02 現代の魔法使いたち


 魔力とは何か。

 魔法は有史以来、様々な人々を惹きつけてやまなかった。錬金術もそうだが、人は、超常的なものを求めている。

 古代ギリシアにおいても、アイテールという言葉は存在した。アリストテレスは火、空気、水、土が地上を構成する4つの元素であると定義し、更に展開にはアイテールを含めた5元素が満ちていると考えていた。


 その後、アイテールと語源を同じくする「エーテル」は空間を満たす物質の名前として物理学の世界にも登場するが、アインシュタインの相対性理論の発見により否定された。

 しかし、魔法使いの出現によって、アイテールの存在は一転証明される。魔法使いが国際情勢に現れたのは、彼らの持つ「兵器としての実力」に国家が目を付けたからだ。


 はじまりの魔法使いが誰だったか、よく分かっていない。第二次世界大戦後の冷戦を背景に急激に魔法使いは「発見」された。

 旧ソビエト連邦が「我々は優れた魔導兵器を発見した」と声明を出し、公開実験を行った。

 その時『魔導兵器』という言葉がはじめてもちいられ、また、魔法使いではなく『魔導士』という名称が定着するきっかけとなった。その魔導士は『氷の魔女』と呼ばれ、湖水を一気隆起させて氷河を作ったり、雨を雹に変えて1キロさきの的に命中させたりした。

 それに対抗するようにして、アメリカで男性魔導士の公開実験が行われた。一瞬で隣接した十五階建てビル三棟を倒壊させた彼は、『氷の魔女』に対して、『炎の戦士』と呼ばれるようになる。

 中国、イギリス、フランス……いくつかの国が公開実験に乗り出し、魔導士の持つ一騎当千の戦闘力が注目され始める。


 そして、また、人々は知ることになった。


 ──この世界に、魔法というものが存在し、その規模が想像するよりも遥かに大きいということを。


 魔導士育成に国防の観点から様々な国が乗り出した。憲法によって戦争放棄を謳った日本さえも巻き込んで、国政情勢は推移していく。



 日本に魔導士隊が発足したのは平成になってからである。

 

 防衛庁直下に、魔導士隊は存在する。魔導士隊は、その名の通り国家に認定された魔導士を所属させる機関だ。

 それまでは自衛隊の付属機関であったが、平成元年の法改正にを受け、魔導士隊法第三条第一項により「我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、自衛隊と協働し、直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ魔導を用いて公共の秩序の維持に当たる」とされ、組織として独立した。

 流山特別駐屯地を設立し、そこに魔導士養成のための教育養成機関、魔導士訓練設備、魔導士たちの生活エリアを集めた。


 現在、日本国魔導士隊総隊員数は、一般隊員を含めておよそ1000名。

 その内、魔導士は上級、下級合わせて200名。

 厳密に魔導兵器として管理される上級魔導士は現在約30名である。

 世界的には人口の約0.5%が魔力持ちとされて、その中でも魔導士として訓練を受け、実戦に駆り出されるのはほんの少数だ。

 国際法上魔導士は兵器に準拠している。国連軍では兵士ではなく兵器として貸与されることもあり、各国の外交カードとして重要な存在となっていた。

 魔導士大国と呼ばれるインド、アメリカ、ロシア、中国に次いで、世界5位の魔導士保有国、それが現在の日本だった。




 赤塚俐一は魔導士候補生として流山特別駐屯地で育ち、今春、下級である3級魔導士に認定された。

 下級とはいえ、『魔力持ち』全体から魔導士となる人間がほんの一握りであることを考えれば、かなり上位になる。

 今回バディを組んだ藤根は、更に上級である2級魔導士に認定されている。

 すでに30歳に差しかかる彼は、35歳で転籍が義務つけられた魔導科の隊員の中ではすでにベテランだ。


 海上自衛隊協力小隊の任務のほとんどは哨戒船や潜水艦の護衛になる。

 まさか、未確認の飛行体が哨戒船に飛び込んでくるとは想像もしていなかった。


 医務室で拘束されたその小さな体を見ていると、不思議な感覚に陥った。

 目を伏せていても人形めいた美貌が分かる。ビスクドールのような顔立ちや、その細い手足からは性別が読み取れない。


「入院着にも特に身元が分かるものはなさそうですね」


 海自の医官が、手早く容体を確かめながら呟いた。藤根は首を傾げる。


「病院の名前とかって、入ってないものなんですか?」

「そうですね、最近の病院着はリースされているものがほとんどなので、これだけではどこの病院かは分からないと思います」

「んー、なるほど」

「バイタルも安定してますし、容体としては眠っているだけ、という判断になります」


 医官は藤根に意見を求めている。


「魔力を持っていることは間違いがない。上から保護の指示が出ると思う……ただ、どうすればいいか」

「ただ……」

「ん? 何か気になることが?」

「はい……気になる手術痕がありました」


 医官は不快感を隠さずに表情に出した。藤根と俐一は顔を見合わせる。


「彼──彼女かは分かりませんが、性器を切断されています」

「はぁ!?」


 藤根が驚きのあまり声を上げた。


「男性器を切除しているのですが……その、手術痕があまりにも乱雑で正規の性転換手術などで切除したようには見えません。それに、女性器を形成した様子もなく……詳しくはレントゲンやCTを取らなければ分かりませんが、今のところ性別不明です」

「なるほどなぁ……」

「それでどこか中性的だったんですね」


 俐一は驚いて、華奢な体を見下ろした。

 その話には覚えがあった。藤根もそうだろう、低い声で唸り、頭を掻いた。


「オレたちの手じゃ負えねえな。できる限り早く本部から応援が必要だ」


 人懐こい表情がきえ、猟犬のように鋭い表情になる。



 ──魔導士の開発は世界が乗り出し、そして、命運をかけた。中には、倫理的に許されないものも、多く含まれている。



 ふたりの脳裏に浮かんでいたのは、とある実験だった。





 魔導士は家系で多発する。

 恐らく遺伝的な素因があるのだろうと言われているが、いまだ遺伝子の面では詳しい解析が終わっていない。ジャンクとされた遺伝子の中になんらかの差異があるのだろうと考えられている……という段階を踏み越えてはいない。

 俐一も魔導士隊に親戚がいるが、大体の魔導士は親類がいるケースがほとんどだ。


 その点に目を付けた国があった。

 その国は、優れた魔導士たち男女の精子と卵子を用いて受精卵を作成し、魔力持ちの女性に代理母出産させることで魔導士を『効率的』に発見することを目指した。

 その上で、その子どもたちがどれだけ魔導士としての能力を高められるか、ひとつの実験を行った。


 魔力を持った子どもたちのなかで、思春期に能力喪失をするケースが多く報告されていることに着目し、1群はそのまま訓練を行い、2群は幼年期に性器の切除を行った。

 その切除は外性器のみならず精巣、卵巣にまで及び、第二次性徴での性ホルモンの分泌を防ぐことを目的とした。


 この実験が表沙汰になったのは、内部告発だった。

 その研究所は取り潰しとなり、国連から派遣された魔導士たちが、その被験者たちを保護した。



 俐一と藤根は甲板に戻ると、何も見えない海を眺めた。

 目を凝らせば、魔力の痕跡が見える。真っ直ぐとこの船を目指して飛んできたことが、その光のあとから分かる。

 藤根は真剣な表情のままだ。


「多分、0号実験の被験者だな」

「僕もそう思います」


 0号実験。一般的に魔導士隊の中では、例の実験はこう呼ばれている。


「逃げた奴がいたのか……国連に問い合わせることになるだろうな」

「時間がかかりそうですね。それに、陸からはかなり離れていますし、ここまで単独で飛べるとなると、魔導士としての能力も相当高いんじゃないですか?」

「そうだな、実験に適応した魔導士がいたってことか」


 憶測でしかないが、恐らくそれは間違いがない。


「もしかして、別の研究所があったって可能性もありますよね?」

「あるな。あとは、模倣した他国の研究所の可能性も高えんじゃねえか?」

「確かに……」


 はじめての任務。あと二週間ほどで帰港する予定だった船。なのに、まさかこんなことになろうとは。

 俐一は唇をかむ。

 それを見て、藤根が苦笑した。労わるように俐一の肩をポンポンと叩く。


「応援も呼ぶし、何とかなるだろ。明日には、司令部から連絡があるはずだ」

「はい……」

「オレたちが悩んでも何も始まらない。とにかく、今は交互に見張に立つしかないな」

「そうですね」


 俐一が頷くと、藤根の手に力がこもる。そして、真剣な目で顔を覗き込んできた。


「拘束を破る時があれば、もう攻撃するしかない、ためらうな。それがオレたちの任務だ」

「は、はい……」

「いい返事だ。今日はオレが見張に立つから、眠れ」


 藤根はにかっと歯を見せて笑うと、先に艦内に戻った。

 医務室に向かい、見張をするのだろう。

 俐一はまた海を見た。うっすらと見えていた光の道が消えていく。

 アイテールたちはいつもの漂うだけの姿に戻り、太平洋の海は静かに波打つだけ。


 国境を警備する哨戒船の警備。

 海自協力小隊に所属する魔導士としては初期的な任務だ。


 だからこそ、初任務の俐一が乗船を許された。

 だというのに……。



「まさか……こんなことが起きるなんて……」



 眠れと言われたが、眠れそうもなかった。


 興奮なのか不安なのか、胸にざわめく感情が、俐一をずっと揺らしている。


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