01 船の上で



(一体なにが起きたんだ?)



 叩き起こされ、狭い船の廊下を走りながら、赤塚あかつか俐一りひとは迷彩服の袖のボタンを留めていた。

 先を急いでいるネイビーカラーの迷彩服の男性海上自衛隊員の背中からは、感じたこともないほどの緊張がみなぎっている。


(やばい……僕まで緊張する……引きずられるな……っ!)


 ごくりと息を飲み、帽子を深く被る。


「こちらです」

「は、はい……!」


 甲板に続く扉を抜けると、想像以上の眩しさに目がくらむ。

 夜の海の甲板。

 哨戒船のほかはすべて、黒々とした一枚布のような海が広がっている。


「赤塚魔導曹長、到着されました!」


 広い甲板の上、スポットライトのように照らされた人垣。

 その中のひとりが振り向いた。緊迫した場の空気にそぐわないような、人懐こい笑顔を浮かべて、俐一を手招きした。


「お疲れ、俐一。こっちだ」

「藤根先輩」


 俐一が藤根の横に並ぶと、すっと海上自衛隊員たちがふたりに注目する。

 ネイビーの迷彩服の中で、チャコールグレーの迷彩服のふたりはやけに目立った。

 その視線に慣れていない俐一は、意識して無視をしたが、藤根は動じた様子もない。


「あの……、何があったんですか?」

「これだよ、これ」


 藤根の視線を追うと、甲板にぐったりと倒れ込む子供が見えた。


 高校生くらいだろうか。

 明らかに意識はなく、投げ出された四肢が脱力している。

 微かに胸が上下しているので、生きていると分かるくらいだ。


「……これが『』ですか?」

「おん。、ちゃんと」


 

 その指示を理解して、俐一は何度か瞬きをして『ピントを合わせた』。


 ぎゅっと一瞬世界が縮んだような感覚に、たたらを踏む。

 視界が白黒写真のように変化する。

 濃淡で表された世界の中、藤根と、倒れた子どもだけが色づいている。


「……なんだ、この色……」


 子どもから込み上げてくるオーラの色は、何とも言えない深い赤色で、不思議とキラキラ輝いている。


 ──アイテールだ……魔力を帯びてる。


 俐一がその光を視認したことを確認して、藤根が口を開いた。


「いまから20分前、右舷3時の方向から、目視で『発光する飛翔物体』の飛来が、海自隊員によって確認、レーダーにも捕捉されず、呼びかけにも無反応。そのまま、甲板に墜落」

「……魔導士……ではなさそうですよね」


 見たところ、子どもが着ているのは、病院の院内着のようなものだ。

 それに明らかに日本人には見えなかった。

 やわらかい栗毛の髪はくるくるとうねり、伏せられたまつげも同じ栗色だ。


「そうだな、魔導士隊の所属には見えねえ」


 藤根に問われて、俐一も頷いた。


「駐屯地の司令部に報告を送っていますが、哨戒船に『魔力持ち』が飛んできた……というケースは海自でもはじめてです」


 哨戒船の艦長が厳しい表情で告げる。


「そうでしょうね」

「うちの医官に見せても大丈夫でしょうか?」

「うーん……」


 藤根は倒れ込んだ少年を眺めて、腕を組んだ。


「俐一、どう思う?」

「ええと……」


 反転した世界の中で、じっと見る。

 魔導装置や武器の類がないか、目を凝らす。


(多分、安全だろうな……うん……何か持っている様子もないし)


「大丈夫だと思います」

「おん。オレも同意見だ。──艦長、医務室に運んで問題ないと思いますが、念のため拘束をお願いします」

「分かりました」


 藤根の提案に艦長が頷いた。けれど、表情は険しいままだ。


「こちらからも、魔導士隊の上層部に報告して指示を仰ぎます」

「よろしくお願いします」


 俐一はゆっくりと目を伏せて、集中を解く。

 アイテールにピントを合わせた視界を、物質世界に戻す。

 そんな俐一を見て、藤根が笑った。


「うん、じょーでき! この調子で頼むぞ」

「は、はい……!」


 赤塚俐一、22歳。今回、哨戒船に初同行となった。


 彼の所属は、魔導士隊魔導士科海上自衛隊協力小隊。

 この世界には魔法使いがいる。

 世間は彼らのような魔力を持った者を『魔導士』と呼んでいた。


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