04 彼らの確執




 俐一が藤根と組むことになった時、流石に彼の評判は聞いていた。


 ──魔導士隊はじまって以来の不祥事の当事者。

 それが藤根だ。


 本来ならば懲戒処分相当だったが、魔導3尉から曹長へ1階級の降格とともに、魔導士隊に所属し続ける以上それ以上の昇進は認めないという特例がついた。

 彼は今でも、階級としては俐一と同じく曹長のままだ。

 魔導科に所属するほどの魔導士であればほとんどがエリートであり、自衛隊で言えば防衛大学卒の幹部候補と同じ扱いを受ける。

 俐一も幹部候補のひとりであるし、当然かつての藤根も、そして、応援に来た佐伯亮も幹部候補だ。

 そんな中、藤根は自ら起こしてしまった不祥事の責任を取る形で、昇進の道を絶たれた。


 彼が何をしたか、俐一も噂で聞いている。

 だが、実際に組んでみたら、気のいい先輩だったし、面倒がとてもいい。俐一は個人的に藤根のことを信頼していた。




 哨戒船の砲台に寄りかかるようにして、佐伯は海を見ていた。

 先ほどまでの医務室での騒ぎはまるで何もなかったかのようだ。


「……何?」

「お姿が見えなかったので」

「探しに来たってことですか?」

「はい。司令部に連絡がつきました。保護した魔導士の亡命希望についてと、名前を報告しています。しばらく命令を待つようにとのことでした」

「了解」


 佐伯は短く答えると、手にしていた紙を指先で弄び始めた。

 甘い匂いが潮風に乗って届く。


「キャラメルですか?」

「そう、いりますか?」


 佐伯がジャケットのポケットからキャラメルをひとつ取り出して、俐一に差し出した。


「いえ、大丈夫です」

「ふ」


 両手を振って断った俐一の様子に、佐伯がふっと微笑んだ。


(あ、意外。そんな顔もするんだ……)


 切れ長の目が笑うと少し垂れる。真顔の印象が強い分、とても笑顔が幼く見えた。


「本当は煙草が吸いたいんだけどね」

「喫煙所ありますよ?」

「俺が行くと気まずいでしょ」


 肩を竦めて、佐伯はそのセロハン紙を折った。

 あっという間に、包み紙で花が出来上がっていく。その花を、佐伯が俐一の胸に挿す。


「器用ですね」

「そここそね」


 魔導士として前線を走ってきたとは思えないほど、繊細でほっそりとした白い指先だ。


「君、どうして俺が応援に来たのか、聞きに来たんじゃないの?」

「えっ」

「藤根さんに頼まれた?」


 ちらりと上目で見られて、俐一はぎくりとした。

 表情はどこか媚びているもののの、佐伯の目はまるで抜き身のナイフのように鋭い。


「いえ……藤根さんは何も。そのまま対象の監視をしてますし──……その、怒ってます」

「ふ、本当に変わらないな」


 7年前に起きた藤根の不祥事。

 それは駐屯地内での暴行事件だ。


 加害者は藤根で、被害者は佐伯──彼らは当時、陸自協力小隊でバディを組んでいた。その最後、駐屯地で暴行事件を起こした。


「その顔、知ってるね?」

「あ……その……」

「別にいいよ、俺もあの人も隠してるわけじゃないし。でも、まぁ、戸惑うか」


 佐伯はポケットからキャラメルを取り出して、口に放り込んだ。


「0号実験事件の対応はめちゃくちゃ久しぶりだけど、あの人は変わってないよね」


 カサ……と軽い音を立てたセロハン紙を、佐伯が再び折り始める。


「俺がどうして派遣されたか、気になってるんだろ?」

「……正直言えば」

「上級魔導士の中で、0号実験関連事案に対応可能、かつ出動可能な任務外の魔導士が俺しかいなかった。以上。それ以下でもそれ以上でもないよ」

「そうですよね」


 上級魔導士は数がいない。それは覆せない真実だ。

 恐らく、上層部は問題があったふたりだということを差し引いても、派遣を選ぶだろう。藤根を懲戒できなかった理由と同じだ。

 魔導士は替えがきかない。育成にかかるコストが他の職種と比べても、恐ろしいほどに違う。


「相変わらず、あの人は俺のことが嫌いみたいだけど」

「佐伯さんは、嫌いじゃないんですか? 嫌いって言うとあれですけど」

「嫌いではないよ。どうでもいいし」


 一番辛辣な返事だ。

 佐伯は器用に小さな鶴を折った。尾を引くと、羽ばたくタイプの折鶴だ。


「赤塚くんは、いつから駐屯地にいた人?」

「僕は小学校に上がるころに保護されました。叔父も魔導士だったので……」

「ああ、家系ね」

「佐伯さんは?」

「俺は14歳、魔法事故を起こした時」


 魔法事故。


 魔法で起きる事故を総称する言葉だ。

 けれども、ほとんどの場合、魔導士候補生として保護される前の魔力持ちの子どもが起こす事故として使われる。


 魔導士候補生たちは、家系的な素因により幼年期から保護される俐一のようなケースか、思春期前後出現した魔力を抑えることができずに事故を起こして保護されるケースのどちらかだ。


「学校でいじめがあってさ、見てられなくなっていじめっ子を突き飛ばしたんだよね。その瞬間さ、窓ガラスは全部割れて、いじめっ子は吹っ飛んだ。……そいつは死んだ、即死だった」

「即死……」

「それから保護されて、安定するまでの記憶がない。それでも、今でもはっきり覚えてるよ、死んだ子が目を真ん丸にして落ちていった姿も、同級生たちの悲鳴も」

「た……大変でしたね」

「保護されたあと、あの人は結構俺に構ってくれたんだよ。だから、付き合いは長いほうだなぁ、魔導士になって、0号実験事件に対応したのは、丁度知り合って10年経とうとしたころだった。

 意見が合わなかった。俺は、任務を遂行するために必要な手段はとるべきだと思うし、ためらうだけ危険は増すと考えてる」

「……藤根先輩はそういう感じじゃないですもんね」

「その通り、最終的には俺とあの人の間で感情的にこじれて……まあ、駐屯地の営舎で俺をボコボコにしちゃったわけだけど」


 無抵抗の佐伯を、藤根が一方的に暴行を加えた。

 周囲が異変に気付いて、佐伯の部屋の鍵を壊して押し入った時にはすでに佐伯は倒れており、藤根は泣きながら蹴り続けていた。


「あの人は感情でものを考えるから、俺と相性が悪い。俺も、性格が特別いいわけじゃないしね」


 佐伯は感情の読めない表情のまま、俐一を眺める。柔らかな笑みを浮かべているが、温度がない。


「君もさ、俺がやりすぎだって思ったでしょ、医務室で」

「……それは、少し」

「0号実験の模倣だとしても、万が一生き残りだとしても、早くあの被験者の話を聞かないといけない。君も分かっているだろうけど、これだけの能力を持った魔導士だ、敵だと想定していた方がダメージが少なく済む。それは理解できるね?」

「はい」

「彼を接点に敵が攻め込んでこないとも限らない」

「哨戒船に攻め込んできて、何か利点があるんでしょうか。まだ駐屯地ならともかく……」

「利点があるかどうかを決めるのは、俺たちじゃなく向こうさんだから」


 俐一には分からない。

 これまで流山特別駐屯地で、魔導士とは何か、国際情勢的にどんな存在か、そのことは勉強してきた。先輩たちの姿や、作戦、魔法事故で収容された魔力持ち……様々な物を通して魔法に向き合ってきた。

 ただ、それに実感がついていかない。初任務で、0号実験のような重大事件の関連事故にぶち当たるとは思っていなかった。



「ったく、本当にイヤになるほど何も見えないね」



 海は穏やかだ。ひたすらに落ち着いて、水平線まで淡いブルーが続いている。

 陸地は見えない、島影さえも。



「魔法で飛べる距離だとしても、遠すぎる。エリオールだっけ、あの子は一体どこから来たんだろうね」



 風が佐伯の髪を揺らす。眼差しは遠くどこかを見つめて、それ以上何も話してはくれなかった。


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