよ」
「全く」
「ある男から教えてもらってね。味も好きだが、食べるのが楽しいんだよ」
「楽しい、ですか」
「まあ、食べればわかる。さ、お食べなさい」
キリカ様は少し意地悪な顔をされた。アリーシャさんも同じ顔で見ていて、コゼットさんはやはり羨ましそうに指を咥えている。エメリーヌさんはと言うと、予想通りの不満顔だ。
僕はみんなの期待の中で、思い切って、白い貝殻を摘んで、口の中に入れた。
白い貝殻は食べれないようだ。歯が当たると、ザラザラなようなツルツルのような食感がして、舌でひっくり返して飴の部分を舐める。
甘い味がほのかに広がった。
僕は口元を押さえて、感想を言う。
「お、美味しいです……けど」
みんなの顔を見ると、先ほどの顔をもっと濃くしたような表情になる。キリカ様は笑いが堪えられないという顔をしてる。
「も、あの、キリカ様?」
尋ねるが、答えは返ってこない。僕は飴を舌の上で転がし続ける。
そこで気がついた。一向に、食べ終わる気がしないのだ。うまく喋れずに、もがもがと手を抑えながら、キリカ様にいう。
「キリカ様、これ……」
「ふふふふ。一度食べ出すと、口から出せないだろう」
口の中のものを女王陛下の目の前で出すわけにもいかず、慌てふためく。
キリカ様は言った。
「食べてるだけで可愛い」
満面の笑みだ。ただただ満足そうに、僕を見ている。キリカ様は自分の手で頬を包むと、にこにこと微笑んで言った。
「お前は子りすのようにものを食べるのだね」
「子リス……」
キリカ様は満面に咲く笑顔で僕に向かって言う。
「スヴニールは可愛いな」
侍女の三人からもくすくすと笑い声が上がった。エメリーヌさんまで笑っている。
僕は照れて縮こまるしかなかった。
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