海の上の悪魔~魔導士科海上自衛隊協力小隊より
森きいこ
00 過去
時間が歪んだ。
狭い部屋に響くのは自分の荒い呼吸音だけだ。
(こんなことが、したかったわけじゃないんだ……)
無力感が胸に突き刺さる。
床に倒れた青年の淀んだ昏い目が、力なくこちらを見る。
「お前が悪いんだ」
言葉に反応して、青年は視線だけでこちらを見た。
足元から見上げてくる青年の視線には、何の感情も込められていない。
(頼む……何か、何か言ってくれ……)
床に伏せた青年の端正に整った顔は血や涙に塗れ、長くはない髪が額に張り付いていた。
青年の細い体は糸の切れた人形のように床に倒れ、点々と血が飛び散っている。
これ以上はまずい。殺してしまうかもしれない。
オレも薄々は分かっていた。
「お前が、悪いんだ……」
オレは誰に知ってほしかったのだろう。
そして、誰に分かってほしかったのだろう。
情けないことに、いつの間にかオレは泣いていた。殴ったのは自分の方なのに、胸が痛かった。
自分に向けられる昏い昏い視線など、求めていたわけではなかった。自分が愚かに思えて、唇を噛んで泣いた。
恐怖に体が震える。
全てが崩壊し、全てが終わる。それだけのことをしてしまったのだ。
「何度でも言いますよ」
青年が呟く。
声は普段よりも低く、聞き取りにくいほどに掠れていた。青年が抵抗をやめ、なすがままになってどれだけの時間が経ったのだろう。
土下座して謝っていた青年は、いつしかその目に侮蔑の光を宿し、拳が振り上げられる度に、諦めたように目をつぶった。
骨の1本や2本、折ってしまったかもしれない。
途中で青年は呻いて苦しがり、血痰を吐いた。
その瞬間慌てたが、自分を止めることが出来なかった。何故か、泣きながら殴り続けた。
──その時には、すっかりと引き返せる道を見失っていた。
こんなことを、したかったわけじゃない。
オレは泣きながら、自分が屈服させたはずの青年を見下ろしていた。
「あんたは甘すぎる、いつまで足を止めているつもりなんですか──反吐が出る」
瞬間、視界が真っ赤に染まる。
手が、酷く痛む。
オレは涙を流していることを自覚しつつ、震える足で青年の腹を蹴り飛ばすことしかできなかった。
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