褒める前に、相手を感じよ

 キリカ様は言った。

 

「褒める前に、相手を感じよ」


 ⌘⌘⌘

 

「そうだ、大事なことを伝えていなかった」

 

 空のティーカップに目を落として、キリカ様が言った。すかさずコゼットさんがキリカ様に近寄った。

 

「キリカ様」

「ああ、注いでおくれ」

 

 コゼットさんは張り切って、キリカ様のティーカップに紅茶を注いでいる。

 

「ありがとう、コゼット」

「……!」

 

 コゼットさんは嬉しそうにペコペコと頭を下げた。その度にカールした赤毛の横髪が揺れていた。最後にまた一礼して、ぽてぽてと立ち位置に戻ったコゼットさんの頭をアリーシャさんが撫でている。

 

「わたくしがお前を褒めるにあたって大事なことだ。覚えておいてくれ」

 

 キリカ様は言った。

 

「褒める前に、相手を感じよ」

 

 僕ははてなを頭に浮かべて聞き返す。

 

「褒める前に、相手を感じる、ですか?」

「そう。平たい話、褒めようとして言葉を発する前に相手の気持ちを考えよ、ということよ」

「相手の気持ちを考える」

 

 キリカ様は僕の手元のティーカップを目にしてから、コゼットさんに目配せした。

 

「……スヴニールさん、どうぞ」

「あ、でも……」

「遠慮せず」


 コゼットさんがにっこりと微笑む。あまりにも可愛らしくて、耳が熱くなって、耐えきれずに目を逸らしてしまった。

 けれど、そんなことは気にせずに、コゼットさんがティーカップに並々とおかわりを注ぐ。

 

「あ、ありがとうございます」

「スヴニール。飲み干してしまうなんて、相当気に入ってくれたのだね。嬉しいよ」

「す、すみません」

 

 卑しかっただろうかと、冷や汗が出た。

 

「いいんだよ。たくさんお飲み。たくさんお食べ。わたくしが直接おかわりは? と聞いたら、お前は飲んでくれないだろう?」

「……」

「そうですよ! 遠慮なんていりません! 私が淹れたお茶は絶品なんですから!」

 

 アリーシャさんが自信満々に胸を叩いた。すぐにエメリーヌさんが無言で眼光を飛ばす。

「アリーシャさん、あなたはもう少し落ち着きを持ちなさい」

「あ! あっはは〜……頑張ってみてるんですけどぉ。ごめんなさい……」

「ふふふ、いいじゃない。本当のことなんだから」


 キリカ様は侍女たちに混じって、同じ目線で楽しんでいる。

 ふと、キリカ様がティーカップの絵柄を愛おしげに見た。クーデグラス伝統の細工が施されたものだ。

 

「褒めるには、相手がどう感じているかを読み取らねばならないよ。先ほども言ったが、自分の気持ちを開かなくては相手は心を開かない。けれど、気持ちの押し付けではならない。素直だけではいけない。真心が必要なんだ」


 真っ直ぐな瞳と目があって、心の奥を見つめられているように感じた。

 

「いくら褒められているからと言って、嬉しいわけじゃないだろう。嫌なこともある。だから、褒める方と褒められる双方で、心が通わなければ意味がない」

「でも……それってすごく難しいですよね。人の心なんてわからないし。僕は、褒めるのって怖いって思ってしまいました」

 

 正直な気持ちが、思わず出た。

 

「そうだね。失敗ばかりさ。嫌だったかい?」

 

 キリカ様が僕のティーカップをうかがってる。

 ハッとなって、僕は声を上げた。

 

「本当に、美味しいです! またおかわりしたいくらい!」

 

 僕は焦ってまたティーカップを一気に空にしてしまった。くすくすと笑い声が上がって、真っ赤になる。

 

「そうか。よかった。コゼット」

 

 コゼットさんがにっこり顔でティーポットを手にして僕のところにやってくる。

 コポコポと音が立って、甘い優しさに包まれる。

 

「わたくしはお前が褒められて喜んでいる姿がみたい。嬉しくなかったら、ちゃんと教えておくれ」

「は、はい」

 

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